第23話「白銀の記憶」
それから数日後の夜、訓練を終えたルートたちは、月見亭の裏庭で焚き火を囲んでいた。オーウェンが気を利かせて用意してくれた温かいスープを手に、四人はそれぞれの椅子に腰掛けている。
「――そろそろ、話そうと思う」
静寂を破るように、アシュルが口を開いた。その声には、これまでにない緊張が滲んでいた。
「私の、過去のことだ」
ルートたちは、姿勢を正し、静かにアシュルの言葉を待った。
「遥か昔――今のこの世界の姿とは、まるで違う時代の話だ。私は、この世界の『均衡』を司る存在として、幾つかの同胞と共に生まれた」
「均衡を司るって……?」
「この世界の魔力の流れ、生命の巡り、季節の移ろい。そういったものが、乱れることなく循環するよう、見守る役目だ。私たち一柱一柱が、それぞれの領域を司っていた」
「アシュルは、何を司ってたの?」
「――絆、だ」
その答えに、ルートは思わず息を呑んだ。
「絆というのは、単なる感情のことではない。この世界に生きる者たちが、互いを想い、支え合う力そのものを指す。私は、その力の流れを、司る存在だった」
アシュルは、焚き火の炎を見つめながら、静かに続けた。
「だが、ある時、大きな戦乱がこの世界を襲った。異なる種族間の争い、人間と魔族の対立――今よりもずっと激しい、憎しみに満ちた時代だ」
その言葉に、ゼクスが小さく身じろぎした。魔族である彼にとって、その歴史は、決して他人事ではないのだろう。
「私は、その戦乱を鎮めようと、力を尽くした。だが、絆を司る力は、時に諸刃の剣にもなる。強すぎる想いは、時として、憎しみさえも増幅させてしまう」
「それって……」
「私が守ろうとした、ある一組の主従――人間の少女と、彼女が契約した召喚獣がいた。二人の絆は深く、強かった」
アシュルは、目を閉じ、遠い記憶をたどるように、静かに語り始めた。
「少女の名は、リエナといった。生まれつき体が弱く、村では厄介者として扱われていた。だが、彼女が召喚した相棒――小さな狼の姿をした獣は、誰よりもリエナを大切にし、その弱さごと受け入れていた」
「リエナ、さん……」
シィナが、静かにその名を繰り返した。
「二人は、まるで本当の家族のように支え合っていた。リエナが病で倒れれば、狼の獣が寝ずの番をし、獣が傷を負えば、リエナが涙を流しながら手当てをする。……その光景を、私は、幾度となく見守っていた」
アシュルの声には、懐かしさと、同時に、深い痛みが滲んでいた。
「だが、戦乱の時代において、人と魔物の強すぎる絆は、時に『異常』と見做された。リエナと彼女の獣は、周囲から『呪われた契約』と呼ばれ、迫害の対象になっていった」
「そんな……何も悪いことなんて、してないのに」
ルートが、思わず声を上げた。アシュルは、静かに頷いた。
「そうだ。だが、恐怖と憎しみは、時に理屈を超える。ある日、村人たちが、二人を『浄化』すると称して、襲撃を仕掛けた」
「アシュルは、その時……」
「私は、二人を守ろうと、力を尽くした。だが、絆を司る私の力は、争いを止める力ではなかった。むしろ、リエナと獣の強い想いに呼応し、周囲の憎悪をさらに増幅させてしまう結果になった」
アシュルの拳が、わずかに震えていた。
「最終的に、リエナは、獣を守ろうとして、村人たちの凶刃に倒れた。獣は、リエナを失った絶望の中、力を暴走させ、自らもろとも消滅した。……私は、ただ、それを見ていることしかできなかった」
その告白に、焚き火を囲む全員が、言葉を失った。
「少女は、その戦乱の中で命を落とした。私は、それを止めることができなかった。自らの力の在り方に絶望し、二度と同じ過ちを犯さぬよう、自らを封印することを選んだ」
その告白に、その場にいた全員が、言葉を失った。
「それから、どれほどの時が流れたのか、私自身、正確には分からない。ただ、長い、長い眠りの中で、私は、絆というものへの恐れを抱き続けていた」
「アシュル……」
「だから、お前と契約した最初、私は、あくまで打算的に振る舞おうとした。深く関わらなければ、また同じ過ちを、繰り返さずに済むと思っていたから」
アシュルは、静かにルートを見つめた。その紫の瞳には、これまで見たことのない、脆さと強さが同居していた。
「だが――お前と過ごすうちに、私は気づいた。絆を恐れて何も持たないことは、生きていないのと同じだ、と」
