第40話「妖精の森への招待」
氷雪の遺跡から戻って数日後、屋敷の庭に、見慣れない、小さな光の粒がふわりと舞い込んできた。
「――あら?」
庭で洗濯物を干していたシィナが、その光に気づき、目を丸くした。光の粒は、やがて、手のひらほどの大きさの、小さな妖精の姿へと変わった。透き通る羽を持ち、淡い緑色の髪をした、愛らしい姿をしている。
「シィナちゃん、みんなを呼んできてくれる? お客様みたい」
リビングから顔を出したリュゼリアが、その妖精の姿を見て、はっと息を呑んだ。
シィナが慌てて家の中に声をかけると、それぞれの持ち場にいたルート、ゼクス、アシュル、カインが、次々と庭に集まってきた。
「わあ、本物の妖精だ……」
シィナが、興味深そうに、その小さな姿を見つめた。
「その紋様……妖精王様の、お使いの方ですね」
その言葉に、庭に集まってきたルートたちも、緊張した面持ちになった。
「お久しぶりでございます」
小さな妖精は、リュゼリアの前で、恭しく一礼した。その声は、鈴を転がすように、澄んで美しかった。
「私は、妖精王様の遣い、フィーと申します。リュゼリア様に、伝言を預かってまいりました」
「私に……?」
リュゼリアが、驚いたように、自分を指差した。
フィーは、リュゼリアの周りを、ふわふわと飛び回りながら、懐かしそうに目を細めた。
「お久しぶりです、リュゼリア様。妖精王様の御前で、幼い頃のあなた様をお見かけしたことがございます。あの頃より、随分と、大人びられましたね」
「フィーさんに、そう言っていただけると、嬉しいわ。あなたのことも、よく覚えているもの」
二人の懐かしそうなやり取りに、ルートたちは、微笑ましそうに顔を見合わせた。
「はい。妖精王様は、あなた様が、この街で、無事にお過ごしであることを、大変お喜びです。そして――」
フィーは、真剣な表情で、続けた。
「近く、妖精の森において、重大な異変が起きているとのこと。妖精王様は、あなた様に、一度、森へお越しいただきたいと、仰せです」
「異変、ですか」
リュゼリアの表情が、緊張に引き締まった。
「詳細は、私には、お話しできません。ですが、妖精王様は、あなた様のお力――そして、あなた様の、大切な方々のお力を、必要としているご様子でした」
その言葉に、ルートたちは、顔を見合わせた。
「僕たちも、一緒に行っていいんですか?」
ルートの問いに、フィーは、優しく微笑んだ。
「もちろんです。リュゼリア様が、心から信頼する方々であれば、妖精王様も、快く歓迎なさるでしょう。……それに」
フィーは、少し悪戯っぽく、ルートたちを見渡した。
「規格外の召喚士様と、その契約獣様方のこと、妖精王様も、大変興味をお持ちのようですよ」
「うわ、シルヴァンさんみたいなこと言い出さないでね」
ルートが思わずそう零すと、その場に、小さな笑いが起きた。
「シルヴァン殿、ですか? 存じ上げませんが……その方も、規格外の召喚獣様に、興味をお持ちなのですね」
「まあ、色々あるんです」
ルートが苦笑しながら答えると、フィーは、不思議そうに小首を傾げながらも、それ以上は追及しなかった。
フィーが去った後、リビングに集まったルートたちは、改めて、この件について話し合うことにした。
「リュゼリアさん、妖精王様とは、どんな関係なんですか?」
シィナの問いに、リュゼリアは、少し懐かしそうに、目を細めた。
「幼い頃、王家で暮らしていた時に、偶然、お会いしたの。妖精王様は、気まぐれに、人間や、他の種族の子どもの前に姿を現すことがあると聞くけれど……その時、たまたま、私が選ばれた、という感じね」
「見初められた、ってことですよね」
ゼクスの言葉に、リュゼリアは、頷いた。
「ええ。それ以来、妖精王様は、私のことを、まるで娘のように、気にかけてくださっているの。今の私の力も、その繋がりから、授かったものだから」
その説明に、ルートは、真剣な表情で尋ねた。
「その妖精王様が、僕たちに会いたいって言ってるってことは、何か、大きな理由があるんですよね」
「そうね。妖精王様が、直々に、人を招くなんて、滅多にないことだから……よほどの事態が起きているのだと思うわ」
リュゼリアの言葉に、一同の間に、緊張が走った。
「リュゼリアさんは、妖精王様に、最後にお会いしたのは、いつ頃なんですか?」
シィナの問いに、リュゼリアは、少し考えるように視線を落とした。
「王家を出てから、鍛冶師として生きるようになってからは、直接、お会いする機会は、あまりなかったの。時折、フィーさんのような、お使いの方が、様子を見に来てくださることは、あったけれど」
「じゃあ、久しぶりの再会になるんですね」
「ええ。少し、緊張するわね」
リュゼリアは、そう言いながらも、どこか嬉しそうな表情を浮かべていた。
「ゼクス、あなたも、妖精王様にお会いするのは、初めてよね」
「ああ。正直、緊張するな。伝説級の存在なんだろ?」
「ふふ、でも、大丈夫よ。妖精王様は、とても、お優しい方だから」
その言葉に、ゼクスは、少し安堵したように頷いた。
「行こう。何が待っていても、みんなで、力を合わせれば、きっと大丈夫だから」
ルートの言葉に、一同は、力強く頷いた。
「うん。それに、私自身も、妖精王様のこと、もっと知りたいと思っていたから」
リュゼリアの言葉には、単なる義務感だけでなく、確かな親しみが感じられた。
準備を整えたルートたちは、数日後、妖精の森へと向けて、出発することになった。
街を出て、しばらく進むと、これまでとは、明らかに違う雰囲気を持つ、深い森が見えてきた。木々の合間から、淡い光が、いくつも漏れ出しており、どこか幻想的な空気が、辺り一帯を包み込んでいる。
「これが、妖精の森……」
シィナが、感嘆の声を漏らした。
「綺麗な場所だけど、油断はするなよ。妖精族の森は、独自の理で動いていると聞く」
ゼクスの言葉に、アシュルも頷いた。
「ああ。人間の常識が、通用しない場所かもしれない」
その警戒を胸に、一行は、森の入り口へと足を踏み入れた。
森の中は、外から見た以上に、幻想的な光景が広がっていた。淡く光る植物、宙を舞う光の粒、そして、時折、視界の端に見える、小さな妖精たちの姿。
「わあ……」
シィナが、思わず、感嘆の声を漏らした。だが、その美しさとは裏腹に、森全体には、どこか、緊迫した空気が漂っているのも、感じ取れた。
「この空気……何か、良くないことが起きているのは、間違いなさそうだね」
ルートの言葉に、リュゼリアが、真剣な表情で頷いた。
「ええ。急ぎましょう。妖精王様が、私たちを待っているはずだから」
一行は、森の奥深くへと、足を進めていった。その先に、どんな真実が待っているのか、まだ、誰も知らなかった。




