第20話「実験場ではない」
変異魔物の群れが、次々と魔法陣の周囲に召喚されていく。その数は、先ほど倒した個体よりもさらに多く、しかもどれもが、体表を黒く朽ちさせた不気味な姿をしていた。
「数が多いな……」
ゼクスが、油断なく身構えながら呟いた。
「ひるむな。一体ずつ確実に対処すればいい」
アシュルの声には、これまでにない鋭さがあった。彼女もまた、目の前の運営スタッフたちの振る舞いに、静かな怒りを燃やしているようだった。
「――排除対象、確認。制圧を開始する」
運営スタッフの一人がそう告げると、変異魔物の群れが一斉に襲いかかってきた。
「シィナ、後方支援を頼む!」
「はい! 皆さんを援護します!」
シィナが杖を構え、詠唱を紡ぐ。
「風よ、我らを守れ――『プロテクションウィンド』!」
一行の周囲に、薄い風の膜が張られる。魔物の爪や牙による直接攻撃を、わずかにでも和らげるための守りだった。
「ゼクス、右側は任せた!」
「言われなくても!」
ゼクスが漆黒の炎を纏わせ、右手から迫る魔物の群れへと躍り込んだ。炎の刃が魔物の体を切り裂くたび、黒い霧が飛び散るが、ゼクスはそれを避けながら、的確に攻撃を重ねていく。
「くそ、キリがねえ……!」
次々と湧いてくる魔物に、ゼクスの息が徐々に上がっていく。ルートは、その様子を横目に見ながら、アシュルと共に別方向の魔物へと立ち向かっていた。
「アシュル、このままじゃジリ貧だ。何か手はないの?」
「――ある。だが、お前にはまだ早いと思っていた」
「早いって、今そんなこと言ってる場合じゃ……!」
「聞け」
アシュルの声が、静かに、しかし強く響いた。
「お前の中に眠る力、その一端を、今ここで引き出す。危険は伴うが、この状況を打開するには、それしかない」
「アシュルがやるって言うなら、僕は信じる」
迷いのない即答に、アシュルは一瞬、驚いたように目を見開いた。それから、覚悟を決めたように頷く。
「――いいだろう。ルート、私の手を握れ」
差し出されたアシュルの手を、ルートはためらいなく握りしめた。その瞬間、全身に、これまで感じたことのない力の奔流が駆け巡った。
「な……これ……!?」
「意識を保て。呑まれるな。これは、お前自身の力だ」
アシュルの声に導かれるように、ルートは体の奥底から湧き上がる感覚を、必死に制御しようとした。視界が一瞬白く染まり、次の瞬間、握りしめていた短剣が、淡い光を纏っているのが見えた。
「これが、僕の……」
「行けるか?」
「うん――やってみる」
ルートは、力の流れに身を任せるように、目の前の魔物へと踏み込んだ。振るった一撃は、これまでとは比較にならないほどの威力を伴い、変異魔物の体を一刀のもとに両断した。
「な……!?」
周囲で戦っていた運営スタッフたちが、驚愕の表情を浮かべる。ルートは、その勢いのまま、次々と魔物を切り伏せていった。
「これが、規格外個体の、真の力か……」
運営スタッフの一人が、動揺した声で呟いた。
「シィナ、ゼクス、まとめて片付けるよ!」
「了解です!」
「上等だ!」
三人と一体の連携が、これまでにない噛み合いを見せ始めた。シィナの風が魔物の動きを制し、ゼクスの炎が数を減らし、ルートとアシュルの合わせ技が、確実にとどめを刺していく。
やがて、変異魔物の群れは、そのほとんどが討伐された。残った運営スタッフたちは、明らかな戦力差を悟ったのか、後退の姿勢を見せ始める。
「――撤退する。この戦力差では、これ以上の交戦は不利と判断」
「待て!」
ルートが叫ぶが、運営スタッフたちは、光の粒子となって、その場から姿を消していった。
戦闘の余韻の中、ルートは大きく息を吐きながら、地面に膝をついた。全身にどっと疲労が押し寄せてくる。
「ルート、大丈夫か!?」
ゼクスが慌てて駆け寄る。
「うん……大丈夫。ちょっと、力を使いすぎただけ」
「無理はするな」
アシュルが、ルートの肩を支えながら、静かに告げた。
「今のは、お前の力のほんの一端に過ぎない。だが、それでも、体への負担は大きかったはずだ」
「アシュルの、おかげだよ」
「私は、きっかけを作っただけだ。力を振るったのは、お前自身だ」
その言葉に、ルートは小さく笑った。
戦いの後、一行は魔法陣の調査を進めた。魔法陣の構造を解析したシィナが、難しい表情で報告する。
「この魔法陣、まだ完全には止まっていません。放置すれば、また魔力を吸収し続けてしまいます」
「壊せないのか?」
「私の魔法では、力不足かもしれません……」
シィナの言葉に、アシュルが魔法陣へと歩み寄った。
「私がやろう」
アシュルは、魔法陣の中心に手をかざすと、白銀の光を纏わせた。淡い光が魔法陣全体を包み込み、やがて、魔法陣がゆっくりと消えていく。
「これで、当面は魔力の吸収は止まるはずだ。だが、根本的な解決には、魔法陣を作った側――運営の意図そのものを、突き止める必要がある」
「うん……この森の異変は収まったけど、また別の場所でも、同じことが起きてるかもしれない」
ルートの言葉に、一同は静かに頷いた。
森を後にする道すがら、ルートは、先ほど得た新しい力の感覚を、まだ体の奥に感じていた。それは、これまでの自分にはなかった、確かな手応えだった。
「アシュル、僕、少しは強くなれたのかな」
「まだ、序の口だ。だが――」
アシュルは、夕暮れに染まる空を見上げながら、静かに続けた。
「お前は、確実に、前に進んでいる。それだけは、間違いない」
その言葉に背中を押されるように、ルートたちは、街への帰路についた。灰色の森に差し込む夕日が、これから続く長い旅路を、静かに照らしていた。
今日は出かけてたのでなかなか更新が!!!




