第17話「果てへの道」
翌朝、野営地を発つ前に、ラーグは地図を広げながら、改めて一同に告げた。
「忘却の大迷宮群までは、ここから馬車で半月はかかる。しかも、途中の道は決して安全とは言えない」
「半月……」
その距離感に、ルートは思わず息を呑んだ。ラーグは、静かに頷きながら続ける。
「正直に言おう。今すぐ、お前たちがそこへ向かうのは得策ではない。まず、実力を蓄えること。そして、道中で得られる情報を、一つずつ集めていくことだ」
「それって、遠回りするってこと?」
「いや、必要な準備だと考えてくれ。大迷宮群は、この世界でも最も危険な地の一つだ。今のお前たちの実力では、辿り着く前に命を落としかねない」
その忠告に、アシュルも静かに同意を示した。
「ラーグの言う通りだ。焦る気持ちは分かるが、今の実力で飛び込めば、無駄死にするだけだろう」
「うん……分かってる」
ルートは、拳を握りしめながら頷いた。すぐにでも真実に辿り着きたい気持ちはあったが、それが無謀な行動に繋がれば、本末転倒だ。
「では、まず何から始めればいい?」
ゼクスの問いに、ラーグは少し考えてから答えた。
「まずは、街に戻り、力を蓄えながら、情報収集を続けることだ。それに――」
ラーグは、ゼクスへと視線を向けた。
「お前の探し人、リサといったか。彼女の足取りについても、いくつか手がかりを掴んでいる」
その言葉に、ゼクスの表情が、はっと変わった。
「本当か!?」
「ああ。断定はできないが、彼女が最後に目撃されたのは、街から北東にある鉱山都市『イグナイト』だという情報がある。そこで、鍛冶師として働いていたという証言もある」
「イグナイト……」
ゼクスは、その地名を、噛み締めるように繰り返した。
「そこに行けば、リサの手がかりが……」
「可能性はある。だが、確証はない。それでも、大迷宮群へ向かうよりは、遥かに現実的な目的地だろう」
ラーグの提案に、ルートはゼクスの表情をうかがった。彼の目には、これまでにない強い光が宿っていた。
「ルート、シィナ、アシュル。俺の我儘だってのは分かってる。だが……」
「我儘なんかじゃないよ」
ルートは、即座にゼクスの言葉を遮った。
「僕たちも、大迷宮群に向かう前に、力をつける必要がある。それなら、イグナイトで手がかりを探しながら、実力を磨くのは、理にかなってると思う」
「ルート……」
「それに、リサさんを探すのは、僕たちにとっても大事なことだよ。ゼクスの大切な人を、放っておけるわけないじゃないか」
その言葉に、ゼクスは一瞬、言葉を詰まらせた。それから、照れ隠しのように視線を逸らす。
「……感謝する」
シィナも、静かに頷いた。
「私も、賛成です。姉を助けてもらった恩を返す意味でも、皆さんの力になりたいので」
「決まりだな」
アシュルが、話をまとめるように言った。
「大迷宮群への道は、まだ遠い。だが、焦る必要はない。今は、目の前の道を、一歩ずつ進むべきだ」
その言葉に、全員が頷いた。ラーグは、地図を丁寧に折り畳みながら、静かに立ち上がった。
「私は、しばらく運営内部の動向を探る。何か大きな進展があれば、また接触する」
「ラーグさん、色々教えてくれて、ありがとうございました」
「礼はいらん。私も、こちら側の人間だ。……それに」
ラーグは、ふと表情を和らげた。
「お前たちの姿を見ていると、かつて自分が失いかけていたものを、思い出させられる。それだけで、十分な報酬だ」
その言葉を最後に、ラーグは静かに姿を消していった。
残された一行は、街への帰路につきながら、これからの方針を話し合った。
「まずは街に戻って、装備を整えつつ、イグナイトへの旅の準備をしよう」
「ああ。ガルドの店で、もう少しまともな装備を頼むか」
「オーウェンさんにも、事情を話しておいた方がいいかもしれませんね」
それぞれの提案に、ルートは頷きながら、これから始まる新しい旅程に思いを馳せた。忘却の大迷宮群という、この物語の核心に近づく大きな目標を胸に抱きながらも、今はまず、目の前の道――ゼクスの大切な人を探す旅から始まる。
「アシュル」
「なんだ」
「なんだか、やることがどんどん増えていくね」
ルートが苦笑しながら言うと、アシュルは小さく笑みを浮かべた。
「それだけ、お前の世界が広がっているということだ。悪いことではない」
その言葉に、ルートは素直に頷いた。かつて、教室の隅で息を潜めていた自分には、想像もできなかった旅路。だが今は、隣に信頼できる仲間たちがいる。
街道の向こうに、これから向かう鉱山都市イグナイトへと続く道が、朝日に照らされて伸びていた。
とうとうリサ様が!!!!




