第15話「もう一つの真実」
三つ目の集落へ向かう道すがら、アシュルは人型の姿のまま、ルートの隣を歩いていた。その表情はいつになく硬く、言葉を選ぶように、しばらく沈黙が続いていた。
「アシュル、話してくれるんだよね」
ルートが促すと、アシュルは小さく息を吐き、覚悟を決めたように口を開いた。
「――お前たちは、この世界を『ゲーム』だと思っている。データで構築された、現実とは切り離された箱庭だと」
「うん」
「だが、それは正確ではない。この世界は、最初から実在していた。お前たちの世界とは、異なる歴史と、異なる理を持つ、確かに存在する世界だ」
その言葉に、ルートは思わず足を止めた。
「実在、って……でも、僕たちはダイブギアを通して、システムにログインして……」
「システムとやらが何なのか、私にも正確なところは分からん。だが、少なくとも一つ言えるのは――お前たちが『NPC』と呼んでいたこの世界の住人たちは、データでも、演算で生成された存在でもない。血の通った、本物の生命だ」
その断言に、ルートの背筋に、ぞくりとしたものが走った。先ほど感じていた違和感、村人たちの悲しみのリアルさ、そしてゼクスの反応――全てが、一本の線で繋がっていく。
「じゃあ、僕たちが今まで話してきた村の人たちも、シィナのお姉さんを助けた時に見た繭の中の人たちも……」
「村人たちは、最初からこの世界に生きる者たちだ。だが、繭の中にいたのは――お前たちと同じ、外側から来た者たちだろうな」
「外側から来た……プレイヤー、ってこと?」
「そうだ。恐らく、お前たちの世界からこちらへ渡ってくる『扉』のようなものが存在する。お前たちが『ゲームシステム』と呼んでいるものの正体は、その扉を管理するための、何らかの装置か、組織なのだろう」
アシュルの言葉に、ルートは頭を抱えたくなる思いだった。これまで信じてきた前提が、根底から覆されていく。
「アシュル、それって……運営が、こっちの世界とあっちの世界を、繋げてるってこと?」
「私の見立てでは、な。だが、正確に言えば、運営自身も、全てを掌握しているわけではないだろう」
「どういうこと?」
アシュルは、遠くに霞む山々を見つめながら、続けた。
「さっきの商人が言っていただろう。『運営は、ある日突然現れた、正体不明の存在』だと。この世界の住人たちにとって、運営という組織は、お前たちが思うような『世界の管理者』ではない。むしろ――侵入者、あるいは寄生者に近い」
その表現に、ルートは息を呑んだ。
「侵入者……」
「恐らく、運営は何らかの方法で、この世界とお前たちの世界を繋ぐ『扉』を発見、あるいは作り出した。そして、その扉を利用して、お前たちのようなプレイヤーを、この世界に呼び込んでいる」
「なんのために……?」
「それは、私にもまだ分からん。だが、行方不明者たちが繭のような場所に集められていたことを考えると、恐らく何らかの『資源』として扱われている可能性が高い」
その言葉の重さに、ルートは立ち尽くした。単なるゲームのバグでも、システムエラーでもない。自分たちは、何者かによって、意図的にこの世界へと引きずり込まれ、利用されている。
「アシュル……なんで、そんな大事なこと、今まで黙ってたの?」
その問いに、アシュルは一瞬、辛そうに目を伏せた。
「憶測でしかなかったからだ。確証もなく、お前を不必要に混乱させたくなかった。……それに」
「それに?」
「私自身、この現象に無関係ではない。私という存在が、この扉に何らかの影響を与えている可能性がある」
その言葉に、ルートは驚いてアシュルを見つめた。
「アシュルが、原因の一つってこと?」
「断定はできん。だが、私は元々、この世界に古くから存在していた者だ。長い眠りについていたはずの私が、お前との契約で目覚めた瞬間、システムが『異物』として反応した――それは、単なる偶然ではないかもしれない」
アシュルの声には、これまで聞いたことのない、深い葛藤が滲んでいた。
「私という存在の目覚めが、お前を、この世界に引きずり込む引き金になったのだとしたら……」
「アシュル」
ルートは、アシュルの言葉を遮るように、その手をそっと握った。
「それでも、僕はアシュルと出会えて良かったと思ってる。それだけは、変わらないよ」
その言葉に、アシュルは大きく目を見開いた。何かを言おうとして、しかし言葉にならず、ただ静かに、ルートの手を握り返した。
「……甘い奴だな、お前は」
「よく言われる」
二人は、しばらく無言のまま、手を繋いだまま歩き続けた。
その様子を、少し離れた場所からゼクスとシィナが見守っていた。
「二人とも、何かあったんでしょうか」
「さあな。だが、俺たちも、そろそろ知っておくべきことがあるんじゃないか」
ゼクスの言葉に、シィナは静かに頷いた。
夕暮れ時、三つ目の集落に到着した一行は、そこでも同様の被害の報告を受けた。だが、ルートの中では、これまでとは違う視点で、この世界を見つめ始めていた。
目の前で困っている人々は、単なるデータでも、作られた存在でもない。自分たちと同じように、この世界で、確かに生きて、悩み、悲しんでいる「本物」の人々だ。
(だとしたら、僕たちがすべきことは……)
ルートの中で、一つの決意が固まりつつあった。単に自分が元の世界に戻る方法を探すだけでなく、この世界そのものを――そこに生きる、本物の人々を――守らなければならない。
「アシュル。僕、決めた」
「何をだ」
「自分が戻る方法を探すのは、もちろん大事。でも、それだけじゃない。この世界の人たちを、行方不明者を、みんな守れるように、僕、強くなる」
その宣言に、アシュルはしばらく沈黙した後、静かに、そして誇らしげに微笑んだ。
「――良い覚悟だ。その言葉、私が保証してやろう」
二人の間に、これまでとは違う、確かな絆が生まれつつあった。
その夜、野営地に、フードを深く被った、あの人物が再び姿を現した。
「話は、聞いていたようだな」
「あなたは……」
「お前たちが、この世界の真実に気づき始めたこと、歓迎する。だが、まだ話さなければならないことがある。この現象の、本当の『発端』についてだ」
その言葉に、ルートたちは、緊張した面持ちでフードの人物を見つめた。
物語は、さらに大きな謎へと向かって、動き出していた。
忘れてた!!!!!




