第19話「北の森の異変」
翌朝、ルートたちは装備を整え、被害報告が最も集中している北東の森――通称「灰色の森」へと向かった。
街を出て数時間、森の入り口に差し掛かる頃には、既に空気が明らかに変わっているのを感じた。木々の葉が不自然に色褪せ、地面には枯れた植物が広範囲に広がっている。
「これは……」
「魔力が枯渇している徴候だな」
アシュルが、周囲の木々を見渡しながら呟いた。
「魔力が枯渇、って?」
「この世界の自然は、大気中に満ちる魔力を糧に育つ。それが何らかの理由で吸い上げられ続ければ、こういった現象が起こる」
「じゃあ、誰かが、この森の魔力を吸い取ってるってこと?」
「恐らくな」
一行は、慎重に森の奥へと足を進めた。しばらく歩くと、異様な光景が視界に飛び込んできた。木々が根こそぎ枯れ果て、地面には巨大な亀裂のようなものが走っている。
「ここ、まるで……」
「何かに、根こそぎ喰われたみたいですね」
シィナの言葉に、ルートは背筋が寒くなるのを感じた。
「アシュル、この感じ、忘却の迷宮の時と似てる気がする」
「ああ。恐らく、根源は同じだろう。ただし、規模がまるで違う」
その時、亀裂の奥から、低い唸り声が響いてきた。ゼクスが即座に武器を構える。
「来るぞ」
亀裂の中から這い出してきたのは、巨大な狼のような魔物だった。だが、その体表は所々が黒く朽ちたように変色し、まるで内側から腐食しているかのような、不気味な姿をしていた。
「あれは……」
「変異種か。魔力の異常が、魔物にも影響を及ぼしているようだな」
アシュルが、羽の生えたメイド姿へと変身しながら、警戒態勢を取った。
「油断するな。通常の個体とは、力の質が違う」
狼型の魔物が咆哮を上げ、一行に向かって突進してくる。ゼクスが漆黒の炎を纏わせ、迎撃に出た。
「食らえ!」
放たれた炎が魔物に直撃するが、その体表を焼いても、すぐに再生していくような不気味な動きを見せる。
「厄介だな、あれは」
「シィナ、援護を!」
シィナが杖を構え、詠唱を始める。
「風よ、集え――『トルネードランス』!」
放たれた風の槍が、魔物の脚に突き刺さり、動きを鈍らせる。その隙を突いて、ルートが短剣を構えて踏み込んだ。
「アシュル、いくよ!」
「ああ!!!」
アシュルの力を借りたルートの一撃が、魔物の首元を正確に捉えた。手応えと共に、魔物の体が大きくよろめく。
「今だ!」
ゼクスが再び炎を放ち、今度こそ、魔物は苦しげな咆哮を上げながら、崩れるように地面に倒れ込んだ。しかし、その体は消滅する前に、黒い霧のようなものを撒き散らしながら、ゆっくりと霧散していった。
「……なんだ、今の黒い霧」
「気をつけろ。あれに触れるな」
アシュルが鋭く警告する。黒い霧は、周囲の枯れた植物に染み込むように広がり、さらに地面の腐食を進めているようだった。
「アシュル、これって……」
「恐らく、この森全体の魔力が、何らかの方法で、特定の場所に吸い上げられている。そして、その過程で生まれた『歪み』が、魔物を変異させているのだろう」
「特定の場所って、どこに?」
「それを、これから調べる」
一行は、黒い霧が最も濃くなっている方向――森の中心部を目指して、さらに奥へと進んだ。
やがて辿り着いたのは、森の中心にぽっかりと開けた、異様な空間だった。地面には巨大な魔法陣のようなものが刻まれ、その中心から、黒い霧が絶え間なく立ち上っている。
「これは……」
「間違いないな。人為的に作られた、魔力吸収の魔法だ」
アシュルが、魔法陣を注意深く観察しながら言った。
「運営の仕業、ってこと?」
「恐らくな。この規模の物を作れるのは、それなりの技術を持った存在だけだ」
その時、魔法陣の奥、木々の陰から、複数の人影が現れた。装備を見る限り、運営の関係者のようだった。
「――イレギュラー個体、確認」
感情のこもらない声が響く。ルートは、以前ギルドで襲われかけた時のことを思い出し、身構えた。
「あなたたちが、この魔法陣を作ったんですか」
ルートが問いかけると、先頭に立つ運営スタッフの一人が、静かに頷いた。
「この森の魔力を回収し、こちらの世界へ転送する実験だ。お前たちには関係のないことだ」
「関係ないわけないだろ! この森が、こんなにボロボロになってるのに!」
ゼクスが怒りを露わにして声を荒げる。運営スタッフは、それでも表情を変えることなく、淡々と告げた。
「この世界の自然環境は、我々の研究対象に過ぎない。感傷的になる必要はない」
その物言いに、ルートの中で、静かな怒りが燃え上がった。
「この世界は、お前たちの実験場じゃない。ここには、本当に生きてる人たちがいるんだ」
「――知ったことか」
運営スタッフが手をかざすと、周囲に新たな変異魔物の群れが召喚され始めた。
「排除対象、殲滅を開始する」
「くっ……アシュル!」
「ああ。手加減はいらんな」
アシュルの瞳が、鋭く光った。戦いの火蓋が、再び切って落とされようとしていた。
人間とはいつも傲慢なものだ…




