第24話「鉱山都市イグナイト」
街を発って数日、ルートたちはようやく、鉱山都市イグナイトへと辿り着いた。
街全体が山の斜面に沿って広がり、あちこちから立ち上る煙と、絶え間なく響く金属音が、この街が鍛冶と採掘で栄えていることを物語っていた。
「思ったより、大きい街だね」
ルートが見上げると、ゼクスが緊張した面持ちで頷いた。
「ああ。リサが最後にいたのも、この街のはずだ」
その声には、これまでにない硬さがあった。ルートは、彼の緊張を和らげるように、そっと肩に手を置いた。
「大丈夫。手がかり、絶対に見つかるよ」
「……ああ」
街の入り口をくぐると、槌を打つ音と、炉の熱気が肌を刺すように伝わってきた。大通りには、鍛冶道具を扱う店や、素材を売る露店が所狭しと並び、様々な種族の職人たちが忙しなく行き交っている。
「すごい活気ですね」
シィナが、物珍しそうに周囲を見渡しながら言った。
「イグナイトは、大陸でも屈指の鍛冶の街だ。良い武具を求める冒険者たちも、大勢集まってくる」
アシュルが、街の様子を眺めながら補足した。ルートは、その賑わいの中に、どこかリュゼリアの痕跡が残っているのではないかと、目を凝らした。
一行は、まず鍛冶職人たちの間で情報を集めることにした。ドワーフの職人ガルドに紹介状を書いてもらっていたおかげで、比較的スムーズに、街の鍛冶師組合へと足を運ぶことができた。
組合の建物は、鉄と煤の匂いが染みついた、重厚な石造りだった。中に入ると、幾人もの職人たちが、忙しなく資材を運んだり、依頼票を確認したりしている。
「リサ、という名の鍛冶師を探している?」
組合の受付にいた、白髭のドワーフが、怪訝そうに眉をひそめた。
「はい。魔族の女性で、腕のいい鍛冶師だったと聞いています」
ゼクスが、写し取った似顔絵を差し出す。それを見た受付のドワーフは、少し驚いたように目を見開いた。
「ああ……『銀月の鍛冶師』のことか」
「銀月の鍛冶師?」
「半年ほど前まで、この街で名を馳せていた鍛冶師だ。魔力を込めた武具作りにかけちゃ、右に出る者はいなかった。俺たちドワーフでさえ、舌を巻くほどの腕前だったよ。だが……」
「だが?」
「ある日を境に、忽然と姿を消した。工房もそのままに、何の前触れもなくな」
その言葉に、ゼクスの表情が強張った。
「何か、手がかりは……」
「さあな。俺たちも、随分と心配したんだが……。ギルドにも捜索を頼んだが、結局、これといった成果は得られなかった。ただ」
ドワーフは、声を潜めた。
「消える少し前、彼女、妙な連中に絡まれてるところを見た奴がいる。フードを被った、素性の知れない連中だったらしい。何度か、工房の周りをうろついていた、という話も聞いたことがある」
「運営の関係者、かもしれませんね」
シィナが、静かに呟いた。ルートたちは、思わず顔を見合わせた。
「他に、何か気になることはありませんでしたか? どんな些細なことでも」
ルートが尋ねると、ドワーフは、しばらく記憶を辿るように腕を組んだ。
「……そういえば、消える直前、彼女、随分と思い詰めた顔をしてたな。いつもは、姉御肌で、俺たち職人にも気さくに声をかけてくれる女だったんだが、あの頃だけは、何かに怯えてるような、そんな様子だった」
その証言に、ゼクスの拳が、無意識に握りしめられていた。
その後、一行はリサの工房があったという場所へと向かった。街の外れにひっそりと佇む工房は、長らく使われていない様子で、埃をかぶっていた。
「ここが、リサの……」
ゼクスは、扉に手をかけると、静かに中へと足を踏み入れた。工房の中には、使いかけの武具や道具が、そのままの状態で残されていた。
「まるで、突然、いなくなったみたいだ」
ルートが呟くと、アシュルが工房の奥へと歩みを進めた。
「――何かあるな」
アシュルが指し示したのは、奥の壁に飾られた、一枚の紋章だった。銀の月と、繊細な羽の意匠が組み合わされた、美しい紋様。
「これは……」
「見覚えがある。これは、確か――」
アシュルの表情が、驚きに変わった。
「妖精王の加護を示す紋章だ」
「妖精王……?」
「この世界における、妖精族の頂点に立つ存在だ。滅多なことでは、人前に姿を見せない」
アシュルの説明に、ゼクスが困惑した表情を浮かべた。
「待ってくれ。なんで、リサの工房に、そんなものが……」
「分からん。だが、これが、彼女の失踪と関係している可能性は高い」
その時、工房の隅、棚の陰に隠されるように置かれていた、小さな箱にルートは気づいた。
「これ、何だろう」
箱を開けると、中には、古びた一枚の手紙と、小さな指輪が入っていた。手紙には、流麗な文字で、こう記されていた。
『ゼクスへ…もし、この手紙を見つけたのなら、私の秘密は、もう隠しきれなくなったということでしょう。私の本当の名は、リュゼリア。魔族の王家に生まれながら、争いを望まぬ心から、身分を捨て、この街で鍛冶師として生きてきました』
「王家……姫、ってことか……!?」
ゼクスが、愕然とした声を上げた。手紙は、さらに続いていた。
『そして、幼い頃、王家で暮らしていたある日、妖精王様に見初められ、「愛し子」として深く可愛がっていただくようになりました。妖精王様のお気に入りとなったことで、私は妖精と契約を交わしたのと同じとみなされ、特別な力を授かることになったのです。この力のことは、誰にも――ゼクス、あなたにさえも、話せずにいました。もし、この力の存在が、良からぬ者たちに知られてしまったら――』
