第31話「鍛冶師の想い」
新しい家での生活が始まって数日、リュゼリアの工房から、絶え間なく槌を打つ音が響くようになった。
「おはようございます、リュゼリアさん。もう、作業を始めてたんですか?」
朝早く起きたルートが工房を覗くと、リュゼリアは、既に炉に火を入れ、真剣な表情で作業をしていた。
「おはよう、ルート君。ええ、皆さんの武具、一日でも早く仕上げたくて」
「無理しないでくださいね」
「大丈夫よ。これくらい、私にとっては、苦じゃないもの」
リュゼリアは、そう言いながら、額の汗を拭った。その表情には、確かな充実感が滲んでいた。
「まずは、ルート君の武器から取り掛かろうと思っているの。少し、話を聞かせてもらえるかしら」
「話、ですか?」
「ええ。武具は、使う人の戦い方に合わせて作るのが、一番よ。ルート君の戦い方、少し見せてもらえる?」
その提案に、ルートは頷き、庭で軽く型を披露することにした。アシュルの力を借りながら、これまで使ってきた短剣を振るう様子を、リュゼリアは、真剣な眼差しで観察していた。
「なるほど……力任せに振るうタイプじゃなくて、相手の動きを見極めてから、正確に一撃を入れるタイプなのね」
「よく分かりますね」
「これでも、長年、色んな冒険者の武具を作ってきたから。動きを見れば、大体、分かるようになるものよ」
リュゼリアは、そう言いながら、ルートの動きを、さらにじっと見つめた。
「ねえ、ルート君。今使ってる短剣、正直、あなたの戦い方には、あまり合っていない気がするわ」
「え、そうなんですか?」
「ええ。あなたの太刀筋、リーチを活かして、一撃一撃を重く決めるタイプよね。それなら、短剣より、片手剣の方が、力を伝えやすいと思うの」
その指摘に、ルートは、少し驚いたように目を瞬かせた。
「片手剣、ですか。考えたこともなかったです」
「試しに、今度、私が仕立てた片手剣を使ってみない? もし、しっくりこなければ、また短剣に戻せばいいから」
「はい、お願いします」
リュゼリアは、そう言いながら、頭の中で、既に設計図を組み立て始めているようだった。
「軽さと、切れ味のバランスを重視した方がよさそうね。それに――」
リュゼリアは、ルートの体に纏う、淡い力の気配に目を留めた。
「あなたの中にある、あの特殊な力。もし可能なら、その力を、より効率よく武具に伝えられる素材を使いたいわ」
「そんなことまで、考えてくれるんですか?」
「当然よ。あなたたちが、少しでも安全に戦えるようにするのが、私の役目だもの」
その言葉に、ルートは、温かい気持ちで頷いた。
「そういえば、ルート君は、剣技だけじゃなくて、魔法も少し使えるのよね?」
「あ、はい。まだ、簡単なものしか使えませんけど……アシュルに、少しずつ教えてもらってます」
「なら、片手剣そのものにも、魔力の伝導を高める加工をしておいた方がいいかもしれないわね。剣技と魔法、両方を活かせるように」
その提案に、ルートは、驚きと嬉しさが入り混じった表情を浮かべた。
「そこまで、考えてくれるんですか」
「もちろん。器用貧乏になるより、両方の強みを活かせる方が、ずっといいでしょう?」
リュゼリアの言葉に、ルートは、深く頷いた。
その後、リュゼリアは、次々と、他のメンバーの武具についても、話を聞いて回った。
「ゼクス、あなたの炎の性質、少し変わってきてない?」
工房を訪れたゼクスに、リュゼリアがそう尋ねた。
「え、分かるのか?」
「当然よ。あなたの炎、前よりも、密度が増している気がするわ。修行の成果かしら」
「まあ、ルートと一緒に、色々と鍛えてはきたけど……」
照れくさそうに答えるゼクスに、リュゼリアは、優しく微笑んだ。
「なら、その変化に合わせて、篭手も新調しましょう。今のままだと、あなたの炎の威力に、素材が耐えきれなくなる日も、そう遠くないはずよ」
「さすが、リサだな。何でもお見通しだ」
「当然でしょう。あなたのことは、赤ん坊の頃から見てきたんだから」
その一言に、ゼクスが、思わず頬を赤らめた。
「お、おい、赤ん坊は言い過ぎだろ」
「あら、事実じゃない」
からかうようなリュゼリアの言葉に、工房に、笑い声が響いた。
シィナの杖についても、リュゼリアは、丁寧に相談に乗った。
「シィナちゃんの魔法、繊細なコントロールが持ち味よね。なら、杖の素材も、魔力の伝導率を重視した方がよさそうだわ」
「私のことまで、考えていただけるなんて」
「もちろんよ。皆さんは、ゼクスの大切な仲間。私にとっても、大切な人たちだもの」
その言葉に、シィナは、嬉しそうに微笑んだ。
数日後、まず最初に完成したのは、ルートの新しい片手剣だった。
「できたわよ、ルート君」
