「工房の灯り」
ゼクスとシィナの、あの休日から数日、屋敷には、これまで以上に、温かい空気が流れていた。二人の関係は、まだ、はっきりと「恋人」と呼べるものではなかったが、互いへの想いを、隠さなくなった分だけ、その距離は、確かに縮まっていた。
その様子を、微笑ましく見守りながらも、ルートの中には、ふと、複雑な想いが、頭をもたげることがあった。
(僕は、リュゼリアさんのこと、どう思ってるんだろう)
その問いは、あの日、アシュルに投げかけて以来、ずっと、ルートの心の中に、残り続けていた。
ある夜、遅くまで工房の灯りが灯っているのに気づいたルートは、そっと、様子を見に行くことにした。
「リュゼリアさん、まだ、起きてたんですか?」
工房の扉を開けると、リュゼリアが、真剣な表情で、何かの作業に没頭していた。
「あら、ルート君。ごめんなさい、うるさかった?」
「いえ、そうじゃなくて……こんな時間まで、大丈夫ですか?」
「ふふ、心配してくれてるのね。ありがとう」
リュゼリアは、手を止め、作業台に置かれた、一振りの短剣を、ルートへと見せた。
「実は、これ、あなたのために、作っていたの」
「僕のために?」
「ええ。今の片手剣も、もちろん、いいものだけれど……いざという時のために、予備の武器も、あった方がいいと思って」
その気遣いに、ルートは、温かい気持ちで、胸が満たされるのを感じた。
「ありがとうございます。……いつも、僕たちのために、こんなに、時間を使ってくれて」
「好きでやっていることだもの。気にしないで」
リュゼリアは、そう言いながら、優しく微笑んだ。その笑顔に、ルートの胸が、また、小さく跳ねた。
「少し、休憩しませんか? 温かいお茶、淹れてきます」
「ええ、お願いしようかしら」
ルートは、キッチンへと向かい、二人分の茶を淹れて、工房へと戻った。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
二人は、作業台の隅に、並んで腰を下ろした。工房には、静かな夜の空気と、微かな、金属と炭の匂いが、心地よく漂っていた。
「こうして、二人で、静かに過ごす時間、なんだか、落ち着きますね」
ルートの言葉に、リュゼリアは、静かに頷いた。
「ええ、本当に。……ねえ、ルート君」
「はい?」
「最近、あなたと話していると、なんだか、時間が経つのが、あっという間に感じるの。不思議よね」
その言葉に、ルートの心臓が、大きく跳ねた。
「僕も、実は……同じように、感じてました」
その正直な告白に、リュゼリアは、少し驚いたように、目を見開いた。それから、優しく、微笑んだ。
「そう。……嬉しいわ」
工房に、しばしの、穏やかな沈黙が流れた。ランプの灯りが、二人の顔を、柔らかく照らしていた。
「あの……リュゼリアさん」
ルートは、勇気を振り絞るように、口を開いた。
「僕、リュゼリアさんのこと……ただの、仲間としてじゃなくて、その、もっと、特別な人として、意識するようになってきてる気がします」
その、不器用ながらも、真剣な告白に、リュゼリアは、しばらく、言葉を失っていた。
「ルート君……」
「あの、変な意味に、受け取らないでほしいんですけど……でも、正直な気持ちなんです」
しどろもどろになりながら、必死に言葉を紡ぐルートに、リュゼリアは、優しく、微笑んだ。
「変な意味になんて、受け取ってないわ。……むしろ、嬉しいと思ってる」
「本当、ですか?」
「ええ。私も、あなたのこと、最初は、ゼクスの大切な仲間として、見ていたけれど……いつからか、それだけじゃない、特別な想いを、抱くようになっていたの」
その言葉に、ルートの胸が、じんわりと、温かくなった。
「ただ――」
リュゼリアは、少し、複雑な表情を浮かべた。
「私は、あなたより、随分と、年上だし……それに、色々な事情を抱えている身だから、簡単に、こういう気持ちに、飛び込んでいいものか、迷う気持ちも、あるの」
その正直な吐露に、ルートは、静かに、頷いた。
「僕も、まだ、自分の気持ちを、うまく、整理できてないと思います。だから、今すぐ、何かを決めなくても、いいと思うんです」
「ルート君……」
「ただ、これからも、こうやって、リュゼリアさんと、色んな時間を、過ごしていきたい。それだけは、確かな気持ちです」
その、真っ直ぐな言葉に、リュゼリアは、優しく、目を細めた。
「ええ。私も、そう思うわ」
二人は、しばらくの間、穏やかな沈黙の中、互いの存在を、静かに、感じ合っていた。
「そういえば」
リュゼリアが、ふと、思い出したように、口を開いた。
「あなたのために作っていた、この短剣。……名前、つけてもいいかしら」
「名前、ですか?」
「ええ。武具には、時々、名前をつけることがあるの。特別な想いを込めた品には、特に」
その言葉に、ルートは、少し照れくさくなりながらも、頷いた。
「じゃあ、リュゼリアさんに、お任せします」
リュゼリアは、少し考えた後、優しく微笑んだ。
「――『暁』、というのは、どうかしら。あなたが、この世界で、新しい夜明けを迎えたように、これからも、あなたの道を、照らす存在になれたら、いいなと思って」
「素敵な名前です。ありがとうございます」
ルートの、心からの感謝に、リュゼリアは、嬉しそうに、微笑んだ。
夜が更けていく中、二人は、しばらくの間、他愛のない話を続けた。これまでの旅の思い出、これから向かう場所への期待、そして、互いの、少しずつ育まれていく想い。
窓の外、二つの月が、静かに、その夜を、照らしていた。
その様子を、屋敷の窓から、そっと見守っていたのは、アシュルだった。
「――どうやら、また一つ、想いが、育ち始めたようだな」
その呟きに、隣に立っていたカインが、静かに頷いた。
「ルート様の、幸せそうなお姿。それだけで、私は、十分です」
その言葉に、アシュルは、少し、意外そうに、カインを見つめた。
「本当に、複雑な感情は、ないのか」
「――ない、と言えば、嘘になります。ですが」
カインは、静かに、夜空を見上げた。
「ルート様が、心から、笑顔でいてくださること。それこそが、私にとって、何より、大切なことですので」
その、真摯な言葉に、アシュルは、静かに、頷いた。
「――貴様も、本当に、まっすぐな奴だな」
「あなたにだけは、言われたくありません」
二体の、いつもの応酬に、しかし、どこか、これまでとは違う、穏やかな空気が、静かに、流れていた。
工房の灯りは、その夜、遅くまで、静かに、灯り続けていたのだった。