手紙は、そこで文章が乱れ、途切れていた。まるで、書いている途中で、何かに中断させられたかのように。
「リサ……リュゼリア……」
ゼクスは、手紙を握りしめたまま、言葉を失っていた。
「ゼクス……」
ルートが声をかけると、ゼクスは、震える声で呟いた。
「あいつ、そんな大事なこと、一人で抱え込んでたのかよ……」
その声には、怒りにも似た、深い悲しみが滲んでいた。アシュルが、静かに口を開いた。
「恐らく、彼女の力――妖精王との契約による特殊な力が、運営に知られてしまったのだろう。それが、彼女が捕らえられた理由だ」
「捕らえられたって、確定なのか……?」
「状況から見て、その可能性が最も高い。彼女の力は、恐らく運営にとって、非常に価値のある『実験材料』に映っただろうからな」
その推測に、ゼクスの拳が、強く握りしめられた。
「絶対に、助け出す」
「うん。一緒に、必ず見つけよう」
ルートの言葉に、ゼクスは、深く頷いた。だが、その表情には、まだ拭いきれない動揺が残っていた。彼は、手にした手紙を、もう一度、大切そうに握りしめた。
「なあ、ルート。俺は、リサのことを、何でも知ってるつもりだった。恩人で、姉貴分で……家族みたいなもんだと思ってた」
「うん」
「なのに、こんな大事なこと、一言も聞かされてなかった。……俺、リサにとって、そこまで頼りない存在だったのかな」
その弱々しい呟きに、ルートは、静かに首を振った。
「違うと思うよ。多分、リュゼリアさんは、ゼクスを巻き込みたくなかったんだと思う。大事な人だからこそ、危険から遠ざけたかったんじゃないかな」
「それは……」
「僕にも分かるよ、その気持ち。誰かを大事に思うほど、自分の重荷を背負わせたくないって思う瞬間、あるから」
ルートの言葉に、ゼクスは、しばらく黙り込んでいた。それから、小さく息を吐き、まっすぐにルートを見つめた。
「……ありがとな。ちょっと、頭が冷えた」
「うん」
「だからこそ、今度は、俺がリサを助ける番だ。一人で抱え込ませたりしない」
その決意に満ちた言葉に、シィナとアシュルも、静かに頷いた。
工房をさらに調べていくと、奥の作業台の下から、もう一つ、重要な手がかりが見つかった。それは、鍛冶に使う特殊な素材のリストと、取引先の記録だった。
「これ、最近の取引記録みたいですね」
シィナが、埃を払いながら記録を確認する。そこには、見慣れない名前の商会が、複数記されていた。
「『黒鉄商会』……聞いたことのない名前だな」
ゼクスが、首を傾げながら呟いた。アシュルが、その記録を覗き込む。
「この商会、恐らく表向きの顔だろう。運営が、物資調達のために使っている可能性がある」
「じゃあ、この商会を辿れば、リュゼリアさんの手がかりに……」
「かもしれない。だが、慎重に動く必要がある。相手に、こちらの動きを気取られるわけにはいかない」
アシュルの忠告に、一同は頷いた。
工房を出た一行は、これからの調査方針について話し合った。手にした「黒鉄商会」という手がかりを軸に、この街のどこかにあるはずの、運営の拠点を探ることにした。
「まずは、この商会について、街の人たちに聞き込みをしてみよう。表向きは、何をしている商会なのか、それだけでも分かれば、動きやすくなる」
「私も、協力します。商人の方々になら、話を聞きやすいかもしれません」
シィナの提案に、ルートは頷いた。
「僕とアシュルは、街の外れを見て回ろうと思う。もし拠点があるなら、人目につきにくい場所にあるはずだから」
「俺は、鍛冶師仲間に、もう少し話を聞いてみる。リサのことを知ってる奴が、まだ他にもいるかもしれない」
それぞれの役割を決め、一行は、夕暮れの街へと散っていった。
ルートとアシュルは、街の外れ――採掘場の近くにある、寂れた倉庫街を歩いていた。人通りも少なく、どこか不穏な空気が漂っている。
「アシュル、こういう場所に、拠点があったりするのかな」
「可能性はある。人目を避けたい者にとって、格好の隠れ蓑になる場所だ」
二人は、慎重に周囲を観察しながら、倉庫の合間を進んでいった。ふと、一つの倉庫の前で、アシュルの足が止まった。
「――ここ、微かに、魔力の残滓を感じる」
「本当に?」
「ああ。この扉の奥、何かがあったのは間違いなさそうだ。だが、既に何かが移動させられた後のようだな」
ルートは、扉に手をかけようとしたが、アシュルがそれを制した。
「今は、まだ踏み込むな。まずは、情報を集め、確実な手を打つべきだ。焦って踏み込めば、リュゼリア自身を危険に晒すことにもなりかねない」
「……そうだね。分かった」
ルートは、逸る気持ちを抑えながら、頷いた。
夕暮れ時のイグナイトの街並みを見つめながら、ルートは、静かな決意を新たにしていた。
(リュゼリアさん、必ず助け出す。ゼクスの、大切な人だから)
鍛冶の音が響く街に、これから始まる救出劇の予感が、静かに満ちていた。
私、ハーレム設定は作りたくなかったんですよね…
だって…ハーレムって確かに憧れるし皆に愛されてちやほやされるのって嬉しいけどさ…
私は一人の大切な人を大切にしたいし、その人からも同じように大切にされたい。
それが望みだもん。私は沢山の人愛すけどあなたは私だけを愛してねって違う気がする。




