第36話「氷の回廊」
巨大な扉の奥に広がっていたのは、透き通るような青白い氷に覆われた、幻想的な回廊だった。壁面には、うっすらと光を放つ氷の結晶が埋め込まれ、足元には、長い年月をかけて凍りついたと思われる、複雑な模様が刻まれている。
「これは……」
シィナが、感嘆と緊張が入り混じった声を漏らした。
「美しい場所だけど、油断するなよ。この静けさ、どこか不気味だ」
ゼクスが、油断なく周囲を警戒しながら言った。
「ああ。カイン、周囲の魔力反応は?」
ルートの問いに、カインは、静かに目を閉じ、周囲の気配を探った。
「奥から、微弱ながら、断続的な魔力の脈動を感じます。恐らく、この遺跡の中心部に、何らかの発生源があるものと思われます」
「アシュル、この場所、何か思い出せそう?」
ルートの問いに、アシュルは、回廊の壁を、じっと見つめながら答えた。
「少しずつ、記憶が蘇ってきている。ここは、恐らく――かつて、召喚術の『核』とも呼べる場所の一つだ」
「核……?」
「召喚術という技術そのものを、この世界に根付かせるための、根源的な力の源泉。それが、いくつか、この世界の各地に存在していたはずだ」
アシュルの説明に、一同は、緊張した面持ちで頷いた。
回廊を進むにつれ、壁に刻まれた模様は、次第に複雑さを増していった。時折、古代文字と思われる刻印も見られ、アシュルは、それを一つ一つ、丁寧に読み解いていった。
「『召喚術は、絆の力を借りて、この世界と異界を繋ぐ、神聖なる技術なり』……」
アシュルが、静かに、刻まれた文字を読み上げる。
「『されど、力は、時に人の心を蝕む。過ぎたる絆は、災いを呼ぶ』」
その言葉に、ルートは、思わず、アシュル自身の過去を思い出した。
「アシュル、これって……」
「――ああ。恐らく、私が経験した悲劇と、無関係ではないだろう」
アシュルの声には、静かな緊張が滲んでいた。
さらに奥へと進むと、一行は、広大な、円形の空間へと辿り着いた。中央には、巨大な氷の柱が、天井にまで届くほどの高さで、そびえ立っている。その内部には、淡く輝く、何かの結晶のようなものが、閉じ込められているのが見えた。
「あれは……」
ルートが、その氷の柱に近づこうとした、その時。
「――止まりなさい」
凛とした声が、回廊全体に響き渡った。
「な……!?」
一行が身構える中、氷の柱の周囲に、いくつもの氷の彫像が、次々と動き出した。それらは、まるで、古代の戦士を模したかのような姿をしていた。
「守護者、か……」
アシュルが、油断なく身構えながら呟いた。
「この遺跡を守るために、太古から配置されていた存在だろう。恐らく、簡単には通してもらえないな」
「くっ、やるしかないか」
ゼクスが、漆黒の炎を纏わせながら、前へと進み出た。
「気をつけろ! 相手は、氷の守護者だ! 私たちの攻撃が、そのまま通用するとは限らない!」
アシュルの警告と共に、氷の彫像たちが、一斉に襲いかかってきた。
「シィナ、後方から援護を!」
「はい!」
シィナが、詠唱を紡ぎ、援護の魔法を発動させる。ルートも、片手剣を構え、迫る氷の彫像へと立ち向かった。
「――行くよ!」
ルートの一撃が、氷の彫像の腕を打ち砕く。だが、砕けた部分は、瞬く間に、新たな氷によって、再生されていった。
「な……再生する、だと!?」
「厄介だな。並大抵の攻撃では、決定打にならないようだ」
アシュルが、冷静に分析しながら、白銀の光を纏わせた斬撃を放つ。だが、その一撃でさえ、守護者の再生を、完全に止めることはできなかった。
「カイン、何か、手はある?」
ルートの問いに、カインは、静かに頷いた。
「恐らく、この守護者たちは、氷の遺跡そのものと、魔力を共有しています。個々を倒すより、この空間全体の魔力の流れを、断つ方が、効果的かと」
「魔力の流れを断つ、って、どうすれば……」
「私に、お任せください」
カインは、そう言うと、両手に、漆黒の力を集中させ始めた。
「これより、この空間の魔力循環に、直接、干渉いたします。少々、お時間をいただきますので、皆様、私を守っていただけますか」
「分かった! みんな、カインを守ろう!」
ルートの号令のもと、一同は、カインを中心に、守りの陣形を組んだ。ゼクスとアシュルが前衛で守護者たちを食い止め、シィナが援護魔法で援護する。ルートも、片手剣を振るいながら、隙を見て、守護者たちの動きを封じていった。
「もう少しです……!」
カインの手のひらから放たれた漆黒の力が、氷の柱を中心とした空間全体に、静かに広がっていく。やがて、その力が、空間全体を包み込むと、動いていた氷の彫像たちが、次々と、動きを止めていった。
「――成功、いたしました」
カインの言葉に、一同は、安堵の息を吐いた。
「お見事だよ、カイン」
「もったいないお言葉です、ルート様」
その様子を見ながら、アシュルが、感心したように呟いた。
「なるほど、力任せではなく、頭を使う戦い方も、心得ているというわけか」
「当然です。力だけでは、ルート様を、真にお守りすることはできませんので」
その言葉に、アシュルは、小さく頷いた。ライバル心を見せつつも、確かな実力への敬意が、その表情には滲んでいた。
守護者たちが沈黙した空間の中央、氷の柱に、一行は、慎重に近づいていった。
「この中に、封じられているもの……アシュル、分かる?」
ルートの問いに、アシュルは、氷の柱を見つめながら、静かに答えた。
「ああ。これは――召喚術の、原初の記録だ。この世界に、召喚術という技術が、どのようにして生まれたのか。その全てが、ここに刻まれているはずだ」
その言葉に、一同は、緊張と共に、氷の柱を見つめた。
物語は、いよいよ、召喚士衰退の謎、その核心へと近づいていく。




