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まやかしの隠者

 ベンデガネを出発して、日も暮れ始めた。

 夜空は暗雲が立ち込め、三日月の光を隠し始めていた。

 森を抜け、山岳地帯に入り景色は岩や岩壁などの殺風景な物へと変化した。

 月明かりもわずかしか届かず、気を付けないと転んでしまいそうだ。

 岩壁と崖に挟まれた道は、とても人が歩く道とは思えない。


「ま、待ってよ」


 僕はヘロヘロになりながらもなんとか二人についていくと、前を歩く二人は顔を見合わせた。


「あんた本当に体力ないわね」


「ハァハァ・・・あんまり運動してないからさ」


「ハハッ、坊主は体力ねぇな。そんなんじゃ顔なしに連れてかれるぞ」


「顔なし?」


「なんだ知らないのか? このロットマウンテンでは顔なしのお化けが出るらしいぞ」


「ひえぇー!」


 お化けなどは信じてはいないが、ここではカードのような魔法もあるし、もしかしたら出るかもしれない。

 そう思うと背筋が凍りついた。


「ハハッ、まぁただの噂だろう。本当にいるならあってみたいもんだ」


 フレインの裂けたような口角を釣り上げて三日月のような笑みを見せた。


「面の皮が厚くて顔が見えないのか、それとも皮を剥がして顔がなくなったのか気になるからな」


 フレインは爽やかそうに笑っているように見えるが、何故か目は獣のようにギラついて見えた。

 まるで狩りを楽しむ狼のような、そんな嬉しさと不気味さが同時に押し寄せるような顔をしていた。

 そんなことを話していると突然霧が濃くなってきた。


「セイ! こっちにきなさい」


 ミラに手を引っ張られ、ミラに抱き寄せられると霧は濃さを増していった。


「フレイン! どこにいるの」


「ここにいるぞ。坊主!」


 フレインの声が近くから聴こえるが姿はすでに見えなくなっていた。

 ほんの数秒で霧が濃くなり視界を奪った。

 すると霧の中から人影が現れた。


「フレイン?」


 人影は僕の呼びかけに反応せず、ゆらゆらと揺れる。

 霧から出てきたのはフレインではなかった。

 顔がないのっぺらぼうのような男だった。

 そしてゆらゆらと揺れながら、こちらに近づいてきた。


「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「落ち着きなさいな。Noナンバー.Ⅱ女教皇ハイプリーテス起動!」


 ミラは女教皇ハイプリーテスのカードを使うと、ミラの目が緑に輝き始めた。

 そうまるで目がまるで人魂のように光を放ち、まるで人外のようだった。

 その姿は山道に現れた、目を発光させる女。


「ギャァァァァァァァァァ!」


「やかましいわ!」


 ミラは僕に注意すると、視線を顔のない男に向けた。

 するとクスッと笑みを溢した。

 そしてミラは手を伸ばすと、顔のない男に触れようとする。

 しかし、ミラの手は顔のない男をすり抜けた。

 貫通したわけでも、手を取り込まれたわけでもない。

 霧のように顔のない男の身体を触れることはできなかったのだ。

 まるで始めから実態などないまやかしのように、顔のない男は霧の中に溶けていった。


「なるほどねこれはラッキーね、フレイン! 近くに敵がいるわ。仕留めてちょうだい」


「承知!」


 ミラは大声で叫ぶと、遠くからフレインの声が返ってきた。


「え? あれってカードのちからなの?」


「えぇこの霧は本物だけど、あの幻覚はカードのちからね。私の女教皇ハイプリーテスがそう答えを出したわ」


 突然岩壁からゴロゴロという音が聴こえてきた。まるで何か巨大な物が転がってくるような音が。

 視線を岩壁に向けると、霧を掻き分け巨大な大岩が転がってきた。

 また幻覚なのだろう。そう思い突っ立ていると。


「危ない!」


 ミラが僕の身体を抱えて、飛び出した。

 大岩はそのまま転がり、崖の下に落ちていった。


「あれは幻覚じゃないわ。持ち主は頂上にいるわね」


 ミラは僕の手を引いて、道を真っ直ぐに走り抜けていった。

 ミラの目は緑に輝いており、まだ女教皇ハイプリーテスの能力を使用している。

 恐らくだが霧の中でも、的確に道を見つけられるのは女教皇ハイプリーテスの力による物なのだろう。

 霧の続く山道を駆け上がり、山頂に着いた。

 山頂は霧はなく、大岩や岩があるばかりだった。


「そこにいるわね。隠れてないで出てきなさい」


 ミラが突然何もない大岩に向かって言葉を放った。

 緑色に光ミラの視線の先には何かが写っているらしい。

 すると大岩から人影がスッーと現れた。まるで幽霊が実態を表すように、人の身体が形成される。


「おやおやバレてしまったか。どうやら私の隠者ハーミットとお前のカードは相性が悪いらしい」


 現れた人影は、フードで顔は見えないがフードの隙間から白色の髭のようなものが垂れていた。腰にはナイフのような短剣を差し、暗殺者のような黒いローブを纏い、体を隠していた。