リュゼリアが差し出した片手剣は、これまで使っていたものよりも、明らかに洗練された造りをしていた。柄には、繊細な意匠が施され、刃は、淡い光を帯びているようにも見えた。
「わあ、綺麗ですね……」
ルートは、その片手剣を、そっと手に取った。驚くほど軽く、それでいて、確かな強度を感じさせる。
「試しに、振ってみて」
リュゼリアに促され、ルートは、庭で軽く素振りをしてみた。以前の短剣とは、比較にならないほど、手に馴染む感覚があった。
「すごい……まるで、自分の腕の延長みたいです」
「それなら、良かったわ」
リュゼリアは、安堵したように微笑んだ。
「あなたの力を、少しでも活かせる武具になっていたら、鍛冶師冥利に尽きるもの」
「ありがとうございます、リュゼリアさん。大切に使わせてもらいます」
その言葉に、リュゼリアは、優しく目を細めた。
「気に入ってもらえたなら、嬉しいわ。……ねえ、ルート君」
「はい?」
「これから、あなたたちの武具は、全部、私が担当させてもらうから。何かあったら、いつでも相談してね」
「はい、よろしくお願いします」
その日の夕方、工房を覗きに来たアシュルが、完成した片手剣を見て、感心したように呟いた。
「なるほど、良い出来だ。お前の力の質を、よく理解した造りになっている」
「アシュルもそう思う?」
「ああ。この片手剣なら、お前の動きを、さらに引き出せるだろう」
その評価に、リュゼリアは、少し誇らしげに微笑んだ。
「規格外の召喚獣殿に、そう言っていただけるなら、光栄だわ」
「私は、お世辞は言わない主義だ。素直な感想を言ったまでだ」
そんなやり取りを眺めていたリュゼリアが、ふと思い出したように、アシュルとカインへと視線を向けた。
「そういえば、お二人の武器についても、何か考えているの? 契約獣殿とはいえ、専用の得物があれば、さらに戦いやすくなるでしょう」
「ならば」
アシュルは、そう言うと、何の前触れもなく、懐から――否、どこからともなく、鈍い金色の光を放つ、大きな金属の塊を取り出した。
「これで、片手剣を作ってくれ」
「――え?」
リュゼリアが、思わず声を漏らした。その塊を受け取り、まじまじと見つめる。
「これ……オリハルコン、よね……? しかも、かなりの純度の……」
「ああ。長い眠りの間に、多少、蓄えていたものだ。使い道もなかったからな」
その事もなげな言い方に、その場にいた全員が、言葉を失った。
「アシュルさん、それ……国が一つ買えるくらいの値打ちのものなんじゃ……」
シィナが、震える声で呟いた。ゼクスも、唖然とした様子で塊を見つめている。
「オリハルコンって、伝説級の素材だろ……そんなもん、ポンと出すなよ……」
「別に、大したものではない。私にとっては、ただの金属の塊だ」
平然と言い放つアシュルに、カインが、冷ややかな視線を向けた。
「――アナタ、そのようなものをお持ちであれば、なぜ、ルート様の武器を作る際に、真っ先に差し出さなかったのですか」
その指摘に、アシュルは、一瞬、言葉に詰まった。
「それは……ルートには、まず、自分の戦い方に合った武器を、丁寧に見極めてもらいたかったからだ。素材の良さだけで、武器が決まるわけではないだろう」
「なるほど、都合の良い言い訳ですね」
「言い訳ではない! 事実だ!」
珍しく声を荒げるアシュルに、リュゼリアが、思わず笑ってしまった。
「ふふ、まあまあ。とにかく、これだけの素材があれば、素晴らしい片手剣が打てそうだわ。ありがとう、アシュルさん」
「うむ。お前の腕なら、きっと、良い出来になるだろう」
リュゼリアは、改めて、カインへと向き直った。
「カインさんは、どうする? 魔法を使うなら、杖のようなものを用意した方がいいかしら」
その問いに、カインは、静かに首を振った。
「お心遣いには感謝いたしますが、私に、杖の類は不要です」
「あら、そうなの?」
「私の魔法は、無詠唱で発動いたします。杖や触媒に頼る必要は、ございません」
その答えに、リュゼリアは、感心したように目を見開いた。
「無詠唱で……それは、相当な実力ね」
「ルート様をお守りするためであれば、この程度、当然の技量です」
その涼しい顔での返答に、アシュルが、片眉を上げた。
「その台詞、聞き飽きたぞ」
「事実を申し上げているだけです」
二体の、いつもの応酬に、リュゼリアとシィナが、顔を見合わせて微笑んだ。
(この街に来てから、本当に、いろんな人に支えられてる)
その実感を噛み締めながら、ルートは、夕暮れの空を見上げた。
工房から漏れる灯りが、これからも続いていく、穏やかな日々を、静かに照らしていた。
今日はもう少し更新頑張るぞ♪




