第33話「二人だけの街角」
その日の朝、朝食の席で、シィナが、ふと思い出したように切り出した。
「そういえば、そろそろ、消耗品の在庫を確認しないといけませんね。ポーションの数も、少なくなってきていますし」
「そうだな。俺も、鍛冶道具の消耗品、そろそろ買い足したいと思ってたところだ」
ゼクスの言葉に、リュゼリアが、興味深そうに二人を見やった。
「なら、二人で、街まで買い出しに行ってきたら?」
「え、二人で、ですか?」
シィナが、少し驚いたように尋ねた。
「ええ。私は工房の仕事があるし、ルート君は、今日、シルヴァンさんのところに顔を出す予定でしょう。アシュルさんとカインさんも、それぞれ、家の用事があるみたいだし」
リュゼリアの提案に、ゼクスは、少し考えるように顎に手を当てた。
「まあ、それもそうか。シィナ、一緒に行くか?」
「は、はい。よろしくお願いします」
こうして、ゼクスとシィナは、二人だけで、街への買い出しに向かうことになった。
朝の街並みは、賑やかな活気に満ちていた。露店が立ち並ぶ大通りを、二人は、並んで歩いていく。
「まずは、ポーション屋に行こうか」
「はい」
少し気まずいような、それでいて、どこかくすぐったいような沈黙が、二人の間に流れていた。これまで、パーティ全員での行動が多かったため、二人きりで出かけるのは、初めてのことだった。
「そういえば、シィナは、いつから魔法使いを目指してたんだ?」
その沈黙を破るように、ゼクスが尋ねた。
「小さい頃から、母が魔法使いだったので、その姿に憧れて。それで、自然と、この道を選びました」
「そうか。お前の魔法、繊細で、綺麗だもんな」
その率直な褒め言葉に、シィナは、少し頬を赤らめた。
「あ、ありがとうございます」
「なんで敬語なんだよ、今更」
「あ、そうですね……その、なんでだろう」
照れくさそうに笑うシィナに、ゼクスも、つられて笑った。
ポーション屋に到着すると、二人は、必要な数の回復薬を選び始めた。
「これくらいあれば、当分は足りるかな」
「そうですね。あ、この痺れ耐性のポーションも、あった方がいいかもしれません。忘却の迷宮みたいな場所に、また行くこともあるでしょうし」
「なるほど、抜かりないな、シィナは」
その気配りに、ゼクスは、感心したように頷いた。
会計を済ませ、店を出ると、次は、鍛冶道具の店へと向かった。道すがら、露店で売られている、色とりどりの果物や小物が、二人の目を引いた。
「あ、これ、可愛いですね」
シィナが立ち止まったのは、小さな装飾品を扱う露店だった。手のひらサイズの、精巧な細工が施された髪飾りが、いくつも並んでいる。
「気に入ったのか?」
「あ、いえ、ちょっと見ていただけで……」
慌てて手を振るシィナに、ゼクスは、少し考えてから、露店の店主に声をかけた。
「これ、一つもらえるか」
「え、ゼクスさん?」
驚くシィナに、ゼクスは、少し照れくさそうに、購入した髪飾りを差し出した。
「ほら。いつも、世話になってるからな。礼だと思って、受け取ってくれ」
「そんな、悪いですよ……」
「いいから。俺が、渡したいんだ」
その素直な言葉に、シィナは、驚きながらも、嬉しそうに髪飾りを受け取った。
「ありがとうございます……大切にします」
「大袈裟だな」
そう言いながらも、ゼクスの表情には、隠しきれない満足感が浮かんでいた。
鍛冶道具の店で必要な品を揃えた後、二人は、少し休憩することにした。街の広場にある、小さな屋台で、温かい飲み物を買い、ベンチに腰掛ける。
「今日、色々話せて、楽しかったです」
シィナの言葉に、ゼクスも頷いた。
「ああ、俺も。……なんか、いつもは、ルートたちがいるから、あんまり、二人で話す機会、なかったもんな」
「そうですね」
しばらくの沈黙の後、シィナが、ふと、真剣な表情で切り出した。
「ゼクスさん。リュゼリアさんが助かって、本当に良かったですね」
「ああ。お前たちのおかげだ。……あの時、本当に、感謝してもしきれないくらいだ」
「私も、ゼクスさんの力になれて、嬉しかったです。リュゼリアさんのこと、大切に思う気持ち、すごく伝わってきたので」
その言葉に、ゼクスは、少し照れくさそうに視線を逸らした。
「なんか、こうして話してると、シィナって、本当に、優しい奴だよな」
「そんな、そこまでは……」
「いや、本当に。……ありがとな、色々」
その素直な感謝に、シィナは、頬を赤らめながら、小さく微笑んだ。
「こちらこそ、ありがとうございます」
夕暮れが近づく頃、二人は、買い出しの品を抱えて、家路についた。道すがら、シィナは、先ほど貰った髪飾りを、そっと髪に着けてみた。
「似合うかな?」
「あ、うん……その、似合ってると思うよ」
珍しく敬語が抜けたシィナの言葉に、ゼクスは、思わず笑った。
「シィナも、たまには、そういう素の喋り方の方がいいな」
「そうですか? じゃあ、これから、そうします」
その素直な返事に、ゼクスは、また笑った。
二人が家に戻ると、リビングでは、ルートたちが、既に夕食の準備を進めていた。
「おかえり、二人とも。買い出し、どうだった?」
ルートの問いに、シィナは、少し照れくさそうに、髪飾りに触れながら答えた。
「はい、色々買えました。それに――」
シィナの言葉に、ゼクスが、慌てて口を挟んだ。
「い、色々話せて、良かったってだけだ! 変な意味じゃないからな!」
その慌てぶりに、リュゼリアが、興味深そうに目を細めた。
「あら、何かあったのかしら?」
「な、何もない!」
必死に否定するゼクスの様子に、その場に、温かい笑いが広がった。
窓の外、夕日が、賑やかな我が家を、優しく照らしていた。二人の距離が、少しずつ、確かに縮まっていく――そんな予感を、誰もが、静かに感じ取っていた。




