第41話「妖精王との対面」
森の奥へと進むにつれ、木々の密度は増し、光の粒子は、より濃密に空間を漂うようになっていった。まるで、この森そのものが、一つの巨大な生命体であるかのような、不思議な気配が、辺り一帯を包み込んでいる。
「この先に、妖精王様がいらっしゃるはずです」
道案内を務めるフィーが、先頭を飛びながら、そう告げた。彼女の羽ばたきに合わせて、周囲の光の粒子が、さざ波のように揺らめいている。
「フィーさん、森の様子、やっぱり、何か変ですよね」
シィナの問いに、フィーは、少し表情を曇らせながら頷いた。
「はい……本来であれば、この森は、もっと、穏やかで、賑やかな場所なのです。今のように、皆が怯え、身を潜めているような状態は、私が知る限り、初めてのことです」
その説明に、一同は、緊張を新たにした。
やがて、一行は、森の中央に位置する、巨大な古木の前に辿り着いた。その幹は、天にまで届くほどの高さを誇り、根元には、無数の光る花々が、円を描くように咲き誇っている。
「ここが……」
「妖精王様の、御座所です」
フィーの言葉と共に、古木の周囲に、淡い光が集まり始めた。光は、次第に、人の形へと変わっていき――やがて、そこに現れたのは、想像を絶するほど美しい、一人の女性の姿だった。
透き通るような白銀の肌、深い緑色の瞳、そして、背には、蝶のように繊細な、光り輝く羽。まとう衣装は、木の葉と花々を織り込んだような、幻想的な意匠をしていた。
「――よく、来てくれました」
その声は、鈴の音のように澄んでいながら、同時に、大地の底から響くような、確かな重みを持っていた。
「妖精王様……」
リュゼリアが、深々と頭を下げた。ルートたちも、慌てて、それに倣った。
「リュゼリア、大きくなりましたね。息災であったこと、何よりです」
妖精王は、そう言いながら、優しい眼差しで、リュゼリアを見つめた。その視線には、確かな親しみと、慈しみが込められていた。
「妖精王様のおかげで、こうして、無事に過ごせております。この度は、お招きいただき、ありがとうございます」
「ふふ、そう畏まらなくてもよいのですよ、私の可愛い子」
妖精王の柔らかな言葉に、リュゼリアは、少し照れくさそうに微笑んだ。その様子を見ていたゼクスが、思わず、小声で呟いた。
「リサが、あんな顔するの、初めて見たな」
「本当に、妖精王様のこと、大切に思っているんですね」
シィナの言葉に、ゼクスは、静かに頷いた。
妖精王は、改めて、ルートたちへと視線を移した。
「そして、あなた方が、リュゼリアの言う、頼れる仲間たちですね。……そして」
その視線が、アシュルとカインへと向けられた瞬間、妖精王の表情に、わずかな驚きが浮かんだ。
「これは、驚きました。まさか、封じられた柱の一柱と、これほど鮮明に相まみえる日が来るとは」
その言葉に、アシュルが、静かに一歩、前に出た。
「私を、ご存知なのですか」
「もちろんです。あなた方、柱と呼ばれる者たちと、私たち妖精族は、遥か昔から、深い縁で結ばれていましたから」
妖精王の言葉に、アシュルは、驚いたように目を見開いた。
「そのお話、詳しく、伺ってもよろしいでしょうか」
「もちろん。ですが、その前に――」
妖精王は、真剣な表情に切り替え、一同を見渡した。
「今、この森で起きている、由々しき事態について、まず、お話ししなければなりません」
その言葉に、一同は、姿勢を正した。
「この森の奥深く、私たち妖精族にとって、最も神聖な場所とされる『始まりの泉』に、異変が起きています」
「始まりの泉、ですか?」
ルートの問いに、妖精王は、頷いた。
「この世界の、あらゆる生命の源泉とも言われる場所です。そこから、この森の魔力、そして、妖精族の力の全てが、生まれています」
「そこに、何が起きているんですか」
「――穢れです」
妖精王の声に、これまでにない、深刻な響きが混じった。
「泉の水が、少しずつ、黒く濁り始めています。原因は、まだ、はっきりとは分かっていません。ですが、このまま放置すれば、森全体、そして、この地に暮らす妖精族全てに、深刻な影響が及ぶでしょう」
その説明に、リュゼリアが、震える声で尋ねた。
「妖精王様、そのようなこと、私に、何も……」
「あなたに、余計な心配をかけたくなかったのです。ですが、事態は、私一人の力では、もはや、対処しきれないところまで来てしまいました」
妖精王は、深く息を吐いた。
「それで、僕たちに、力を貸してほしい、ということですね」
ルートの言葉に、妖精王は、静かに頷いた。
「その通りです。規格外の召喚士であるあなたと、封じられた柱であるアシュル、そして、その仲間たち。あなた方の力があれば、この穢れの原因を突き止め、対処できるのではないかと、藁にもすがる思いで、お呼びした次第です」
「もちろん、協力します」
ルートは、迷いなく、そう答えた。
「リュゼリアさんが、大切に思っている場所なら、僕たちにとっても、大切な場所です。それに――」
ルートは、真剣な眼差しで、妖精王を見つめた。
「困っている人を、いえ、困っている方々を、放っておくことなんて、できませんから」
その言葉に、妖精王は、目を細めて微笑んだ。
「素晴らしい心根の持ち主のようですね、リュゼリアが慕うのも、頷けます」
アシュルもまた、静かに、しかし確かな決意を込めて言った。
「私にとっても、この件は、無関係ではないはずだ。柱としての責任もある。全力で、協力させていただこう」
カインも、恭しく一礼した。
「ルート様がお決めになったことであれば、私も、全力を尽くします」
ゼクスとシィナも、それぞれ、力強く頷いた。
「俺も、リサの大切な場所のために、力を貸すぜ」
「私も、皆さんと一緒に、頑張ります」
一同の決意に、妖精王は、深く頭を下げた。
「感謝します。それでは、これより、あなた方を、始まりの泉へと案内いたしましょう。……ですが、警告しておかねばなりません」
妖精王の表情が、再び、真剣なものへと変わった。
「泉に近づくほど、穢れの気配は、より色濃くなっていくはずです。そこには、私たちの想像を超える、危険が潜んでいるかもしれません」
その警告に、一同は、緊張しながらも、力強く頷いた。
「大丈夫です。みんなで、力を合わせれば、きっと、乗り越えられます」
ルートの言葉に、妖精王は、優しく微笑んだ。
「では、参りましょう。始まりの泉へと」
妖精王の案内のもと、一行は、森のさらに奥、これまで以上に濃密な魔力が渦巻く場所へと、足を踏み入れていった。
道中、フィーが、そっとルートに近づき、囁くように言った。
「規格外の召喚士様。妖精王様が、あれほど心を開かれるお姿、久しぶりに拝見いたしました。どうか、皆様の力で、この森を、お救いください」
その真摯な願いに、ルートは、静かに、しかし確かな決意を込めて頷いた。
「うん、必ず」
森の奥、まだ見ぬ「始まりの泉」へと向かう一行の足取りは、緊張と共に、確かな使命感に満ちていた。




