第22話「疼く記憶」
特訓を始めてから一週間が経った頃、ルートの動きは、見違えるほど洗練されていた。
「今日は、これまでとは違う訓練をする」
朝の訓練場で、アシュルがそう切り出した。
「違うって、また実戦形式?」
「いや。今日は、お前の中に眠る力を、意図的に、より深く引き出す」
その言葉に、ルートは緊張を覚えた。
「この前みたいに、アシュルの力を借りて?」
「いや、今回は違う。私の助けなしで、お前自身の意志だけで、力を引き出せるかを試す」
「大丈夫かな、僕にできるかな」
「できる。この一週間、お前が積み重ねてきたものを、私は見てきた」
その確信に満ちた言葉に、ルートは背中を押されるように頷いた。
「じゃあ、やってみる」
ルートは、訓練場の中央に立ち、目を閉じた。深く息を吸い込み、体の奥にある熱を、静かに感じ取っていく。以前は不安定に暴れていたその感覚が、今は、少しずつ制御できる兆しを見せていた。
「その調子だ。焦らず、少しずつ、その熱を体全体に巡らせろ」
アシュルの声に導かれながら、ルートは意識を集中させた。胸の奥の熱が、少しずつ、体の隅々まで広がっていく感覚があった。
「これ……なんか、いつもと違う……」
「その調子だ。もう少しだ」
ルートは、さらに深く意識を沈めていった。すると、これまで感じたことのない、強い力の奔流が、全身を駆け巡り始めた。
「うわっ……!」
思わず声を上げるルートの体が、淡い光に包まれる。その光は、次第に強さを増し、訓練場全体を明るく照らし出した。
「これが……」
アシュルが、驚いたように目を見開いた。ルートの纏う光の質――それは、これまで見てきたどんな力とも異なる、独特の輝きを放っていた。
(この感覚……)
アシュルの脳裏に、遠い記憶の断片が、不意によぎった。それは、遥か昔、まだこの世界が今とは違う姿をしていた頃の記憶。同じような輝きを放つ力を持った、誰かの姿。
「アシュル……?」
光が収まり、我に返ったルートが、心配そうにアシュルを見つめた。
「アシュル、大丈夫? なんか、様子が変だったけど」
「――ああ、すまない。少し、昔のことを思い出しただけだ」
「昔のこと?」
その問いに、アシュルは、しばらく逡巡するように黙り込んだ。
「今のお前が纏っていた力の質……あれと、よく似た輝きを、私はかつて、知っていた」
「それって……」
「今は、まだ話せる段階ではない。だが――」
アシュルは、真剣な眼差しでルートを見つめた。
「お前の中にある力の正体、そして私自身の過去、その両方が、恐らく深く関わっている。時が来れば、必ず話す」
その言葉に、ルートは静かに頷いた。
「うん。アシュルが話したいと思った時で、いいよ。無理に聞き出したいわけじゃないから」
その気遣いに、アシュルは小さく息を吐いた。
「……お前は、本当に、甘い奴だな」
「よく言われる」
「三回目だぞ、それ」
軽口を交わしながらも、アシュルの表情には、まだどこか、複雑な陰りが残っていた。
ちょうどその頃、訓練場の入り口から、ゼクスとシィナが顔を出した。
「おーい、ルート、そろそろ昼飯に……って、なんだこの空気」
二人は、訓練場に漂う、どこか張り詰めた雰囲気を察したのか、揃って足を止めた。
「何かあったんですか?」
シィナが心配そうに尋ねると、ルートは少し考えてから、正直に答えた。
「うん、実は、さっき新しい力を引き出せて……その時、アシュルが、何か思い出したみたいで」
「思い出した?」
ゼクスが眉をひそめる。アシュルは、静かに首を振った。
「まだ、確かなことは言えん。だが、ルートの力の質に、見覚えがあるような気がしただけだ」
「見覚えって、アシュルの過去に関係してるってことか?」
ゼクスの率直な問いに、アシュルは一瞬、返答に詰まった。
「……恐らくは」
「なら、話してくれてもいいんじゃないか。俺たちは、もう仲間だろ」
ゼクスの言葉に、シィナも静かに頷いた。
「私も、アシュルさんのことを、もっと知りたいです。皆で、支え合っていきたいので」
その真っ直ぐな言葉に、アシュルは驚いたように、二人の顔を見比べた。
「お前たち……」
「無理にとは言わないよ」
ルートが、そっと言葉を添えた。
「でも、アシュルが一人で抱え込む必要はないってこと、知っておいてほしいんだ。僕たちは、アシュルの味方だから」
その言葉に、アシュルはしばらく沈黙していた。訓練場に吹く風が、彼女の白銀の髪を静かに揺らす。
「……分かった」
やがて、アシュルは小さく頷いた。
「今すぐには、まだ整理がついていない。だが、遠くない日に、私の過去について、お前たちに話そうと思う」
その決意に、ルートたちは静かに頷いた。
「うん。待ってるよ、アシュルの言葉」
その後、四人は連れ立って昼食をとることにした。訓練場を出て、街の食堂へと向かう道中、ゼクスがふと口を開いた。
「にしても、ルート、今日はすごい力だったらしいな。俺も見たかったぜ」
「見せられるようなもんじゃなかったよ。ただ、力が溢れて、制御が追いつかない感じで」
「贅沢な悩みだな、それ」
ゼクスの軽口に、ルートは苦笑した。シィナも、興味深そうに尋ねる。
「今度、私たちがいる時に見せてもらえますか? 皆さんの連携を高めるためにも、力の性質を知っておきたいので」
「うん、機会があれば」
他愛のない会話を交わしながら、四人は賑やかな街並みを歩いていった。その様子を、少し離れた場所から、アシュルが静かに見つめていた。
(この者たちは……)
誰かに心を開くことなど、長い年月、忘れていたはずだった。だが、ルートやその仲間たちと過ごす時間の中で、アシュルの中の何かが、確実に変わり始めていた。
昼食を終えた後、ルートたちは再び訓練場に戻った。午後の特訓は、午前中よりも幾分か穏やかな内容になったが、それでも、着実にルートの技術と力は磨かれていった。
「大丈夫か」
「うん……ちょっと、力を使いすぎたみたい」
「無理もない。今日、お前が引き出した力は、これまでとは比較にならないほど大きなものだった」
アシュルは、ルートの隣に腰を下ろしながら、静かに続けた。
「正直に言えば、驚いている。まさか、これほど早く、その領域に辿り着くとは思っていなかった」
「それって、いいことなの?」
「ああ。だが、同時に――」
アシュルは、言葉を選ぶように、一度言葉を切った。
「お前の力が育つほど、この世界に及ぼす影響も、大きくなっていくだろう。良くも悪くも、な」
その言葉の重みに、ルートは少し考え込んだ。
「それでも、僕は、この力を使って、みんなを守りたい」
その決意に満ちた言葉に、アシュルは静かに微笑んだ。
「その気持ちを、忘れるな。それが、お前を、正しい方向へ導く道標になるはずだ」
夕暮れの訓練場に、二人の影が長く伸びていた。ルートは、疲労の中にも、確かな手応えを感じながら、静かに目を閉じた。
――アシュルの脳裏には、まだ、あの遠い記憶の断片が、消えずに残っていた。いつか、その全てを、ルートに話す日が来るのだろう。だが、それは、もう少しだけ先のことになりそうだった。
自分の過去を話す事は勇気がいる…
でも…知らなくていい過去もあるよ…




