第29話「もう一体の規格外」
イグナイトから街へと戻ったルートたちは、まず、ギルドへと報告に向かうことにした。リュゼリアの救出、そして黒鉄商会という運営の拠点の発見――これらの重要な情報を、シルヴァンとコハクに伝える必要があった。
「おお、無事に戻ってきたか!」
ギルドに足を踏み入れるなり、シルヴァンが、大きな声で出迎えた。
「リュゼリア殿の救出、見事だ! ゼクス殿も、本当に良かったな!」
「ああ、ありがとう。皆のおかげだ」
ゼクスが、少し照れくさそうに答えた。コハクも、安堵したように微笑んでいる。
「詳しい報告書、後ほどまとめて提出しますね。それにしても……」
コハクは、ふと、ルートの後ろに控えるカインへと視線を向けた。
「そちらの方は、初めてお見かけしますね。もしかして……」
「はい。新しく契約した、召喚獣のカインです」
ルートが紹介すると、その瞬間、シルヴァンの目が、これまで以上に輝いた。
「な、なんと……! 新たな契約獣だと!? しかも、この気配、只者ではない!」
「ギルドマスター、また始まった……」
コハクが、呆れたように呟いたが、シルヴァンは意に介さず、ずかずかとカインへと歩み寄った。その距離感の近さに、カインが、わずかに眉をひそめる。
「初めまして! 私はこのギルドの長、シルヴァン・エルデールという者だ! 貴殿の名は、なんという」
カインは、恭しく一礼した。
「カインと申します。以後、お見知りおきを」
「なんと、礼儀正しい! 実に、素晴らしい佇まいだ! しかも、この漆黒の気配……ただの召喚獣ではないな!?」
シルヴァンの興奮は、留まるところを知らなかった。カインの周りをぐるぐると回りながら、その姿を、まるで宝石でも鑑定するかのように、じっくりと観察している。
「翼の形状、鱗の質感、纏う魔力の密度……いや、実に興味深い! これほどの逸材、大陸を探しても、そうそうお目にかかれるものではないぞ!」
シルヴァンは、そう言いながら、懐から小さな手帳とペンを取り出した。
「よし、記録させてもらおう! カイン殿、まずは、翼を広げた状態を、正面から、横から、そして背後から、拝見したい!」
「――は?」
カインが、初めて、明らかに困惑した表情を見せた。
「シルヴァンさん、そこまでするのは……」
ルートが慌てて止めに入るが、シルヴァンは、既に手帳片手に、カインの周りをぐるぐると回り続けていた。
「いや、これは学術的な興味なのだ! 召喚獣の形態変化における、翼の展開角度と魔力放出量の相関関係というのは、実に興味深いテーマでな!」
「ルート様、この者、いささか、距離感がおかしいのでは」
カインが、小声でルートに耳打ちした。その声には、珍しく、若干の戸惑いが滲んでいた。
「うん、あの人、いつもあんな感じなんだ……ごめんね」
「いえ、ルート様が謝られることでは……」
そう言いながらも、カインは、じりじりと距離を詰めてくるシルヴァンから、さりげなく後ずさっていた。
「差し支えなければ、契約の経緯を、詳しく伺いたい!」
「シルヴァンさん、落ち着いてください……」
ルートが苦笑しながら宥めるが、シルヴァンの熱量は、まったく衰えなかった。
「これは、規格外の召喚士が、二体目の契約に成功したという、前代未聞の快挙だぞ! 召喚士の歴史に、新たな1ページが刻まれる瞬間かもしれん!」
「そこまで、大袈裟な話じゃないと思うんですけど……」
困惑するルートをよそに、シルヴァンは、カインに向かって、矢継ぎ早に質問を浴びせ始めた。
「カイン殿! 契約時の感覚は、どのようなものだった!? 主への忠誠心の強さは、契約の質に比例するという説があるのだが、実感としてはいかがか!?」
その問いに、カインは、少しの迷いもなく、堂々と答えた。
「私の忠誠心は、この世界のいかなる尺度を持っても測りきれぬものと自負しております。ルート様への想いは、忠誠などという浅い言葉では、到底言い表せません」
「な、なんという重み……!」
シルヴァンが、感動したように目を潤ませる。ハンカチを取り出し、涙を拭う仕草までしている。
「素晴らしい……! 主への想いの深さこそ、真の召喚獣たる証! 若かりし頃の私も、そこまでの覚悟を持てていただろうか……!」
「ギルドマスター、お仕事中ですよ」
コハクが、冷静に釘を刺すが、シルヴァンの耳には届いていないようだった。
「ときにカイン殿、翼の手入れは、どのようにされているのだ? その艶やかな黒は、並大抵の手入れでは出せぬはず……」
「日々、ルート様のおそばにいられることそのものが、私にとって何よりの活力となっております。それだけで、この身は輝きを増すのです」
「な、なんという……愛の力か……!」
シルヴァンが、大袈裟に天を仰いだ。感極まった様子で、近くにあった椅子に、崩れ落ちるように座り込む。
「素晴らしい……実に素晴らしいぞ、カイン殿……! この老いた心にも、じんわりと染み渡るような、深い忠誠の物語だ……!」
「ギルドマスター、老いたっていうほどの歳では、まだないですよね」
コハクが、冷静に、それでいて容赦なくツッコミを入れる。シルヴァンは、それを聞いているのかいないのか、感動に打ち震えたまま、目元を拭い続けていた。
「コハク君、感動には歳など関係ないのだ! むしろ、齢を重ねるほどに、こういった純粋な想いが、心に沁みるようになるのだよ!」
「そういうものですかね……」
コハクは、諦めたようにため息をつくと、報告書の束を、そっとルートたちに差し出した。
「すみません、いつもこの調子で。とりあえず、こちらにサインをいただけますか」
