第35話「氷に眠る遺跡」
パーティから数日後、ルートたちは、ギルドから新たな依頼を受けることになった。
「これを見てくれ」
ギルドの一室で、シルヴァンが、一枚の地図を広げた。
「大陸北方、『白銀の凍土』と呼ばれる地域で、最近、奇妙な報告が相次いでいる」
「奇妙な報告、ですか?」
ルートの問いに、コハクが、資料を確認しながら答えた。
「氷に閉ざされた遺跡が発見された、という報告です。しかも、その遺跡から、これまで見たことのない魔力反応が観測されているとのことで」
「遺跡……」
アシュルが、地図を覗き込みながら、静かに呟いた。その表情には、わずかな緊張が滲んでいた。
「アシュル、何か知ってるの?」
「――いや、確証はない。だが、『白銀の凍土』という名には、聞き覚えがある」
アシュルは、記憶を辿るように、目を細めた。
「遥か昔、召喚術が、今よりもずっと大きな力を持っていた時代。その力の源泉となる、重要な遺跡がいくつか存在していたと、聞いたことがある」
「召喚術が、今よりも強かった時代……」
シルヴァンが、興味深そうに身を乗り出した。
「まさか、召喚士が衰退した理由に、関係しているというのか?」
「可能性は、否定できない」
アシュルの言葉に、その場の空気が、一気に引き締まった。
「もし、その遺跡に、召喚術の衰退の秘密が眠っているなら……調べる価値は、十分にあると思う」
ルートの言葉に、一同は頷いた。
「よし、決まりだな。この依頼、俺たちで受けよう」
ゼクスの言葉に、シルヴァンが、力強く頷いた。
「うむ。危険な依頼になるだろうが、お前たちになら、任せられる。装備は、万全に整えてから向かってくれ」
「はい、ありがとうございます」
依頼を受けたルートたちは、さっそく、遠征の準備に取り掛かることにした。
工房では、リュゼリアが、防寒対策を施した装備の調整に励んでいた。
「白銀の凍土は、これまでとは比べ物にならないくらい、寒さが厳しい場所よ。装備の防寒性能、しっかり高めておかないと」
「よろしくお願いします、リュゼリアさん」
「任せて。皆さんが、少しでも快適に戦えるように、最善を尽くすから」
リュゼリアは、そう言いながら、丁寧に、防寒用の内張りを、それぞれの装備に縫い付けていった。
準備を進める中、アシュルは、一人、静かに、遠い記憶を辿っていた。
(『白銀の凍土』……あの場所に、何が眠っているというのだ)
その記憶は、まだ、はっきりとした形を成していなかった。だが、確かに、何か重要な意味を持つ場所だという予感が、アシュルの中に、静かに広がっていた。
「アシュル、大丈夫? なんか、難しい顔してる」
ルートの声に、アシュルは、はっと我に返った。
「――いや、なんでもない。少し、昔のことを、思い出そうとしていただけだ」
「無理しないでね」
「ああ」
その優しい気遣いに、アシュルは、小さく微笑んだ。
数日後、準備を整えたルートたちは、白銀の凍土へと向けて、街を出発した。北へ進むにつれ、気温は、みるみる下がっていき、やがて、一面の銀世界が、視界いっぱいに広がった。
「うわあ……綺麗ですね」
シィナが、感嘆の声を上げた。雪原に反射する太陽の光が、まるで無数の宝石を散りばめたように、きらきらと輝いている。
「綺麗だが、油断するなよ。この寒さは、伊達じゃない」
ゼクスが、防寒具の襟を、しっかりと合わせながら言った。
「アシュル、この辺りに、心当たりは?」
ルートの問いに、アシュルは、周囲を見渡しながら、静かに頷いた。
「ああ。もう少し北に進んだ先――あの、氷の山の麓に、何かがある気がする」
アシュルが指し示した方向には、一際大きな、氷に覆われた山がそびえていた。その山肌には、不自然な、幾何学的な模様が、うっすらと浮かび上がっているのが見えた。
「あれは……」
「間違いない。あそこに、遺跡がある」
アシュルの確信めいた言葉に、一同は、緊張した面持ちで、その氷の山を見つめた。
雪原を進み、氷の山の麓に近づくにつれ、空気は、さらに冷たく、そして、どこか神聖な静けさを帯びていった。
「この感じ……忘却の迷宮とは、また違う空気ですね」
シィナが、慎重に周囲を警戒しながら言った。
「ああ。ここには、何か、もっと古い、根源的な力が眠っているような気がする」
カインが、静かに補足した。
やがて、一行は、山肌に刻まれた、巨大な扉のような構造物の前に辿り着いた。表面には、見たこともない古代文字が、びっしりと刻まれている。
「これは……」
アシュルが、その文字を、食い入るように見つめた。その表情が、驚愕に染まっていく。
「アシュル、読めるの、これ?」
「――ああ。これは、私が生まれた時代の言葉だ」
その言葉に、一同は、息を呑んだ。
「なんて、書いてあるの?」
ルートの問いに、アシュルは、静かに、しかし重い声で答えた。
「『目覚めし者への警告。この地に眠るは、力の源泉にして、破滅の種』……そう、刻まれている」
その不穏な警告に、一行の間に、緊張が走った。
「破滅の種、って……」
「まだ、詳細は分からん。だが、この扉の先に、何か重要な真実が眠っていることは、間違いなさそうだ」
アシュルの言葉に、ルートは、拳を握りしめた。
「行こう。何が待っていても、僕たちなら、きっと、大丈夫だから」
その決意に満ちた言葉に、一同は、力強く頷いた。
巨大な扉に、ゆっくりと手をかける。重い音と共に、扉が、少しずつ開いていった。
その奥に広がっていたのは、想像を絶する、氷の回廊だった。
暑いよりは寒い方が好き




