第12話「ギルドマスターの熱視線」
休日明け、ルートたちは冒険者ギルドを訪れていた。忘却の迷宮の一件以来、正式に依頼をこなして稼ぎを立てる必要が出てきたためだ。
受付カウンターには、狐の耳と尻尾を持つ女性が、忙しなく書類を捌いていた。
「あ、ルートさんたち、おはようございます」
顔を上げた受付嬢は、てきぱきとした調子で挨拶をした。名札には「コハク」と書かれている。
「おはよう、コハクさん。今日は依頼を受けに来たんだけど」
「はい、少々お待ちくださいね。……ところで」
コハクは書類を整理する手を止め、少し声を落とした。
「忘却の迷宮の一件、聞きましたよ。行方不明だった方を救出したそうで。ギルドとしても本当に助かりました」
「たまたま、うまくいっただけだよ」
「謙遜しないでください。あの迷宮、ベテランパーティでも手を焼く難易度だったんですから」
コハクは尻尾をゆらりと揺らしながら、書類の束からいくつかの依頼票を選び出した。
「実は、皆さんにおすすめの依頼があるんです。ちょうどいいタイミングで」
「おすすめ?」
「はい。ただ、その前に――」
コハクが言い終わる前に、ギルドの奥から、勢いよく扉が開く音がした。
「―規格外の召喚獣というのは、君たちのことか!?」
大声とともに現れたのは、長身で整った顔立ちの、緑がかった銀髪の男だった。エルフ特有の長い耳が、興奮気味にぴくぴくと動いている。
「ギ、ギルドマスター!? 急に何を……」
コハクが慌てた様子で声を上げるが、男は意に介さず、ずかずかとルートたちの前まで歩み寄ってきた。
「初めまして! 私はこのギルドの長を務める、シルヴァン・エルデールという者だ! 噂の規格外召喚獣を、ぜひこの目で確かめさせてもらいたくてな!」
その勢いに、ルートは思わず後ずさった。肩の上のアシュルが、少し警戒したように目を細める。
「あの、シルヴァンさん、いきなりどうしたんですか……」
「いきなりで悪い! だが、召喚士という職業を心から愛する者として、これだけは聞かずにいられなかったのだ!」
シルヴァンは目を輝かせながら、アシュルへと視線を向けた。
「その召喚獣、只者ではないと一目で分かる。差し支えなければ、詳しく話を聞かせてもらえないだろうか!」
「あの……ギルドマスターって、召喚獣にすごく詳しいんですか?」
ルートが尋ねると、コハクが呆れたようなため息をついた。
「詳しいというか……ギルドマスターは、大の召喚獣好きなんです。若い頃、ご自身も召喚士だったそうで」
「その通り! かつては私も、この手で最高の相棒と契約せんと、召喚士としての道を歩んでいた! ……いや、正確に言えば、既に契約は果たしていたがな」
シルヴァンの声色が、わずかに変わった。誇らしさと、どこか懐かしむような響き。
「かつて『翠風のシルヴァン』と呼ばれていた頃の話だ。最盛期には、大陸中にその名を轟かせたものだ。……もっとも、今となっては昔語りに過ぎんがな」
「え……ギルドマスターって、そんなに有名な召喚士だったんですか?」
ルートが驚いて尋ねると、コハクが横から補足するように頷いた。
「知りませんでした? ギルドマスターは、かつて『英雄』とまで呼ばれた召喚士だったんですよ。今の召喚士とは、格が違うって話です」
「今の召喚士とは……?」
「ああ。今でこそ召喚士は最弱職と言われているが、昔は違った。かつて召喚士は、この世界で最も恐れられ、そして最も敬われる職業の一つだったのだ」
シルヴァンの表情に、影が差す。
「何があって、これほどまで地位が落ちたのか……正直、私自身にも、はっきりとした答えは分からん。だが、お前とアシュル殿を見ていると、かつての召喚士の在り方を、思い出させられる」