「アシュル……」
「今日、お前が引き出した力の輝きは、あの少女と、彼女の召喚獣が持っていた絆の力に、よく似ていた。それを見た時、私は、忘れていたはずの痛みと、同時に、確かな希望を感じた」
その言葉に、ルートは胸が締め付けられる思いだった。
「アシュル、それって、僕らも、その少女たちみたいに……」
「同じ道を辿るかもしれない、という不安は、正直、消えていない」
アシュルは、正直に答えた。
「だが」
アシュルは、ルートの手を、そっと握った。
「今度は、違う結末を選びたいと思う。お前と共に、この世界を守り、絆というものの力を、正しい形で示したい」
その決意に満ちた言葉に、ルートは、強く手を握り返した。
「うん。僕も、アシュルと一緒に、その道を歩みたい」
二人の様子を見守っていたゼクスとシィナも、静かに頷いた。
「アシュル、話してくれて、ありがとう」
シィナが、優しく微笑みながら言った。
「重い過去を、一人で抱え込む必要はないんです。私たちも、一緒に背負いますから」
「そうだぜ。俺たちは、もう仲間だろ」
ゼクスの言葉に、アシュルは、これまで見せたことのない、柔らかな笑みを浮かべた。
「……ありがとう。お前たちに出会えたこと、私は、心から感謝している」
しばらくの沈黙の後、ふと、ルートの中に、一つの疑問が浮かんだ。
「アシュル、一つ聞いてもいい?」
「なんだ」
「アシュルは、『柱』っていう、この世界の均衡を司るような、特別な存在だったんだよね。それなのに、どうして僕の召喚に応じて、『召喚獣』として契約できたの? 本来なら、柱を契約するなんて、できないことなんじゃ……」
その問いに、アシュルは、少し考えるように視線を落とした。
「良い質問だ。……その答えは、私が自らを封印したことに、深く関わっている」
「封印したことと?」
「柱としての力は、本来、契約という枠組みに収まるものではない。だが、私は、リエナと召喚獣の死の後、自らの力の大部分を封じ、その存在の格を、意図的に引き下げた」
「格を、引き下げた……?」
「柱としての力を持ち続ける限り、私は、また同じ悲劇を、より大きな規模で引き起こしかねないと恐れた。だから、自らを、単なる一体の獣に近い存在にまで押し込め、深い眠りについたのだ」
アシュルは、静かに続けた。
「長い年月をかけて、その封印は、私の存在の『格』を、限りなく希薄なものにした。恐らく、この世界の召喚システムは、そんな私を、本来の柱としてではなく、格の低い、契約可能な一体の獣として認識してしまったのだろう」
「じゃあ、僕が契約できたのは……」
「お前の召喚が、たまたま、封印の緩んだ隙間に触れた結果だ。本来、柱を契約するなど、あり得るはずのないことだった。だからこそ、システムは、私を『異物』として弾こうとしたのだろうな」
その説明に、ルートは、これまでの出来事が、一本の線で繋がっていく感覚を覚えた。
「私自身、目覚めた直後は、自分がなぜ『契約』などという形で呼び出されたのか、理解できていなかった。だが、お前と過ごすうちに、次第に、思い出していったのだ」
「アシュル……」
「皮肉なものだ。柱としての力を恐れ、封印を選んだはずの私が、契約という、最も柱らしくない形で、再びこの世界に呼び戻された。……だが、今となっては、それも悪くなかったと思っている」
アシュルは、ルートを見つめながら、静かに微笑んだ。
「お前と出会えたのは、その皮肉な巡り合わせのおかげだ、と」
その言葉に、ルートも、温かい気持ちで頷いた。
焚き火の炎が、静かに揺れていた。それぞれの想いが、確かな絆として、その場に結ばれていくのを、誰もが感じていた。
「アシュル」
「なんだ」
「これから先、僕は、絶対にアシュルを失望させない。誓うよ」
その真っ直ぐな言葉に、アシュルは、目を細めながら、静かに頷いた。
「私も、誓おう。何があろうと、お前を、この命に代えても守り抜くと」
その言葉には、もはや、打算の欠片も残っていなかった。ただ、純粋な想いだけが、そこにあった。
夜は更け、焚き火はゆっくりと燃え尽きていく。だが、そこに集った3人――いや、アシュルを含めた4人の絆は、これから始まる長い旅路の中で、さらに強く、確かなものへと育っていくのだろう。
窓の外、二つの月が、静かにその夜を照らしていた。
章がよくわからなくてずっと続けて作ってが…ごめんなさい




