第27話「決行の夜」
夜半過ぎ、月見亭を発ったルートたちは、闇に紛れながら、黒鉄商会の商館へと向かっていた。
「予定通り、今から二手に分かれる」
商館を見渡せる路地に身を潜めながら、アシュルが低い声で告げた。
「私とゼクスが、正面から突入し、警備を引きつける。その間に、ルートとシィナ、そしてカインで、裏手から侵入し、リュゼリアの捜索と救出にあたれ」
「了解した」
ゼクスが、緊張した面持ちで頷いた。漆黒の炎を纏う準備を整えながら、彼の瞳には、これまでにない強い決意が宿っていた。
「ルート様、シィナ様。私が先導いたします」
カインが、恭しく一礼しながら言った。人型の姿のまま、その黒い翼を静かに広げる。
「よし、行こう」
ルートの合図と共に、一行は、それぞれの持ち場へと動き出した。
アシュルとゼクスは、商館の正面へと堂々と歩み寄っていった。
「――止まれ! ここは、関係者以外、立ち入り禁止だ!」
警備の男が、鋭く声を上げる。アシュルは、その声に応えるように、静かに、しかし絶対的な威圧感を纏いながら告げた。
「確かに関係者ではないが…だが、今夜だけは、特別に入らせてもらう」
「なっ……」
その一言と共に、アシュルの体から、白銀の光が溢れ出した。警備の男たちが、慌てて武器を構える。
「排除対象、確認! 応戦せよ!」
複数の警備兵が、一斉に飛び出してくる。ゼクスが、漆黒の炎を纏わせながら、その中心へと躍り込んだ。
「派手にやるぜ!」
ゼクスの炎が、警備兵の一角を吹き飛ばす。だが、相手の数は、想定していたよりも多かった。
「思ったより、数が多いな……」
「怯むな。私たちの役目は、あくまで陽動だ。時間を稼げればいい」
アシュルが、冷静に告げながら、次々と迫る警備兵を、鮮やかな剣捌きで薙ぎ払っていく。その動きには、一切の無駄がなかった。
「アシュル、あんた、本当に規格外だな」
「褒め言葉として受け取っておこう」
軽口を交わしながらも、二人の連携は、着実に警備兵の数を減らしていった。だが、奥から、さらに増援と思しき足音が近づいてくる。
「――増援か。厄介だな」
アシュルが、わずかに眉をひそめた。
「アシュル、俺たちが、ここでどれだけ長く戦えるかが、ルートたちの成功に繋がる。限界までやるしかない!」
「ああ、望むところだ」
二人は、互いに背中を預け合うようにして、次々と押し寄せる敵を迎え撃った。
激しい戦闘の音が、夜の街に響き渡る中、ルートたちは、裏手からの侵入を試みていた。
「カイン、警備の様子は?」
「はい。裏口付近の警備は、二名。アシュルたちの陽動が功を奏しているようで、注意はすっかり正面に向いております。……ルート様、どうか私の後ろに。万が一にも、その美しいお体に傷一つでもつくことがあれば、私は己を許せません」
カインの報告に、ルートは頷いた。その熱の込もった言い方に、少し戸惑いながらも。
「あ、うん……気をつけるね」
「今のうちに、行こう」
三人は、影に紛れるようにして、裏口へと近づいた。カインが、静かに、しかし迅速に、警備の二人を無力化する。その動きには、一切の無駄がなかった。
「お見事です、って感じですね」
シィナが、小声で感心したように呟いた。カインは、恭しく一礼したが、その視線は、しっかりとルートに向けられていた。
「これしきのこと、ルート様のためであれば、造作もございません。……ああ、ルート様。あなた様がこうして私を頼りにしてくださること、この身にとって、これ以上の喜びはございません」
「あ、うん……」
少し引き気味に頷くルートに、カインは、うっとりとした表情を隠しもせずに続けた。
「叶うことなら、この先ずっと、あなた様のお側で、その一挙一動を見守っていたいものです」
「カイン、今は、任務中だからね……?」
「重々、承知しております」
その言いながらも、名残惜しそうにルートを見つめる視線は、変わらなかった。
「ルート様のためであれば、これしきのこと、造作もありません」
「うん、ありがとう、カイン」
「もったいないお言葉です……ルート様に感謝していただけるだけで、この身が震えるほどの喜びです」
