第28話「姉弟の絆」
商館の正面では、依然として激しい戦闘が続いていた。アシュルとゼクスは、次々と押し寄せる警備兵を相手に、着実に活路を切り開いていた。
「アシュル、まだ、いけるか!」
「当然だ。この程度、何ということもない」
二人の連携は、戦いを重ねるごとに、さらに研ぎ澄まされていた。だが、増援は途切れることなく続き、次第に、二人の息にも疲労の色が滲み始めていた。
「くそ、キリがねえ……!」
ゼクスが、荒い息を吐きながら呟いたその時、地下へと続く扉が勢いよく開き、ルートたちが姿を現した。
「ゼクス! アシュル!」
ルートの声に、ゼクスが弾かれたように振り返る。
「ルート、無事か!? リサは……」
その問いに、シィナに支えられながら、リュゼリアがゆっくりと姿を見せた。
「――ゼクス」
その声に、ゼクスの動きが、完全に止まった。
「リサ……! リサ、なのか……!?」
「ええ。ゼクス、大きくなったわね」
リュゼリアの、穏やかな微笑みに、ゼクスの目に、みるみる涙が浮かんでいった。
「馬鹿……! 心配、させやがって……! ずっと、ずっと探してたんだぞ……!」
その声は、怒りと安堵と、様々な感情がない交ぜになっていた。リュゼリアは、そんなゼクスに向かって、ゆっくりと手を伸ばした。
「ごめんなさい、ゼクス。あなたに、辛い思いをさせてしまって」
「リサが謝ることなんて、何もねえよ……!」
ゼクスは、駆け寄ると、リュゼリアを、力いっぱい抱きしめた。
「よかった……本当に、よかった……」
「ええ……ただいま、ゼクス」
その光景に、ルートもシィナも、思わず目頭が熱くなるのを感じた。長い戦闘の疲労も、一瞬、忘れさせるほどの、温かい再会の光景だった。
だが、その感動に浸る間もなく、周囲には、まだ運営スタッフの残党が控えていた。
「――感動の再会のところ、悪いが、まだ終わっていないぞ」
アシュルが、油断なく周囲を警戒しながら言った。
「早く、この場を離れよう。応援が、さらに来るかもしれない」
その言葉に、一同は頷き、リュゼリアを支えながら、商館からの脱出を急いだ。カインが、後方を警戒しながら、静かに続いた。
「ルート様、私がしんがりを務めます。どうか、皆様を先に」
「うん、頼んだよ、カイン」
「御意」
カインは、そう言うと、闇の中に紛れるようにして、追手の気配を探りながら、一行の背後を守った。その働きに、危なげはなかった。
夜の街を駆け抜け、追手を巻きながら、一行はようやく、街外れの安全な場所まで辿り着いた。
「はぁ……はぁ……なんとか、逃げ切れたか」
ゼクスが、息を切らしながら、リュゼリアの様子を確認した。
「リサ、大丈夫か? どこか、怪我は」
「大丈夫よ。あなたたちのおかげで、本当に助かったわ」
リュゼリアは、そう言いながら、自分の体を、確かめるように見下ろした。半年もの間、囚われていたとは思えないほど、気丈な様子だった。だが、よく見れば、その手足には、鎖の跡と思われる、痛々しい痣が残っていた。
「その傷……」
シィナが、心配そうにその痣を見つめた。
「ああ、これは……大したことないわ。ただの、飾りみたいなものよ」
リュゼリアは、努めて明るく言おうとしたが、その声には、隠しきれない疲労が滲んでいた。
「無理しないでください。街に戻ったら、すぐに治療師の方に診てもらいましょう」
ルートの提案に、リュゼリアは、少し驚いたように目を瞬かせた。
「ありがとう。……本当に、優しい子ね、あなたたち」
その言葉に、ルートは少し照れくさくなりながら、微笑み返した。
リュゼリアは、そう言いながら、改めて、ルートたちの顔を見渡した。
「みんな、本当にありがとう。ゼクスの、大切な仲間なのね」
「うん、そうだよ」
ルートが答えると、リュゼリアは、優しく微笑んだ。
