「深海の守護者」
遺跡の奥から現れたのは、巨大な、甲殻類を思わせる魔物の群れだった。鋭い鋏を持つその姿は、水中という環境も相まって、これまで戦ってきたどの敵よりも、威圧感に満ちていた。
「数が、多いな……!」
ゼクスが、油断なく身構えながら呟いた。水中では、彼の得意とする炎の力が、思うように発揮できないことが、その表情に、焦りを滲ませていた。
「くそ、水の中じゃ、炎の威力が、半減しちまう……!」
「ゼクス、落ち着いて! 私が、援護します!」
シィナが、水の抵抗を利用した、独自の水流魔法を、次々と展開していった。
「風よ、水を纏え――『アクアランス』!」
放たれた水の槍が、魔物の一体を貫く。水中という特殊な環境の中でも、シィナの魔法は、確かな効果を発揮していた。
「さすが、シィナ。水中でも、腕は落ちてないな」
ゼクスの言葉に、シィナは、水中でも、はっきりと分かるほど、嬉しそうな表情を浮かべた。
一方、ルートは、片手剣を構え、迫る魔物へと、立ち向かっていた。水の抵抗のせいか、地上での戦闘のようには、思い通りに、体が動かない。
「くっ……!」
振るった一撃は、狙いよりも、大きく逸れてしまった。
「ルート様、水中では、剣を振るう軌道を、もっと大きく取ってください!」
カインの、冷静なアドバイスに、ルートは、すぐさま、動きを修正した。
「分かった、ありがとう!」
カイン自身は、漆黒の翼を巧みに使い、水中でも、自在に、動き回っていた。その動きには、まるで、水中であることを、感じさせないほどの、洗練された美しさがあった。
「――行きます」
カインが放った、漆黒の魔力弾が、複数の魔物を、まとめて薙ぎ払う。水中でも、彼の魔法は、些かも、その威力を、失っていなかった。
「さすがだな、貴様」
アシュルが、白銀の光を纏わせながら、感心したように呟いた。
「あなたにも、負けてはいられませんので」
二体は、それぞれ、水中でも、確かな力を発揮しながら、次々と、迫る魔物を、討ち払っていった。だが、魔物の数は、一向に、減る気配を見せなかった。
「キリがないな……! この魔物たち、どこから、湧いて出てるんだ!」
ゼクスが、苛立たしげに叫んだ。
「恐らく、遺跡の奥に、発生源があるはずだ。そこを、断たなければ……!」
アシュルの分析に、ルートは、頷いた。
「なら、僕たちで、道を切り開く! みんな、援護を!」
ルートの号令のもと、一同は、遺跡の奥を目指して、慎重に、しかし、確実に、前進を始めた。
だが、遺跡の入り口に近づいたその時、周囲の水が、これまで以上に、大きく、揺れ動いた。
「――来るぞ! 何か、大きいのが!」
アシュルの、鋭い警告と共に、遺跡の最奥から、これまでとは、比較にならないほどの、巨大な影が、姿を現した。
それは、蟹と烏賊を、混ぜ合わせたような、異形の姿をした、巨大な魔物だった。全身を覆う、堅牢な甲殻と、無数に蠢く、長い触手。その禍々しい姿に、一同は、思わず、息を呑んだ。
「あれが、この遺跡の、主か……!」
ゼクスが、緊張した声で呟いた。
巨大な魔物は、咆哮と共に、その触手を、一斉に、こちらへと、伸ばしてきた。
「散れ!」
ルートの叫びと共に、一同は、それぞれ、散開して、触手の攻撃を、かわしていった。だが、その数は、あまりにも多く、シィナが、避けきれずに、一本の触手に、捕らえられてしまった。
「きゃあ……!」
「シィナ!」
ゼクスが、慌てて、彼女の元へと、駆けつけようとする。だが、別の触手が、その進路を、阻むように、迫ってきた。
「くっ……!」
絶体絶命の状況に、ルートは、咄嗟に、力を振り絞った。
「アシュル、カイン、力を貸して!」
その叫びに、二体は、即座に応じた。
アシュルが、白銀の光を纏わせた斬撃で、シィナを捕らえる触手を、切り裂く。同時に、カインが、漆黒の力で、ゼクスの進路を阻む触手を、粉砕した。
「大丈夫か、シィナ!」
ゼクスが、解放されたシィナを、慌てて抱き留めた。
「は、はい……ありがとうございます」
その様子に、安堵の息を吐く間もなく、巨大な魔物は、さらに、猛烈な勢いで、攻撃を仕掛けてきた。
「まだまだ、終わらないぞ……!」
