第32話「家事戦争」
新しい家での生活にも、少しずつ慣れてきたある朝のこと。ルートが起きてリビングに向かうと、そこには、思いがけない光景が広がっていた。
「――お待ちください。その洗濯物の畳み方では、ルート様の衣服に、無用な皺が寄ります」
「うるさい。長年の経験から言えば、この畳み方が最も効率的だ」
テーブルの上に山積みになった洗濯物を前に、アシュルとカインが、真剣な表情で睨み合っていた。
「え、何してるの、二人とも」
ルートが恐る恐る尋ねると、二体は、揃ってこちらを振り返った。
「おはようございます、ルート様。洗濯物を畳んでおりました」
「おはよう、ルート。カインが、私のやり方に、いちいち口を出してくる」
その説明に、ルートは、思わず苦笑した。
「二人とも、家事、手伝ってくれてたんだ。ありがとう」
「当然のことです。ルート様の身の回りのことは、この私が完璧にこなしてご覧に入れます」
「私だとて、負けてはいない」
二体の張り合いに、リビングに顔を出したシィナが、くすくすと笑った。
「お二人とも、朝から元気ですね」
その頃、キッチンからは、ゼクスの声が響いていた。
「おい、朝飯できたぞ! 早く来ないと、冷めるからな!」
その声に、ルートたちがキッチンに移動すると、テーブルには、簡単ながらも、それなりに整った朝食が並んでいた。
「わあ、美味しそう。ゼクス、料理できたんだね」
「まあな。育ての親が、料理も上手かったから、自然と覚えたんだ」
ゼクスが、少し誇らしげに言うと、後ろから、リュゼリアがひょっこりと顔を出した。
「あら、私が教えたこと、ちゃんと覚えていてくれたのね」
「リサの教え方が、良かったんだよ」
その姉弟のようなやり取りに、シィナが、微笑ましそうに見守っていた。
朝食を終えると、この日は、家の中の役割分担を決めることになった。リビングに集まった一同を前に、ルートが切り出した。
「みんなで暮らすようになったし、そろそろ、家事の分担を、ちゃんと決めておこうか」
「賛成です。行き当たりばったりだと、いずれ、不公平感が出てきますから」
シィナの提案に、一同は頷いた。
「まず、料理は、俺とリサでいいか?」
ゼクスの提案に、リュゼリアも頷いた。
「ええ、私も、料理は嫌いじゃないし。それに、工房の仕事の合間なら、時間の融通も利くから」
「なら、洗濯と掃除は……」
ルートがそう言いかけた瞬間、アシュルとカインが、同時に手を挙げた。
「私がやろう」
「私が担当いたします」
その即答ぶりに、ルートは思わず笑ってしまった。
「二人とも、やる気満々だね」
「当然です。ルート様の生活環境を整えることも、私の重要な役目ですので」
「私も、同様だ。それに――」
アシュルは、ちらりとカインへと視線を向けた。
「貴様に任せて、手抜きをされては困るからな」
「それは、こちらの台詞です。あなたにこそ、任せるわけにはまいりません」
二体の視線が、再び火花を散らせた。その様子に、シィナが、苦笑しながら提案した。
「それなら、洗濯と掃除、日替わりで交代するのはどうでしょう。それぞれ、得意な家事もあるでしょうし」
その提案に、二体は、渋々といった様子で頷いた。
「まあ、それが公平というものか」
「異論はございません」
こうして、なんとか、家事の分担が決まった。
その日の午後、早速、掃除の当番となったアシュルが、リビングの掃除を始めた。てきぱきとした手つきで、埃を払い、床を磨いていく。
「なかなか、様になっているじゃないか」
自画自賛するアシュルの横で、カインが、腕を組みながら、その様子を観察していた。
「――あなた、その拭き方では、家具の隅々まで、埃が取りきれておりません」
「なに?」
「見てご覧なさい。この角の部分、まだ埃が残っています」
カインが指摘した箇所を、アシュルが確認すると、確かに、わずかに埃が残っていた。
「……ふん、些細なことだ」
「些細なことでも、ルート様が快適にお過ごしになれるかどうかに関わります。妥協は、いたしません」
カインは、そう言うと、自ら布を手に取り、その部分を丁寧に拭き始めた。その完璧主義ぶりに、アシュルは、少し苛立たしげに眉をひそめた。
「貴様は、いちいち細かいな」
「細部にこそ、真心が宿るものです」
その哲学めいた言葉に、アシュルは、呆れたようにため息をついた。
夕方、外出から戻ってきたルートが、家の中を見渡すと、リビングも、廊下も、これまでにないほど、隅々まで綺麗に整えられていた。
「わあ、すごい、ピカピカだ」
その様子に、アシュルとカインは、それぞれ、誇らしげな表情を浮かべた。
「当然だ。私が手掛けた仕事だからな」
「私の仕上げがあってこそ、この完璧さです」
互いに、自分の功績を主張する二体に、ルートは思わず笑ってしまった。
「二人とも、ありがとう。すごく綺麗になってて、嬉しいよ」
その素直な感謝の言葉に、アシュルとカインは、揃って一瞬、動きを止めた。それから、どちらからともなく、満足げな表情を浮かべる。
「――ルート様に、そう言っていただけるなら、これ以上の報酬はございません」
「私も、同感だ」
珍しく意見が一致した二体に、リビングにいたシィナとゼクス、そしてリュゼリアが、思わず顔を見合わせて笑った。
「なんだかんだ、息が合ってるよな、あの二人」
ゼクスの呟きに、リュゼリアも頷いた。
「争っているようで、ちゃんと、ルート君のためという一点では、揺るがないのね」
その言葉に、ルートは、温かい気持ちで、賑やかな我が家を見渡した。
新しい生活は、こうして、笑いと賑やかさに満ちた、かけがえのない日々として、少しずつ積み重なっていくのだった。
バチバチな2人




