「穏やかな休日」
妖精の森から戻って数日、ルートたちは、久しぶりに、ゆったりとした休日を過ごすことにした。
朝、リビングに集まった一同を前に、リュゼリアが、少し提案するように切り出した。
「ねえ、みなさん。最近、ずっと忙しくしていたし、今日くらいは、のんびり過ごしませんか?」
「賛成です。たまには、そういう日も必要ですよね」
シィナの言葉に、ルートも頷いた。
「うん。何か、みんなで楽しめること、しようか」
「なら、街の市場に、みんなで買い出しに行かないか? 最近、新しい店が、色々増えてるらしいぜ」
ゼクスの提案に、一同は、賛同の声を上げた。
「賛成。それに、街の様子も、久しぶりに、ゆっくり見て回りたいし」
ルートの言葉に、アシュルも、静かに頷いた。
「私も、同行しよう。街の様子を、確認しておくのも、悪くない」
「私も、参ります」
カインも、恭しく一礼しながら言った。
こうして、四人と二体――家族のような一行は、朝食を終えた後、賑やかな街へと、繰り出すことになった。
市場は、朝から、多くの人々で賑わっていた。露店には、色とりどりの野菜や果物、珍しい香辛料、そして、様々な工芸品が並んでいる。
「わあ、これ、初めて見る果物ですね」
シィナが、露店に並ぶ、見慣れない紫色の果実を、興味深そうに見つめた。
「ああ、それは、南方から入ってきた、新しい品種だ。甘くて、美味いぞ」
露店の店主が、愛想よく声をかけてきた。
「じゃあ、いくつか買ってみようかな」
シィナが、財布を取り出しながら言うと、ゼクスが、それを制した。
「ここは、俺が出すよ」
「え、いいんですか?」
「気にすんな。この間、髪飾り渡した時みたいなもんだ」
その何気ない一言に、シィナは、頬を赤らめながら、嬉しそうに微笑んだ。二人のやり取りを、少し離れた場所から見ていたリュゼリアが、くすくすと、笑いを堪えていた。
「相変わらず、初心なんだから」
その呟きに、隣を歩いていたルートが、思わず、笑ってしまった。
「リュゼリアさんも、二人のこと、応援してるんですね」
「もちろんよ。ゼクスが、誰かを大切に想う姿、見ているだけで、嬉しくなるもの」
リュゼリアの、優しい言葉に、ルートは、温かい気持ちで頷いた。
市場を歩いていると、ふと、新しくできたという、小さな喫茶店が目に留まった。
「あ、ここ、最近できたお店だと思います。入ってみませんか?」
シィナの提案に、一同は、賛同し、店内へと足を踏み入れた。
こぢんまりとした店内には、香ばしいコーヒーの香りが漂っていた。窓際の席に座り、それぞれが、注文を済ませる。
「こういう、ゆったりした時間、久しぶりですね」
シィナの言葉に、ルートも、しみじみと頷いた。
「うん。最近、色々あったから、余計に、こういう時間が、貴重に感じるよ」
温かい飲み物を口にしながら、一同は、これまでの旅を、静かに振り返った。
「にしても、氷雪の遺跡に、妖精の森……本当に、色んなことがあったよな」
ゼクスの言葉に、シィナも頷いた。
「はい。でも、そのたびに、みんなで力を合わせて、乗り越えてこられました」
「それに、召喚術の核も、もう二つ、解放できたし」
ルートの言葉に、アシュルが、静かに補足した。
「まだ、道のりは長い。だが、着実に、前進はしている」
その言葉に、一同は、静かに頷いた。
店を出た後、一行は、さらに市場を巡り、それぞれ、気になるものを、少しずつ、買い求めていった。カインは、ルートのために、上質な茶葉を選び、アシュルは、実用的な、旅の道具を吟味していた。
「アシュル、それ、何?」
ルートの問いに、アシュルは、手にした小さな道具を、見せながら答えた。
「携帯用の火起こし器だ。旅先で、便利だろう」
「アシュルって、意外と、実用主義だよね」
「当然だ。無駄な出費は、しない主義でな」
その言葉に、ルートは、思わず、笑ってしまった。
一方、カインは、少し離れた露店で、真剣な表情で、何かを吟味していた。
「カイン、何、見てるの?」
ルートが近づくと、カインは、少し慌てたように、手にしていたものを、隠そうとした。
「い、いえ、これは……」
「気になるな。見せてよ」
ルートに促され、カインは、渋々といった様子で、手にしていたものを見せた。それは、精巧な細工の施された、小さな装飾品だった。
「これ……」
「ルート様に、お似合いになるかと思い、少し、見ておりました」
その素直な告白に、ルートは、驚きながらも、嬉しそうに微笑んだ。
「僕のために、選んでくれてたの? ありがとう、カイン」
「も、もったいないお言葉です」
珍しく、動揺した様子のカインに、近くにいたアシュルが、からかうように口を挟んだ。
「ほう、貴様にも、そんな一面があったのか」
「――アナタには、関係のないことです」
いつになく、素っ気ない返答に、アシュルは、面白そうに、片眉を上げた。
「まあいい。それより、その装飾品、私が見立てた方が、確かなものが選べたのではないか?」
「余計なお世話です」
二体の、いつもの応酬に、周囲にいたルートたちが、思わず、笑ってしまった。
「結局、それ、買うの?」
ルートの問いに、カインは、少し照れくさそうに、頷いた。
「よろしければ、受け取っていただけますか」
「うん、もちろん。大切にするね」
その言葉に、カインは、心から嬉しそうな表情を浮かべた。
夕方近くになり、一行は、両手いっぱいの荷物を抱えながら、家路についた。道中、夕日に照らされた街並みを眺めながら、ルートは、静かな幸福感を噛み締めていた。
「今日は、本当に、楽しい一日だったね」
ルートの言葉に、シィナも、笑顔で頷いた。
「はい。たまには、こういう日も、大切ですね」
「ああ。次の目的地に向かう前に、こうして、英気を養えたのは、良いことだ」
アシュルの言葉に、一同は、静かに頷いた。
家に到着すると、リュゼリアが、早速、夕食の準備に取り掛かった。
「今日は、市場で買ってきた食材で、腕を振るうわね」
「楽しみにしてます」
シィナの言葉に、リュゼリアは、嬉しそうに微笑んだ。
賑やかな夕食の後、それぞれが、思い思いの時間を過ごした。ルートは、自室で、カインから貰った装飾品を、そっと手に取った。
窓の外、二つの月が、穏やかな夜を、静かに照らしていた。膝の上に丸まったアシュルが、ふと、口を開いた。
「今日のような、穏やかな時間が、これからも、少しずつ、増えていくといいな」
その珍しく、素直な言葉に、ルートは、優しく微笑んだ。
「うん、そうだね。みんなで、これからも、色んな時間を、大切にしていきたいな」
その言葉に、アシュルは、静かに頷いた。
賑やかで、温かい日々。それは、かつて、孤独だった少年が、この世界で、確かに手に入れた、かけがえのない宝物だった。
穏やかな休日は、こうして、静かに、幸せな余韻を残しながら、暮れていったのだった。