カインは、恭しく頭を垂れたまま、その声を、うっとりと湿らせた。
「できることなら、この警備の者たち全員、ルート様のお手を煩わせる前に、私一人で片付けてしまいたかったくらいです」
「え、あ、うん……ありがとう」
その熱量に、ルートは少したじろぎながらも、曖昧に礼を言った。シィナが、隣で小さく苦笑している。
裏口の鍵をこじ開け、三人は、商館の内部へと足を踏み入れた。
中は、外観からは想像もつかないほど、無機質で冷たい空間だった。石造りの廊下が、奥へと続いている。ラーグから受け取った図面を頼りに、三人は、地下への入り口を目指した。
「この先に、地下への階段があるはずです」
シィナが、図面を確認しながら、先導する。廊下の突き当たり、重い鉄扉の奥に、地下へと続く階段が見えた。
「ここからは、さらに警戒が必要ですね」
「うん。カイン、先行して」
「承知いたしました」
カインが、慎重に階段を降りていく。地下へと近づくにつれ、空気が重く、湿った感覚に変わっていった。
地下の廊下には、いくつもの部屋が並んでいた。それぞれの扉には、鉄格子の小窓が付いており、中の様子を、わずかに窺うことができた。
「リュゼリアさん、どこに……」
ルートは、一つ一つの部屋を確認しながら、奥へと進んでいった。多くの部屋は空だったが、いくつかには、見知らぬ人々が、ぐったりとした様子で横たわっているのが見えた。
「これって……もしかして、他の行方不明者……」
シィナが、震える声で呟いた。ルートは、拳を握りしめながら、その光景を目に焼き付けた。
「カイン、この人たちも、後で必ず助け出したい。今、状態を確認できる?」
「畏まりました」
カインは、いくつかの部屋の小窓から、中の様子を注意深く観察した。
「幸いにも、命に別状はなさそうです。恐らく、何らかの魔法によって、深い眠りにつかされているものと思われます。今すぐに救出するには、こちらの戦力では、いささか心もとないかと」
「そう、だよね……。今は、リュゼリアさんの救出を優先しよう。でも、必ず、みんなも助け出す」
ルートの決意に、シィナも静かに頷いた。
「私も、同じ気持ちです。この施設のこと、必ず、ギルドや信頼できる人たちに伝えて、正式な救出作戦を組んでもらいましょう」
「うん、そうだね」
(絶対に、みんな助け出す)
その決意を新たにしながら、さらに奥へと進むと、一際頑丈な造りの扉が見えてきた。
「ここ、他とは違う警備の厳重さですね」
カインが、扉を注意深く観察しながら言った。
「魔力を用いた特殊な錠前が使われているようです。ですが――」
カインは、扉に手をかざし、静かに力を込めた。
「私の力であれば、これしきのこと、造作もありません」
カインの手から漆黒の力が放たれ、錠前が音を立てて崩れ落ちる。扉が、ゆっくりと開いた。
その先に広がっていたのは、他の部屋よりもさらに厳重な、実験室のような空間だった。中央には、大きな魔法陣が刻まれた台座があり、その上に――鎖に繋がれた、一人の女性が横たわっていた。
灰褐色の肌、ブルーシルバーの髪。意識を失っているのか、目を閉じたまま、微動だにしない。
「リュゼリアさん……!」
ゼクスから見せてもらった似顔絵の姿と、間違いなく一致していた。ルートは、駆け寄りながら、彼女の状態を確認した。
「息はある……! 良かった……」
「すぐに、鎖を外しましょう」
シィナが、慎重に鎖の構造を確認しながら言った。魔力を封じるための特殊な鎖のようで、簡単には外れそうになかった。
「カイン、この鎖、外せる?」
「お任せください」
カインが、鎖に手をかざし、慎重に力を注ぎ込んでいく。しばらくすると、鎖が音を立てて緩み、リュゼリアの体が、自由になった。
「リュゼリアさん、聞こえますか?」
ルートが呼びかけると、リュゼリアの瞼が、微かに震えた。
「……ゼクス……?」
かすれた声で、彼女は、そう呟いた。
「ゼクスは、正面で戦ってます。もうすぐ、会えますから」
ルートの言葉に、リュゼリアは、うっすらと目を開けた。焦点の合わない瞳が、ゆっくりとルートを捉える。
「あなたは……」
