「深海に眠る人々」
ルシアの案内のもと、一行は、海底遺跡の、さらに奥へと、足を進めていった。
「行方不明になった方々は、この先の、隔離区画に、囚われているはずです」
ルシアが、静かに、先導しながら告げた。その声には、確かな悲しみと、そして、決意が、滲んでいた。
「ルシアさん、なんで、行方不明者のことを、知ってるんですか?」
シィナの問いに、ルシアは、少し、悲しげに、目を伏せた。
「私は、長い眠りの中でも、この海全体の、微かな『気配』を、感じ取ることができました。人々が、次々と、この遺跡に、引きずり込まれていく様を、ただ、見ていることしか、できなかったのです」
その言葉に、一同は、痛ましい表情を浮かべた。
「私の力が、封じられていなければ、もっと、早くに、彼らを、救えたはずなのに……」
ルシアの、悔恨の滲む言葉に、アシュルが、静かに、寄り添うように、声をかけた。
「お前のせいでは、ない。ルシア、お前もまた、ヴェルダの封印の、被害者だ」
「アシュル……」
その言葉に、ルシアは、少し、救われたような表情を浮かべた。
一行は、さらに、通路を進んでいった。やがて、辿り着いたのは、これまで見てきたどの場所よりも、不気味な雰囲気を纏った、広大な空間だった。
その空間の中央には、無数の、透明な水泡のようなものが、宙に浮かんでいた。そして、その一つ一つの中に――人の姿が、静かに、眠るように、漂っていた。
「これが……」
ルートが、その光景に、思わず、息を呑んだ。
「あそこに、いる方々が、行方不明になった、漁師の皆さんです」
ルシアの言葉に、一同は、緊張した面持ちで、頷いた。
「無事に、救出できるんですか?」
ルートの問いに、ルシアは、静かに、頷いた。
「私の力があれば、可能なはずです。ですが――」
「ですが?」
「この空間全体を、覆っている、この不気味な結界を、まず、解除する必要があります。恐らく、運営とやらが、設置したものでしょう」
その言葉に、一同の間に、緊張が走った。
「アシュル、カイン、私に、力を貸してもらえますか」
ルシアの申し出に、二体は、それぞれ、頷いた。
「もちろんだ」
「お任せください」
三体の柱――いや、二柱と一体の召喚獣は、それぞれ、空間の中心に向かって、静かに、力を集中させ始めた。
「ルートたちは、周囲を、警戒していてくれ。この作業中、私たちは、無防備になる」
アシュルの言葉に、ルート、ゼクス、シィナは、それぞれ、武器を構え、周囲を、油断なく、見渡した。
三体の周囲に、それぞれ、異なる色の光――白銀、漆黒、そして、蒼――が、静かに、渦を巻き始めた。
「――結界よ、解けよ」
ルシアの、静かな詠唱と共に、空間全体を覆っていた、不気味な結界が、少しずつ、その輪郭を、崩し始めた。
だが、その時。
「――侵入者、確認」
感情のこもらない声と共に、空間の奥から、複数の運営スタッフが、姿を現した。
「くっ……!」
ルートが、咄嗟に、剣を構える。
「この結界の解除、看過できません。直ちに、中止してください」
運営スタッフの一人が、冷たい声で告げた。
「あなたたちこそ、こんな酷いこと、今すぐやめてください!」
ルートが、怒りを込めて、叫んだ。
「この方々を、道具みたいに、扱って……! 絶対に、許せません!」
その叫びに、運営スタッフたちは、しかし、表情一つ、変えなかった。
「感傷的な物言いは、不要です。これは、必要な、研究です」
「必要な研究のために、人の命を、犠牲にしていいわけ、ないだろ!」
ゼクスも、怒りを露わにしながら、前へと進み出た。
「――排除対象、確認。実力行使に、移行します」
その宣言と共に、運営スタッフたちが、一斉に、攻撃態勢を取った。