その言葉には、単なる懐かしみ以上の、何か重い含みがあるようだった。ルートは、その表情に、これまで感じたことのない緊張を覚えた。
「だが、召喚士という職業への愛は、今も変わらん! お前のような若者が、規格外の相棒と出会えたこと、心から祝福したい!」
その熱量に、ルートは気圧されながらも、どこか微笑ましさを感じていた。アシュルもまた、警戒を解いたのか、ふんと鼻を鳴らしながらも、まんざらでもなさそうな様子だった。
「その召喚獣殿にも、少し話を伺いたい。名は?」
「アシュルだ」
「アシュル殿! いや、実に美しい佇まいだ! 契約獣の質は、召喚士の資質と、契約の縁の深さによって決まると言われるが……アナタほどの存在、そうそうお目にかかれるものではない!良ければ今度私とお茶でも…」
「断る!!!」
まくしたてるように語るシルヴァンに、ルートたちはただただ圧倒されるばかりだった。コハクが、慣れた様子で間に入る。
「ギルドマスター、お客様が困っていますよ。それに、依頼の話も途中でしたので」
「おお、すまない! つい興奮してしまった!」
シルヴァンは咳払いをして姿勢を正すと、真剣な表情に切り替えた。
「実を言うと、話を聞かせてもらいたかったのは、単なる興味だけではない。ギルドとして、君たちに依頼したいことがあるのだ」
「依頼したいこと?」
「近頃、この街の周辺で、魔物の異常発生が相次いでいる。恐らく、行方不明者を生んでいるあの現象と、無関係ではないだろう」
シルヴァンの声が、真剣な響きを帯びる。
「規格外の力を持つ君たちになら、この調査を任せられると考えている。もちろん、危険を伴う依頼だ。無理にとは言わない」
コハクが依頼票を差し出す。そこには、街周辺の複数の地点で発生している異常現象について、詳細な情報が記されていた。
「私からもお願いします。皆さんの実力なら、きっと力になってくれると思って」
ルートは依頼票に目を通しながら、アシュル、そして隣に控えるゼクスとシィナへ視線を向けた。三人とも、静かに頷いている。
「わかりました。受けます」
「よし! 決まりだな!」
シルヴァンは満足げに頷くと、再びアシュルへと熱い視線を向けた。
「調査の詳細は追って伝える。……ときにアシュル殿、もしよければ、後でもう少しゆっくり話を聞かせてもらえないだろうか。契約の経緯や、力の性質について――」
「まったく、しつこい男だな」
アシュルが呆れたように呟くと、シルヴァンは慌てて頭を下げた。
「し、失礼した! 悪気はないのだ、ただ純粋に興味が……!」
その慌てぶりに、ルートたちは思わず笑ってしまった。ギルドの空気が、和やかなものに変わっていく。
「シルヴァンさん、面白い人ですね」
「面白い、で済ませていいものか分からんが……悪い人ではなさそうだ」
ゼクスの言葉に、シィナも頷いた。コハクは、やれやれといった様子で肩をすくめている。
「すみません、いつもあの調子で。でも、ギルドマスターとしての実力は確かなので、頼りにしてあげてください」
「うん、頼りにしてるよ、コハクさんも」
ルートがそう言うと、コハクは少し照れたように尻尾を揺らした。
依頼票を手に、ルートたちはギルドを後にした。新たな調査依頼、そして個性豊かなギルドの面々との出会い。少しずつ、この街での居場所が、確かなものになっていくのを、ルートは感じていた。
「次は、街の外れの調査だね。準備して、明日から動こうか」
「ああ。だが、今日はまだ休みだ。ゆっくりしろ」
アシュルの言葉に、ルートは笑って頷いた。ゼクスとシィナと共に、ギルドを出た四人は、賑やかな街並みへと足を踏み出していった。
どこの世界にもマニアはいるんですよ…わかります…




