「二人だけの休日」
約束の日は、雲一つない、晴れやかな朝を迎えた。
「じゃあ、行ってくる」
朝食を終えたゼクスが、少し緊張した面持ちで、玄関へと向かった。その後ろ姿を、リュゼリアが、にやにやとした表情で見送っている。
「楽しんでらっしゃい、ゼクス」
「な、なんだよ、その顔」
「別に? ただ、可愛い弟の初デート、応援してるだけよ」
「デ、デートじゃねえよ! 前も言っただろ、ただの遊びだって!」
顔を赤くしながら反論するゼクスに、リュゼリアは、くすくすと笑いを堪えていた。その様子を、リビングで見ていたルートとアシュルも、思わず微笑んでしまった。
「頑張ってね、ゼクス」
ルートの言葉に、ゼクスは、少し恥ずかしそうに、片手を上げて応えた。
「うるせえ。行ってくる」
玄関を出たゼクスは、待ち合わせ場所である、街の広場へと向かった。すでに、シィナが、待っていた。
「お待たせ、シィナ」
「いえ、私も、今来たところです」
シィナは、いつもと少し違う、明るい色合いの服を身に纏っていた。髪には、以前ゼクスから贈られた、あの髪飾りが、大切そうに着けられている。
「その髪飾り……」
「あ、これ、覚えてくれてたんですね」
シィナが、少し照れくさそうに、髪飾りに触れた。
「当たり前だろ。俺が渡したんだから」
ゼクスの、少し照れくさそうな言葉に、シィナは、嬉しそうに微笑んだ。
「今日、どこに行きましょうか」
「そうだな……街の外れに、新しくできた、展望台があるって聞いた。景色が綺麗らしいから、まずは、そこに行ってみるか」
「いいですね、行きましょう」
二人は、並んで、賑やかな街を歩き始めた。
道中、露店を覗いたり、他愛のない会話を交わしたりしながら、二人の距離は、これまで以上に、自然に、縮まっていった。
「そういえば、ゼクスさんって、故郷のこと、あまり話したことなかったですよね」
シィナの問いに、ゼクスは、少し考えるように、視線を上げた。
「ああ……正直、あまり、いい思い出がなくてな。魔族ってだけで、人間の街じゃ、随分と、冷遇されてきたから」
「そうだったんですね……」
「でも、リサに出会ってから、少しずつ、変わっていったんだ。あいつが、種族なんて関係ないって、いつも、俺を庇ってくれて」
その言葉に、シィナは、温かい気持ちで頷いた。
「リュゼリアさんは、本当に、ゼクスさんのことを、大切に思ってるんですね」
「ああ。……だから、あいつが、あんな目に遭ってたって知った時、本当に、怖かった。もう二度と、大切な人を、失いたくないって、強く思ったんだ」
その言葉に込められた、真摯な想いに、シィナは、静かに、頷いた。
「私も、同じ気持ちです。皆さんと出会えたこと、本当に、大切に思っています」
二人は、しばらくの間、無言のまま、並んで歩き続けた。だが、その沈黙は、決して、気まずいものではなく、むしろ、心地よい、温かなものだった。
やがて、二人は、街の外れにある、展望台へと辿り着いた。丘の上に建てられたその場所からは、街全体、そして、遠くに広がる、雄大な自然の景色が、一望できた。
「わあ……綺麗ですね」
シィナが、感嘆の声を漏らした。
「ああ、本当だな」
二人は、しばらくの間、その絶景を、静かに眺めていた。風が、二人の髪を、優しく揺らしていく。
「なあ、シィナ」
ゼクスが、ふと、真剣な表情で、口を開いた。
「はい?」
「俺、シィナのこと……その、大切に思ってる。仲間として、っていうのも、もちろんあるけど……それだけじゃなくて」
その、不器用ながらも、真っ直ぐな言葉に、シィナは、頬を赤らめながら、ゼクスを見つめた。
「私も、です。ゼクスさんのこと、その……大切に、思っています」
その言葉に、二人の間に、これまでとは違う、確かな何かが、静かに、通い合った。
「じゃあ、その……これから、もっと、こういう時間、増やしていっても、いいか?」
ゼクスの、少し照れくさそうな問いに、シィナは、笑顔で頷いた。
「はい。喜んで」
二人は、しばらくの間、はにかみながら、互いに、視線を交わし合っていた。展望台に吹く風が、その、初々しい空気を、優しく包み込んでいた。
「あ、そうだ。これ」
ゼクスは、ふと思い出したように、懐から、小さな包みを取り出した。
「なんですか、これ」
「街で見かけて、シィナに似合うと思って、買っておいたんだ。……渡すタイミング、迷ってたんだけどな」
シィナが、包みを開けると、中には、繊細な意匠が施された、小さなブローチが入っていた。
「わあ、綺麗……」
「気に入ったか?」
「はい、とても」
シィナは、嬉しそうに、そのブローチを、胸元に着けた。
「似合ってるよ、シィナ」
その素直な褒め言葉に、シィナは、頬をさらに赤らめながら、微笑んだ。
夕暮れ時、二人は、名残惜しそうに、家路についた。夕日に染まる街並みを、並んで歩きながら、二人の間には、これまでとは違う、確かな絆が、育まれていた。
「今日は、本当に、楽しかったです」
「ああ、俺も。……また、こういう時間、作ろうな」
「はい、絶対に」
二人は、微笑み合いながら、家の門をくぐった。
リビングでは、リュゼリアたちが、二人の帰りを待っていた。
「おかえりなさい、二人とも」
リュゼリアの言葉に、ゼクスとシィナは、それぞれ、少し照れくさそうに、頷いた。その表情、そして、纏う空気から、二人の関係に、確かな変化があったことは、誰の目にも、明らかだった。
「あら、なんだか、いい雰囲気ね」
リュゼリアの、からかうような言葉に、ゼクスは、慌てて視線を逸らした。
「べ、別に、何も……」
「ふふ、まあいいわ。ゆっくり、話を聞かせてね」
その温かい笑顔に、シィナも、はにかみながら、微笑み返した。
賑やかな夕食の席で、それぞれの一日の出来事が、静かに、しかし確かに、語られていった。窓の外、二つの月が、この、新しい絆の芽生えを、優しく見守っていたのだった。




