第37話「原初の記録」
氷の柱の前に立ち、アシュルは、静かに手をかざした。
「この記録に触れれば、恐らく、封じられた記憶が、私たちの中に流れ込んでくるはずだ。……心の準備は、いいか」
その問いに、ルートたちは、緊張しながらも、しっかりと頷いた。
「うん、大丈夫」
「俺も、覚悟はできてる」
「私も」
全員の頷きを確認すると、アシュルは、氷の柱に、そっと手を触れた。
その瞬間、柱全体が、眩い光を放ち始めた。光は、次第に強さを増し、やがて、一同の視界を、真っ白に染め上げていった。
――光が収まった時、ルートたちの目の前には、これまでとは全く違う光景が広がっていた。
そこは、緑豊かな大地と、澄み渡る空が広がる、遥か昔の世界だった。
「これは……」
「恐らく、過去の光景が、再生されているのだろう」
アシュルの言葉に、一同は、静かに、その光景を見つめた。
映し出されたのは、多くの人々と、様々な召喚獣たちが、共に暮らす、平和な世界だった。人間、エルフ、ドワーフ、魔族――様々な種族が、それぞれの召喚獣と、深い絆で結ばれ、共に生きていた。
「この時代、召喚術は、単なる戦闘技術ではなかった。契約者と召喚獣が、互いを高め合い、支え合うための、神聖な絆の技術だったのだ」
アシュルの説明と共に、映像は、次第に、変化を見せ始めた。
平和だった世界に、少しずつ、影が差し始める。種族間の対立、資源を巡る争い、そして――強すぎる絆への、恐れと嫉妬。
「これが……」
「ああ。私が、リエナと彼女の獣を通じて経験した悲劇は、恐らく、この時代に、既に始まっていた、大きな流れの一部に過ぎなかったのだろう」
映像は、さらに進んでいく。絆の力を恐れた者たちが、召喚術そのものを、封じようとする動きを見せ始めた。
「召喚術という技術自体が、危険視されるようになっていったのね……」
シィナが、痛ましそうに、その光景を見つめた。
「そうだ。強い絆は、時に、大きな力を生む。だが、その力を恐れた者たちは、召喚術そのものを、意図的に弱体化させることを選んだ」
「弱体化、って……」
「召喚術の根源となる、この世界各地の『核』――今、私たちがいる、この場所のような遺跡を、封印することで、召喚術全体の力を、大きく制限したのだ」
その説明に、ルートは、はっと息を呑んだ。
「それが、今の時代、召喚士が、最弱職と呼ばれるようになった理由……?」
「恐らくな。かつては、最も敬われ、恐れられた職業だったはずの召喚士が、意図的に、その力を封じられ、弱体化させられた。それが、現在まで、続いている状態というわけだ」
その真相に、一同は、言葉を失った。
「でも、それなら、なんで、今、僕は、こんなに強い力を使えるの?」
ルートの問いに、アシュルは、静かに、しかし確信めいた声で答えた。
「お前が、規格外だからだ。そして――私という、封印された『柱』と契約したことで、本来、この時代に失われたはずの、召喚術の真の力の一端が、再び、この世界に戻ってきたのだろう」
その説明に、一同は、これまでの出来事が、一本の線で繋がっていく感覚を覚えた。
映像は、さらに進み、封印の儀式が、大陸各地で行われていく様子を映し出した。そして、最後に、一つの場面が、鮮明に映し出された。
それは、この『白銀の凍土』の遺跡を、封印しようとする、一人の人物の姿だった。
「あれは……」
その人物の姿を見て、アシュルが、大きく目を見開いた。
「まさか……」
「アシュル、どうしたの?」
ルートの問いに、アシュルは、震える声で答えた。
「あの者は……私の、同胞だ。かつて、私と共に、この世界の均衡を司っていた、柱の一柱」
その告白に、一同は、驚きの表情を浮かべた。
「その人が、召喚術を封印した張本人ってこと?」
「――そうだとすれば、辻褄が合う」
アシュルは、映像の中の人物を、食い入るように見つめた。
「あの者の名は、確か――ヴェルダ。運命を司る柱だった」
その名を口にした瞬間、映像が、大きく揺らぎ始めた。
「――これは、危険だな。記録の再生が、限界に近づいているようだ」
アシュルの言葉と共に、映像が、急速に薄れていく。
「アシュル、待って! もっと、詳しく……!」
ルートの叫びも虚しく、視界は、再び、眩い光に包まれた。
――気がつくと、一同は、再び、氷の回廊の中央に立っていた。氷の柱は、既に、その輝きを失い、ただの、透明な氷塊へと戻っていた。
「今の光景……本当だったんですね」
シィナが、まだ興奮冷めやらぬ様子で呟いた。
「ああ。これで、召喚術が衰退した理由、そして、この現象の、もっと大きな背景が、少しずつ見えてきた」
アシュルは、静かに、しかし確かな決意を込めて言った。
「ヴェルダという同胞が、なぜ、召喚術を封印しようとしたのか。そして、今、この世界で起きている現象と、どう関わっているのか。それを、突き止める必要がある」
「うん。これも、僕たちが、これから向き合っていくべき謎だね」
ルートの言葉に、一同は、静かに頷いた。
だが、まだ、この場所には、確かめなければならないことが残っていた。ルートは、輝きを失い、ただの氷塊へと戻った柱を、改めて見つめた。
「アシュル。この柱、まだ、何かできることがあるんじゃない?」
その問いに、アシュルは、少し驚いたように、ルートを見つめ返した。
「――勘がいいな。実は、私も、同じことを考えていた」
アシュルは、静かに、氷の柱に、もう一度、手を触れた。
「この核は、まだ、完全に失われたわけではない。恐らく、正しい手順を踏めば、封印そのものを、解くことができるはずだ」
その言葉に、一同の間に、新たな緊張が走った。
(アシュルの過去、召喚術の衰退、そして、この世界の真実――全部、繋がっているんだ)
その予感を胸に、ルートは、氷の柱を見つめながら、次の一歩に向けて、静かに、心を整えていった。