「ルート、というのね。あなたが、その規格外の召喚士……」
リュゼリアは、ルートを、まじまじと見つめた。
「正直、驚いたわ。ゼクスが、こんなに頼りになる仲間たちと出会っていたなんて。捕らわれている間は、外の様子なんて、何一つ分からなかったから」
「僕たちも、ゼクスには、色々と助けられてます。忘却の迷宮で、初めて会った時から」
「そう……。あの子が、誰かの役に立てているなら、それだけで嬉しいわ」
リュゼリアの、しみじみとした言葉に、ゼクスは、照れくさそうに視線を逸らした。その様子に、シィナが、くすくすと笑いを漏らす。
「ゼクスさん、そんな顔もするんですね」
「うるさいぞ、シィナ」
軽口を叩き合う二人の様子を、リュゼリアは、興味深そうに見つめていた。
「シィナ、さんね。ゼクスとは、随分と仲が良いみたいだけれど」
「え、あの、そんな……」
シィナが、頬を赤らめながら、しどろもどろになる。ゼクスも、なぜか気まずそうに視線を泳がせていた。
「ふふ、初心なものね、二人とも」
リュゼリアの微笑ましそうな言葉に、その場に、柔らかな空気が流れた。
しばらくの休息の後、一行は、月見亭へと戻ることにした。オーウェンは、事情を聞くと、すぐにリュゼリアのために、静かな部屋を用意してくれた。
「ゆっくり休んでくれ。何か必要なものがあれば、遠慮なく言ってくれよ」
「ありがとうございます……お世話になります」
リュゼリアは、深々と頭を下げた。オーウェンは、優しい目でその様子を見守っていた。
「にしても、大した娘だな。半年も囚われてたってのに、その気丈さ。……ゼクスの姉貴分ってのも、頷ける話だ」
オーウェンの呟きに、ゼクスは、少し誇らしげに頷いた。
「リサは、昔から、そういう人なんだ。俺が落ち込んでる時も、いつも、あんな風に、明るく支えてくれた」
「そう、なんですね」
シィナが、優しく微笑みながら言った。その視線の先には、ゼクスの、これまで見たことのない、柔らかな表情があった。
「シィナ、どうした?」
「いえ、ゼクスさんの、そういう顔、初めて見たなと思って」
「そ、そういう顔って、なんだよ」
少し慌てたように言うゼクスに、シィナは、くすくすと笑いながら答えた。
「大切な人のことを話す時の、優しい顔です」
その指摘に、ゼクスは、耳まで赤くしながら、視線を逸らした。その様子を、リュゼリアが、部屋の入り口から、興味深そうに見つめていた。
「あら、面白い組み合わせね」
「り、リサ! 見てたのか!」
「ふふ、丸見えよ」
からかうようなリュゼリアの言葉に、その場に、温かい笑いが広がった。
その夜、部屋に戻ったルートは、今日一日の出来事を振り返りながら、ベッドに横たわっていた。
「アシュル、なんだか、色々あった一日だったね」
「ああ。だが、良い結末を迎えられたことは、何よりだ」
アシュルは、静かに頷きながら、ルートの隣に腰を下ろした。
「リュゼリアという女性、なかなか肝の据わった人物のようだな。ゼクスが慕うのも、頷ける」
「うん、僕もそう思う」
ルートは、今日、初めて言葉を交わしたリュゼリアの姿を思い返した。凛としていて、それでいて、どこか優しさに満ちた雰囲気を持つ人だった。
「アシュル、リュゼリアさんが助かって、本当に良かった」
「そうだな。お前とカインの働きが、大きかった」
「ありがとう。……でも、リュゼリアさんが囚われてた時に見た、他の行方不明者たちのこと、忘れられないよ」
その言葉に、アシュルは、真剣な表情で頷いた。
「ああ。あの人々を救い出すことも、これからの、私たちの大切な使命の一つになるだろう」
「うん」
窓の外、二つの月が、静かに夜を照らしていた。今日という日に得たものの重さを噛み締めながら、ルートは、明日への活力を蓄えるように、静かに瞼を閉じた。
別の世界の人と近くなると新たな悩みが…