ルートが、片手剣を構え直した、その時。
巨大な触手の一本が、思いがけない速さで、ルートの背後へと、迫ってきた。
「――ルート様!」
カインが、咄嗟に、ルートを庇うように、その身を、割り込ませた。触手の直撃を受けたカインの体が、大きく、弾き飛ばされる。
「カイン……!」
ルートが、悲鳴のような声を上げた。だが、カインは、すぐさま、体勢を立て直し、痛みを堪えながらも、不敵に笑った。
「この程度、大したことは、ございません」
その姿を見て、少し離れた場所で、魔物と対峙していたアシュルの、動きが、一瞬、止まった。
「――ッ」
アシュルの脳裏に、これまで感じたことのない、鋭い焦りが、走った。
次の瞬間、別の触手が、体勢を崩したカインへと、追撃を仕掛けようとする。それを見た瞬間、アシュルの体は、考えるよりも先に、動いていた。
「――させるか!」
アシュルが、自らの体を、盾にするように、カインの前へと、割り込んだ。触手の一撃が、アシュルの体を、直接、打ち据える。
「アシュル!」
カインが、驚愕の表情で、その名を呼んだ。
「なぜ……庇う必要など、なかったでしょうに」
その問いに、アシュルは、痛みを堪えながらも、静かに、しかし、はっきりと答えた。
「――知らん。だが、貴様が傷つく姿を、見過ごすことは、できなかった」
その、素直な言葉に、カインは、しばらくの間、言葉を失っていた。
「……感謝、いたします」
その短い言葉に、アシュルは、少し、照れくさそうに、視線を逸らした。
「勘違いするなよ。ただの、反射的な行動だ」
「――そういうことに、しておきましょう」
二体は、そう言葉を交わしながらも、互いを庇い合うように、並び立った。その連携は、これまで以上に、息の合ったものへと、変わっていた。
「ルート、指示を!」
アシュルの声に、ルートは、はっと、我に返った。
「アシュルとカインは、あの触手を、抑えて! 僕とゼクス、シィナで、本体の弱点を探す!」
「了解した!」
その号令のもと、一行の連携は、これまでにないほどの、精度を増していった。アシュルとカインが、息の合った動きで、無数の触手を、次々と、切り払っていく。その様子は、まるで、長年連れ添った、戦友のようだった。
「シィナ、あの魔物の甲殻、どこか、弱点はないか?」
ルートの問いに、シィナは、慎重に、魔物の姿を観察した。
「――そこの、目の周辺だけ、甲殻が、薄いようです!」
「よし、そこを狙う!」
ルートは、片手剣に、力を込めた。体の奥から、これまで蓄えてきた力が、静かに、しかし、確かに、湧き上がってくる。
「アシュル、カイン、隙を作って!」
「承知した!」
「畏まりました!」
二体が、それぞれ、巨大な魔物の注意を、引きつける。その隙を突いて、ルートは、渾身の力を込めた一撃を、魔物の目へと、突き入れた。
「――そこだ!」
その一撃が、見事に、魔物の弱点を、捉えた。断末魔の叫びを上げながら、巨大な魔物の体が、大きく、痙攣する。
「今だ、みんな! 畳み掛けろ!」
ルートの号令のもと、一同の攻撃が、一斉に、魔物へと、注がれた。ゼクスの炎、シィナの水流魔法、アシュルとカインの、それぞれの力。全ての攻撃が、見事に、噛み合った。
やがて、巨大な魔物は、大きな水しぶきを上げながら、崩れ落ち、光の粒子となって、消えていった。
辺りに、静寂が戻る。一行は、それぞれ、安堵の息を、吐き出した。
「なんとか、なりましたね……」
シィナが、疲労の滲む声で呟いた。
「ああ。だが、これで、終わりじゃない。あの主を倒したことで、道が開けたはずだ」
アシュルの言葉に、一同は、頷いた。
ルートは、隣に立つ、アシュルとカインへと、視線を向けた。二体の間には、これまでとは、明らかに違う、穏やかな空気が、流れていた。
「アシュル、カイン、二人とも、ありがとう。おかげで、助かったよ」
その言葉に、二体は、それぞれ、頷いた。
「当然のことをしたまでだ」
「ルート様のためであれば、当然のことです」
その、いつも通りの返答の中に、これまでとは、確かに違う、深い信頼の色が、滲んでいるのを、ルートは、静かに、感じ取っていた。