「ルート、シィナ、ゼクス! 私たちは、結界の解除を続ける! お前たちは、あの者たちを、食い止めてくれ!」
アシュルの指示に、三人は、力強く、頷いた。
「任せて!」
ルートを先頭に、三人は、迫る運営スタッフたちへと、立ち向かっていった。片手剣を構えたルートの動きは、これまでの旅を通じて、格段に、洗練されたものになっていた。
「――ッ!」
ルートの一撃が、運営スタッフの一人の武器を、弾き飛ばす。
「これが、規格外の力……!」
運営スタッフが、驚愕の声を上げた。
「僕たちは、絶対に、この人たちを、見捨てない!」
ルートの、強い決意に満ちた言葉と共に、戦いは、激しさを、増していった。
ゼクスの炎、シィナの水流魔法、そして、ルートの剣技。三人の連携は、これまでの旅の中で、確かな信頼関係の上に、成り立っていた。
「シィナ、右!」
「はい!」
「ゼクス、援護する!」
「おう!」
息の合った掛け声と共に、三人は、次々と、運営スタッフたちを、退けていった。
一方、アシュル、カイン、ルシアの三体は、周囲の妨害をものともせず、着実に、結界の解除を、進めていた。
「もう少しだ……!」
アシュルの声と共に、結界が、大きく、揺らめいた。
「――今です!」
ルシアの合図と共に、結界が、眩い光と共に、完全に、崩壊した。
「結界が、解けた……!」
その瞬間、宙に浮かんでいた、無数の水泡が、一斉に、淡い光を放ち始めた。
劣勢を悟った運営スタッフたちが、悔しげに、後退を始めた。
「――今回は、退きます。ですが、この件、上層部に、必ず、報告いたします」
そう言い残し、運営スタッフたちは、光の粒子となって、姿を消していった。
「逃げられたか……」
ゼクスが、悔しげに、呟いた。
「今は、それより、この人たちを、救うことが、先決だ」
アシュルの言葉に、一同は、頷いた。
ルシアが、静かに、水泡の一つ一つに、手をかざしていく。彼女の力が及ぶたびに、水泡は、静かに、消えていき、その中に眠っていた人々が、ゆっくりと、目を覚まし始めた。
「――ここは……?」
最初に目を覚ました、若い漁師の男が、困惑した様子で、周囲を見渡した。
「大丈夫ですか? もう、安全ですよ」
シィナが、優しく、声をかけた。
「あ、あんたたちは……」
「詳しい話は、後で。まずは、みんなを、村に、連れて帰りましょう」
ルートの言葉に、一同は、頷いた。
こうして、行方不明になっていた、五人の漁師たちは、全員、無事に、救出されることとなった。
「ルシアさん、本当に、ありがとうございました」
ルートの感謝の言葉に、ルシアは、優しく、微笑んだ。
「いいえ、私こそ、あなた方に、感謝しています。あなた方がいなければ、この方々を、救うことは、できませんでした」
海底遺跡を後にする道すがら、ルシアは、改めて、一同に向き直った。
「これから、この海は、少しずつ、平穏を、取り戻していくでしょう。私も、この海の守護者として、これからも、見守り続けます」
「ルシアさんも、街に、遊びに来てくださいね」
シィナの言葉に、ルシアは、嬉しそうに、頷いた。
「ええ、機会があれば、ぜひ」
水面へと、浮上していく一行の周りを、色とりどりの魚たちが、まるで、祝福するかのように、泳ぎ回っていた。
救出した漁師たちを、無事に、村へと送り届けた後、一行は、達成感と共に、疲労を、静かに、噛み締めていた。
「今回も、無事に、乗り越えられたな」
ゼクスの言葉に、ルートは、頷いた。
「うん。それに、また、新しい仲間――ルシアさんとも、出会えたし」
その言葉に、アシュルが、静かに、微笑んだ。
「ああ。この世界には、まだ、多くの、大切な出会いが、待っているのだろうな」
夕日に染まる海を背に、一行は、確かな達成感と共に、街への、帰路についたのだった。




