第14話「違和感」
街を出発したルートたちは、シルヴァンから渡された調査資料をもとに、魔物の異常発生が報告されている周辺の集落を巡ることになった。
最初に訪れたのは、街から半日ほどの距離にある小さな農村だった。木造の家々が立ち並び、畑では住人たちが忙しなく働いている。
「思ったより、普通の村だね」
ルートが呟くと、アシュルが警戒するように周囲を見渡した。
「油断はするな。異常が起きているという報告がある以上、何かしらの理由があるはずだ」
村の入り口で、一行は村長らしき初老の男性に出迎えられた。
「これはこれは、ギルドの方々ですかな。よくぞいらしてくださった」
「はい。魔物の異常発生について、調査に伺いました」
ルートが用件を伝えると、村長は深く頷きながら、村の奥へと案内してくれた。
「ここ最近、夜になると森の奥から、聞いたこともない魔物の唸り声が聞こえるようになりましてな。畑も何度か荒らされました」
「その魔物、見た方はいますか?」
「いえ、姿を見た者はおりません。ただ、村の若い衆が数名、様子を見に森へ入ったきり、戻ってきていないのです」
その言葉に、ゼクスが眉をひそめた。
「行方不明者、ここにも出てるってことか」
「ええ……皆で手分けして捜索もしたのですが、手がかり一つ見つからず」
村長の表情には、深い憂いが滲んでいた。ルートは、その様子に、ふと違和感を覚えた。
(この人たちの反応、なんだか……)
うまく言葉にできない感覚だった。運営に監視され、規格外だと恐れられ、あるいは利用しようとされる自分たちとは、明らかに違う空気。村長も、村の人々も、ただ純粋に、行方不明になった仲間を案じているだけだった。
「あの、村長さん。行方不明になった方々の、ご家族は……?」
「もちろん、心配しております。特に若い衆の一人には、幼い妹がおりましてな。毎晩、兄の無事を祈って眠れずにいるようです」
その言葉に、ルートの胸が締め付けられた。プレイヤーの行方不明者の場合、家族が心配していても、運営が事実を隠蔽し、捜索の手すら満足に及ばない。だが、この村の人々は、村を挙げて全力で仲間を探そうとしている。
「アシュル、なんか、変な感じがする」
村を後にした帰り道、ルートは小声でアシュルに尋ねた。
「何がだ」
「プレイヤーの行方不明者のことは、運営がひた隠しにしてる。でも、この村の人たちは、普通に家族や仲間の心配をしてる。まるで……」
「まるで?」
「まるで、本当にここで生きてる人たちみたいだった」
その言葉に、アシュルは一瞬、動きを止めた。何かを言いかけて、しかし結局、口を噤む。
「アシュル?」
「……いや、何でもない。次の集落に向かうぞ」
その反応に、ルートは違和感を深めながらも、それ以上は追及しなかった。
二つ目に訪れたのは、鉱山近くの集落だった。ここでも同様に、行方不明者の報告があり、住人たちは一様に不安げな表情を浮かべていた。
「うちの亭主が、三日前から帰ってこないんです……」
涙ながらに語る女性の姿に、シィナが思わず駆け寄り、その手を握った。
「必ず、何か手がかりを見つけます。約束します」
「ああ、ありがとうございます……」
女性の様子は、演技や設定された反応とは、明らかに違う質感を持っていた。ルートは、その悲しみの深さに、静かに胸を打たれていた。
「なあ、ゼクス。この人たちの様子、なんていうか……すごく、リアルだと思わない?」
ルートが小声で尋ねると、ゼクスは怪訝そうに眉をひそめた。
「リアルって、当たり前だろう。何を今更」
「え……?」
「この人らは、家族が行方不明になってるんだ…悲しい時に悲しむのは当然のことだろうが。お前、何を言ってるんだ?」
ゼクスの反応は、心底不思議そうだった。その様子に、ルートはかえって強い違和感を覚えた。ゼクスにとっては、この世界の住人たちが「生きている」ことは、疑う余地すらない、当たり前の前提なのだ。
(そうか……ゼクスは、最初からこの世界の住人なんだ。だから、僕たちが感じてるこの違和感自体、ゼクスには理解できない)
その事実に気づいた瞬間、ルートの中で、何かが繋がりかけていた。自分たちプレイヤーと、この世界に生きるゼクスたちとの間には、決定的な認識のズレがある。
「ルート、さっきから変だぞ。何を一人で考え込んでる」
「ううん……なんでもない。ちょっと、考え事」
ルートは、まだうまく言葉にできない予感を抱えたまま、曖昧に誤魔化した。シィナが、不思議そうに二人を見比べていたが、それ以上は詮索せず、村の女性の手をそっと放した。
ルートは、自分の中の違和感を、まだうまく言語化できずにいた。ただ、確かに感じるのは、この世界の住人たちが、決して「作られた存在」には見えないということだった。
その夜、野営地でルートは、焚き火を見つめながらアシュルに尋ねた。
「アシュル、正直に教えて。この世界の住人たちって、本当に……」
「ゲームのデータに過ぎない存在だと、そう思うか?」
アシュルの声が、いつになく静かだった。
「今のお前が抱いている違和感は、恐らく正しい。だが、それを話すのは、もう少し確証を得てからにしたい」
「アシュル、何か知ってるんだよね」
「……ああ。だが、憶測を口にして、お前を混乱させたくはない。もう少しだけ、待ってくれないか」
その言葉には、これまでにない真剣さがあった。ルートは、小さく頷いた。
「わかった。待つよ」
焚き火の炎が、静かに揺れていた。ゼクスとシィナも、それぞれの寝床で、静かに眠りについている。ルートは、夜空に浮かぶ二つの月を見上げながら、この世界の正体について、様々な可能性を巡らせていた。
もし、この世界の住人たちが、単なるデータではなく、本当に「生きている」のだとしたら。
その考えに至った瞬間、ルートの背筋に、冷たいものが走った。それはつまり――自分たちが「ゲーム」だと思っていたこの世界そのものが、根本から違う意味を持つということだった。
翌朝、三つ目の集落へと向かう道すがら、一行はさらに奇妙な光景を目にすることになる。
道端に倒れていた旅の商人を助け起こしたシィナが、彼から話を聞き出していた。
「運営、ですか? ……いえ、存じ上げませんな。この辺りでは、聞いたことのない言葉です…最近になって話しは耳にするようになりましたが…」
その返答に、ルートたちは思わず顔を見合わせた。
「運営を知らない……?」
「ああ。私らからすれば、突如として現れた、得体の知れない存在ですな。数年前から、この世界のあちこちに、奇妙な『力』を振るう者たちが現れるようになりました。それを束ねているのが、運営とやらだという噂は聞きますが……正体を知る者は、誰もおりません」
商人の言葉に、ルートは息を呑んだ。
(この人たちにとって、運営は「最初から知ってる存在」じゃない。ある日突然、現れた組織だったんだ)
プレイヤー側の視点では、運営はこの世界を作り上げた「システムの管理者」だ。だが、この世界の住人たちにとっては、運営こそが「異物」であり、突如として現れた謎の存在に過ぎない。
「アシュル……」
ルートが振り返ると、アシュルは静かに、しかし確かな決意を秘めた表情でルートを見つめていた。
「そろそろ、話すべき時が来たようだな」
その言葉に、ルートの心臓が、大きく高鳴った。
転生でもなくて…ゲームの世界にただ入ったわけでもなくて…