「あ、はい」
ルートが書類にサインをしている間も、シルヴァンは、椅子から立ち上がり、再びカインへと詰め寄っていた。
「カイン殿、もう一つだけ、聞かせてくれ! その、契約獣としての『格』というものは、どのように感じ取れるものなのだ!? 私も、若かりし頃、その感覚を掴もうと、随分と苦心したものだが……!」
「シルヴァン殿、申し訳ございませんが、その質問には、いささか答えかねます」
「な、なぜだ!?」
「私にとって、格などという概念より、ルート様への想いの深さの方が、遥かに重要なものですので」
「――ッ、また、そうやって、愛の深さで話を逸らす! だが、それもまた良し! 実に、清々しいまでの一途さよ!」
シルヴァンは、もはや何を言われても感動する状態に陥っていた。その様子を見ていたゼクスが、思わず苦笑した。
「なあ、あの人、いつもあんな感じなのか?」
「うん、いつもあんな感じ。でも、悪い人じゃないんだ」
ルートの答えに、ゼクスは、納得したように頷いた。
少し離れた場所で、この騒動を冷めた目で眺めていたアシュルが、小さく息を吐いた。
「相変わらず、暑苦しい奴だな、お前は」
アシュルの一言に、カインが、涼しい顔で切り返した。
「これは異なことを。貴方とて、似たようなものであろう」
「私が? 何を言うか」
「先日、ルート様が熱を出された際、一晩中、その額に手を当てて、離れようとしなかったのは、どなたでしたか」
「――ッ、それは、あくまで、私が」
カインの、涼しい顔での切り返しに、アシュルは、珍しく言葉に詰まった。ルートは、思わず吹き出しそうになるのを堪えた。
「ほう、面白い!」
その様子を見ていたシルヴァンが、目を輝かせながら割って入った。
「規格外の召喚獣同士の、主を巡る火花……! これぞ、まさに、召喚士冥利に尽きる光景ではないか! ルート殿、羨ましい限りだぞ!」
「羨ましいって言われても……」
ルートは、苦笑いを浮かべるしかなかった。
「シルヴァンさん、そろそろ、報告の続きを……」
コハクが、やんわりと話を戻そうとするが、シルヴァンは、まだカインへの興味を隠しきれない様子だった。
「よし、決めた! 今度、私の屋敷で、召喚獣談義を開こうではないか! カイン殿、そしてアシュル殿、ぜひとも参加していただきたい!」
「お断りします」
「謹んで、辞退させていただきます」
アシュルとカインが、珍しく息の合った即答をした。その様子に、その場にいた全員が、思わず笑ってしまった。
「なんと、息もぴったりではないか! やはり、お二方は、良い好敵手なのだな!」
「「好敵手ではない」」
再び声を揃えて否定する二体に、ギルド中に、賑やかな笑い声が響いた。
ようやく落ち着きを取り戻したシルヴァンは、改めて真剣な表情で切り出した。
「――さて、冗談はこれくらいにして。黒鉄商会の件、正式に、ギルドとして調査を進める。捕らわれていた他の者たちの救出も、優先度の高い案件として取り扱おう」
「ありがとうございます、シルヴァンさん」
「礼を言うのは、こちらの方だ。お前たちの働きがなければ、この件の実態を掴むことすら、できなかっただろう」
その真剣な言葉に、一同は、静かに頷いた。
報告を終え、ギルドを出る間際、シルヴァンが、名残惜しそうにカインに声をかけた。
「カイン殿、また、いつでも遊びに来てくれたまえ。話し足りないことが、まだまだ山ほどある」
「お心遣いには感謝いたしますが、私の時間は、全てルート様のためにあります。それ以外の予定は、入れる余地がございません」
その、にべもない返答に、シルヴァンは、しかし嬉しそうに笑った。
「うむ、実に良い忠誠心だ! ますます気に入ったぞ、カイン殿!」
「――畏れながら、私は、貴方に気に入っていただきたいとは、微塵も思っておりません」
「なんと、手厳しい! だが、その芯の通った態度もまた、実に好ましい!」
もはや、何を言われても喜んでしまう境地に達しているシルヴァンに、カインは、これ以上何を言っても無駄だと悟ったのか、深く息を吐いた。
「ルート様、そろそろ、失礼してもよろしいでしょうか。この方との会話、いささか、体力を消耗いたします」
「あはは、そうだね。シルヴァンさん、また今度」
「うむ! また、いつでも顔を出してくれ! カイン殿の話、まだまだ聞き足りん!」
名残惜しそうに手を振るシルヴァンを背に、一行は、ようやくギルドを後にすることができた。
外に出るなり、ゼクスが、堪えきれないといった様子で吹き出した。
「あはは! カイン、お前、あの人にすっかり気に入られてたな!」
「――心外です。私は、あのように距離感の近い人物は、少々、苦手としております」
「でも、なんだかんだ、ちゃんと相手してあげてたよね」
シィナの指摘に、カインは、少し不服そうな表情を浮かべた。
「ルート様の関係者である以上、無下にするわけにはまいりませんので」
「律儀だなあ、カインは」
ルートが笑いながら言うと、カインは、少しだけ表情を和らげた。
「ルート様に、お褒めいただけるのであれば、あの程度の苦労、なんということもございません」
「また、そういうこと言う……」
その様子を、少し後ろから眺めていたアシュルが、小さく呟いた。
「本当に、忙しい奴だな、お前は」
「アナタにだけは、言われたくありませんが」
軽口を交わし合う二体の様子に、その場に、賑やかな笑い声が響いた。賑やかな一日は、こうして、笑いと共に幕を閉じたのだった。
すみません風邪を引いておりました(泣)




