「蒼き核」
巨大な魔物を打ち倒した後、一行は、静けさを取り戻した海底を、慎重に、遺跡の奥へと進んでいった。
石造りの通路は、長い年月をかけて、様々な海洋生物の棲み処となっていたが、奥へと進むにつれ、その様相は、少しずつ、変化を見せ始めた。
「この辺りから、また、あの独特の魔力の気配が、強くなってきているな」
アシュルが、慎重に、周囲を見渡しながら言った。
「氷雪の遺跡や、妖精の森の時と、同じ感じですか?」
シィナの問いに、アシュルは、頷いた。
「ああ。恐らく、この先に、核があるはずだ」
一行は、さらに、通路を進んでいった。やがて、視界の先に、開けた、広大な空間が、見えてきた。
「これは……」
その空間の中央には、これまで見てきたどの核とも、また違う、美しい輝きを放つ、巨大な水晶のような結晶が、静かに、佇んでいた。周囲には、無数の、淡く光る、海洋生物の骨のようなものが、円を描くように、配置されている。
「あれが、この遺跡の、核……」
ルートが、その荘厳な光景に、思わず、息を呑んだ。
「近づいてみよう」
アシュルの言葉に、一行は、慎重に、結晶へと、近づいていった。
結晶に近づくにつれ、周囲の水が、これまで以上に、澄み渡っていくのが、感じられた。まるで、その結晶自体が、周囲の水を、浄化しているかのようだった。
「これまでの核と、少し、雰囲気が違いますね」
カインの言葉に、アシュルは、頷いた。
「そうだな。氷雪の遺跡は『力』を、妖精の森は『絆』を象徴する核だった。この海底の核は、恐らく――『生命の巡り』を、司るものなのだろう」
その説明に、ルートは、深く、頷いた。
「触れても、大丈夫かな」
「恐らくは。だが、念のため、慎重に行こう」
ルートは、アシュルと共に、結晶へと、そっと、手を伸ばした。
その瞬間、結晶が、これまで見てきたどの核よりも、眩い光を放ち始めた。光は、一行の体を、優しく、包み込んでいく。
――光が収まった時、一行の視界には、これまでとは、また違う、過去の光景が、映し出されていた。
そこは、この海が、まだ、深い底に沈んでいなかった時代の光景だった。この場所には、かつて、海を統べる、一柱の存在――アシュルと同じ、「柱」の一柱が、住まっていたのだという。
「あれは……」
アシュルが、映像の中の人物を見て、静かに、呟いた。
「私の、もう一人の同胞。海と、生命の巡りを司る柱――ルシアだ」
「アシュルの、お仲間だったんですね」
シィナの言葉に、アシュルは、頷いた。
映像は、さらに、進んでいった。ヴェルダによる、召喚術の封印が、この地にも、及んでいく様子が、静かに、映し出されていく。ルシアもまた、他の柱たちと同じように、その力を、大きく、制限されてしまったのだという。
「ルシアは、どうなったの?」
ルートの問いに、アシュルは、少し、複雑な表情を浮かべた。
「――力を封じられた後、彼女は、この海の底深くに、静かに、身を隠すことを選んだ。争いを好まぬ、穏やかな性格の持ち主だったからな」
その説明と共に、映像は、静かに、幕を閉じていった。
――気がつくと、一行は、再び、海底遺跡の中央に、立っていた。結晶は、これまで以上に、澄み渡った輝きを、放っている。
「今の光景……もしかして、この核も、解放されるんですか?」
シィナの問いに、アシュルは、静かに、頷いた。
「ああ。そのためには、また、私たちの想いを、示す必要があるだろう」
一行は、再び、結晶を囲むように、円になって立った。
「今度は、何を、思い描けばいいの?」
ルートの問いに、アシュルは、少し、考えるように、視線を落とした。
「恐らく――この場所が司る『生命の巡り』に、相応しい想いだろう。大切な人と、共に生きていきたいという、願いのようなものだ」
その言葉に、一同は、それぞれ、目を閉じ、心の中の想いに、意識を集中させていった。
ルートは、この世界で出会った、全ての大切な人々の顔を、思い浮かべた。アシュル、カイン、ゼクス、シィナ、そして、リュゼリア。彼らと共に、これからも、生きていきたいという、確かな願い。
ゼクスは、リュゼリアとの絆、そして、少しずつ、育まれてきた、シィナへの想いを、胸に抱いた。
シィナは、この世界で出会った、かけがえのない仲間たちとの、これからの未来を、静かに、思い描いた。
カインは、ルートへの、深い想いと共に――ふと、先ほどの戦闘での、アシュルとのやり取りを、思い出していた。
(あの時の、アシュルの言葉……)
その想いもまた、静かに、結晶へと、注がれていった。
アシュルもまた、目を閉じながら、これまでの旅路を、静かに、振り返っていた。ミィナとダリオンの悲劇、そして、それと向き合えたこと。ルートという、かけがえのない存在との出会い。そして――カインという、思いがけない、大切な存在。
(この想いを、二度と、失いたくない)
その、静かな決意が、結晶へと、注がれていく。
やがて、結晶が、これまで以上に、眩い光を放ち始めた。光は、渦を巻き、周囲の海全体を、優しく、包み込んでいく。
「封印が、解けていく……!」
アシュルの声にも、確かな興奮が、滲んでいた。
光が、一行の体を、優しく、包み込んでいく。ルートは、体の奥底から、これまで以上に、大きな、力の奔流を、感じた。
「これが……」
アシュルとカインもまた、それぞれ、これまで以上の、力の高まりを、実感していた。
「三つ目の、核を、解放することができたな」
アシュルの言葉に、一同は、力強く、頷いた。
光が収まると、結晶は、静かに、その役目を終えたかのように、澄み渡った、美しい輝きだけを、残していた。
その時、結晶の奥から、ふわりと、小さな、光の粒子が、現れた。それは、次第に、人の形へと、変わっていき――やがて、そこに現れたのは、美しい、水色の髪をした、一人の女性の姿だった。
「――ようやく、お会いできましたね、アシュル」
その声に、アシュルは、大きく、目を見開いた。
「ルシア……! お前、生きて、いたのか……!」
「ええ。長い間、この海の底で、静かに、眠りについていました。あなた方の想いが、私の封印を、解いてくれたのですね」
ルシアと呼ばれた女性は、優しく、微笑んだ。その姿に、一同は、驚きと共に、静かな感動を覚えていた。
「ルシア、この子たちが……」
「ええ、見えていました。あなたが、これほどまでに、心を許せる存在に、出会えたこと。……本当に、良かったですね、アシュル」
その言葉に、アシュルは、少し、照れくさそうに、視線を逸らした。
ルシアは、改めて、ルートたちへと、視線を向けた。
「規格外の召喚士様、そして、皆様。この海を、そして、私を、救ってくださり、心から、感謝いたします」
「いえ、僕たちにできることがあって、良かったです」
ルートの言葉に、ルシアは、優しく、微笑んだ。
「これから、この海は、少しずつ、本来の姿を、取り戻していくでしょう。行方不明になった、漁師の方々も、恐らく、この遺跡の、どこかに、囚われているはずです。私が、その場所へ、ご案内いたします」
その申し出に、一同は、安堵の表情を浮かべた。
「ありがとうございます、ルシアさん」
こうして、新たな柱、ルシアとの出会いを経て、一行は、行方不明者の救出、そして、この海全体の平穏を取り戻すため、さらなる歩みを、進めていくのだった。




