第4話「監視者たち」
シィナと別れたあと、ルートはアシュルとともに人通りの少ない裏路地へと足を向けた。喧騒から離れると、肩に乗った小さな猫が、ようやく普段の調子を取り戻したように口を開く。
「ルート」
「え……?」
急に名を呼ばれ、ルートは思わず足を止めた。今まで「お前」としか呼ばれたことがなかったから、その響きに一瞬、心臓が跳ねる。
「何を驚いている。お前がそう名乗ったのだろう。人前では格好がつかんから『主』と呼んでやるが、二人の時くらい、名で呼んでも構わないだろう」
ぶっきらぼうな口調のわりに、その言葉には妙な気遣いが滲んでいた。ルートは頬が緩みそうになるのを堪えながら、小さく頷く。
「……うん。ありがとう」
「礼を言われる筋合いはない。単なる呼びやすさの問題だ」
そう言い切るアシュルだったが、心なしか、いつもより機嫌が良さそうに見えた。
路地の突き当たりまで来たところで、アシュルの耳がぴくりと動いた。
「…出てこい。さっきから、ずっとついてきているだろう」
その声に、物陰からゆっくりと人影が現れる。フードを目深に被った、細身の人物だった。街中で感じたものと同じ気配―アシュルは先ほどの視線を思い出し、身構えた。
「勘がいいな、規格外の召喚獣というのは」
フードの下から低い声が響く。男か女かも判別しづらい、落ち着いた声色だった。
「誰だ、お前」
「まあ、名乗るほどの者じゃない。だが――」
人物はフードを少しだけ持ち上げ、片目だけを覗かせた。金色に光る瞳が、ルートたちを静かに見据える。
「運営の中にも、お前たちを見過ごせないと思っている者がいる、とだけ言っておこうか」
「見過ごせない、って……敵ってこと?」
「さあな。少なくとも、さっきお前たちを拘束しようとした連中とは、立場が違う」
その言葉に、ルートとアシュルは思わず顔を見合わせた。運営内部で意見が割れている…先ほどの一件を思えば、想像に難くない話ではあった。
「今は忠告だけしておく。お前の力は、この世界の均衡を揺るがしかねないものだ。強引に潰そうとする者もいれば、利用しようとする者もいるだろう。どちらにせよ、これから先、お前たちは注目の的になる」
「……忠告か…どうもありがとう…言いたい事はそれだけ?」
「ああ。それと」
人物はフードを戻しながら、静かに続けた。
「その召喚獣を、決して手放すな。今のお前にとって、それが唯一の盾だ」
言い残すと、人物は路地の闇に溶けるように姿を消した。ルートはしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがてため息を吐く。
「……なんか、いろいろありすぎて、頭がついていかない」
「贅沢を言うな。この程度、序の口だろう」
アシュルは呆れたように言いながらも、その視線はどこか案じるように、ルートの表情をうかがっていた。
「大丈夫か? まだこの状況を、飲み込みきれていないだろう」
その問いかけに、ルートは少し驚いた。突き放すような口調の中に、確かな気遣いが混じっている。
「うん……正直、まだ実感が湧かない。でも」
ルートは夜空を見上げた。二つの月が、静かにこの世界を照らしている。
「不思議と、そんなに怖くないんだ。アシュルがいるから…かな」
その言葉に、アシュルは珍しく、何も言い返さなかった。ただ、しばらく黙ったまま、ルートの隣を歩き続けた。
街の外れ、宿と思しき建物の明かりが見えてくる。ひとまずの拠点を探すため、二人はそこへと歩みを進めた。だが、そのやり取りを見ていたのは、フードの人物だけではなかった。
街の高台、運営専用の監視塔の中で、複数のモニターがルートとアシュルの姿を映し出していた。
「――規格外個体『アシュル』、そして契約者・結城陽翔。監視対象として登録完了」
無機質な声が響く中、一人のオペレーターが静かにモニターを見つめながら呟いた。
「まさか、本当に目覚めるとはな……」
その呟きは、誰の耳にも届かないまま、監視塔の静寂に溶けていった。
今日は5話まで載せます〜