「僕は、ルートといいます。ゼクスの仲間です。今、助けに来ました」
その言葉に、リュゼリアの目に、わずかな光が戻った。
「ゼクスの……仲間……」
「はい。一緒に、ここを出ましょう」
ルートが手を差し伸べると、リュゼリアは、震える手で、それを掴んだ。
「ありがとう……本当に、ありがとう……」
その声には、深い安堵と、まだ拭いきれない疲労が滲んでいた。ゆっくりと体を起こそうとするが、長い監禁生活で衰弱していたのか、足元がふらついた。
「無理しないでください、リュゼリアさん」
シィナが、慌てて彼女の体を支えた。
「すみません……情けない姿を」
「情けなくなんてありません。よく、耐えてくださいました」
シィナの優しい言葉に、リュゼリアは、小さく涙をこぼした。
「私……ゼクスに、大事なこと、何も話せなくて……ずっと、後悔していました」
「それは、ゼクスに直接、伝えてあげてください。彼、ずっとあなたのことを心配してました」
ルートの言葉に、リュゼリアは、静かに頷いた。
「今、正面では、ゼクスとアシュルが、戦ってくれてます。急いで、合流しましょう」
シィナの言葉に、一同は頷き、リュゼリアを支えながら、来た道を戻り始めた。
だが、地下の廊下を進む途中、前方から、複数の足音が近づいてくるのが聞こえた。
「――侵入者、発見」
フードを被った運営スタッフたちが、行く手を塞ぐように現れた。その数は、五人。皆、統率の取れた動きで、瞬く間に退路を塞ぐように展開していく。
「くっ……」
ルートは、リュゼリアを庇うように前に出た。
「後ろに下がっていてください、リュゼリアさん」
「でも、あなたたちだけじゃ……」
「大丈夫です。任せてください」
その言葉に、リュゼリアは、驚いたようにルートを見つめた。まだ幼さの残るその顔立ちに、確かな覚悟が宿っているのを、彼女は見て取った。
「ルート様、私がお守りいたします」
カインが、静かに前へと進み出た。その黒い翼が、威嚇するように大きく広がる。
「排除対象、確認。速やかに、投降せよ」
運営スタッフの一人が、感情のこもらない声で告げた。
「ここを通してもらう」
その宣言と共に、ルートの体に、淡い光が灯り始めた。特訓で培った力の流れが、体の奥から、静かに、しかし確かに湧き上がってくる。
「――行くよ、カイン」
「御意。ルート様のお望みとあらば、この身、いかようにも」
その声には、忠誠を超えた、熱に浮かされたような響きがあった。
二人は、示し合わせたように、同時に前へと踏み込んだ。カインの漆黒の力と、ルートの淡い光が、交差するように、運営スタッフたちへと向かっていく。
「くっ……この力……!」
運営スタッフの一人が、驚愕の声を上げる。ルートの一撃が、相手の武器を弾き飛ばし、その隙を、カインの追撃が的確に突いた。
「シィナ、リュゼリアさんを頼む!」
「はい、任せてください!」
シィナが、リュゼリアを庇いながら、後方から援護の魔法を放つ。三人の連携が、次第に、運営スタッフたちを追い詰めていった。
「くそ……こんな、若造どもに……!」
劣勢を悟った運営スタッフたちが、後退の構えを見せ始める。
「待て!」
ルートが叫ぶが、彼らは、光の粒子となって、その場から姿を消していった。
辺りに、静寂が戻る。ルートは、大きく息を吐きながら、リュゼリアを振り返った。
「大丈夫ですか、リュゼリアさん」
「ええ……あなたたちのおかげで」
リュゼリアは、まだ信じられないという様子で、ルートとカインを見つめていた。
「あなたたち、規格外なのですね……」
その呟きに、ルートは、少し照れたように笑った。
「みんなのおかげです。さあ、早くゼクスたちと合流しましょう」
三人は、リュゼリアを支えながら、正面へと急いだ。廊下の向こうから、まだ激しい戦闘の音が聞こえてくる。
「間に合うといいけど……」
ルートの呟きに、カインが、静かに答えた。
「ご安心ください。アシュルもゼクスも、そう容易く後れを取るお方々ではありません」
その言葉を信じるように、ルートは、足を速めた。
カイン…私の好きな感じにしていくつもり…