「おとなしくカードを渡せば命だけは取らないわ」


「ハッハハハ、笑わせる。女と子供一人で何ができる!」


「俺もいるぞ、おっさん」


 声のした方向を見ると、フレインが大岩の上に立っていた。

 長槍を肩から水平になるように伸ばし、構えていた。

 長槍の先端が雲から出てきた三日月と重なる。

 まるでその姿は三日月の刃を持つ、大鎌に見えた。

 フレインはもう片方の手にはカードがあり、それを指で挟み絵柄をこちらに見えるように向けた。


Noナンバー.ⅩⅧ ムーン起動」


 フレインの言葉に呼応するかのように、カードが水色の光を放った。

 それと同時に辺りが冷気に包まれた。

 そして足元が氷始め、フードの男の足を凍らせ動きを封じた。


「な、なに!?」


 フードの男が動揺していると、フレインは大岩から飛び降り、長槍を突き刺した。


「ぐ、ぐはっ」


 胸から長槍が貫通し、長槍をつたい血が垂れる。

 フレインは長槍をゆっくり引き抜くと、フードの男はそのまま地面に倒れた。

 その後動かなくなったフードの男のポッケからカードを取ると、ミラに渡した。


「はい。仕事完了」


「ご苦労様」


 あまりにもあっさりしすぎている。

 長槍で貫く時のフレインは手慣れているように見えた。

 まるで何度も行ってきたような。

 人を殺すのが当たり前のように、簡単に実行して見せた。

 そんなフレインを見ていると怖くなる自分がいた。


「どうした坊主? 怖すぎてちびったか?」


 フレインが近づき話しかけてきたが、僕はフレインの顔を見ることができなかった。


「・・・フレインは人を殺すのに躊躇いはないの?」


 心に思っていたことが自然と口から出た。

 別に話すつもりもなかったし、訊くつもりもなかった。

 だけど、僕の身体が心の中に言葉を押し込めることを許さなかった。

 僕の質問にフレインは目を丸くすると、顎に手を当て考え始めた。


「人を殺すにのか・・・ないな」


 答えはあっさりと返ってきた。熟考することもなく、答えはすでに決まっていたかのようにフレインの言葉に嘘偽りはなかった。


「人を殺すのに罪悪感とかないの?」


「ないな。昔からやってきたことだし、こいつは恐らく、何人も人を殺めている」


 フレインは長槍の先端を動かなくなった死体に向けた。


「こいつは捌かれないから、ここで悪さしてたわけだし死んでもいい人間だった」


「それでも人の命は命だよ!」


「坊主。お前がいた場所ではどうだったかは知らないが、こいつもお前を殺そうとしていた。なら俺達もこいつを殺そうと戦うのが、生きる者として責務だ」


 フレインの言葉に、僕の口が止まった。

 確かにフレインがあの時、この男を殺さなければ間違いなく僕とミラは死んでいた。


「ん? こいつ・・・」


 フレインの言葉に反応して、視線を向けるとそこには先ほどのフードの男の死体があった。

 フード男の体が段々と縮んでいる。


「まさかこいつ!?」


 フレインはフードを引き剥がすように取ると、そこには白色の体毛をした猪が横たわっていた。

 先ほどまで人の形をしていたのに、地面に横たわっているのは人の形とは似つかない猪だった。


「・・・こいつ、獣人だったのね」


「・・・のようだな。悪いな同胞が迷惑をかけた」


 二人は当たり前のように会話しているが僕は訳がわからなかった。


「えっ!? さっきの人は? なんで猪が死んでるの?」


「このカードを持っていた男は獣人だ・・・獣人は死ぬ時人の姿で死なない。最後は動物の姿で死ぬんだ」


「動物の姿で・・・」


 フレインは悲しそうな表情を浮かべると、夜空に浮かぶ月を眺めた。


「俺達獣人は人の姿で死なない・・・獣人が畜生だと差別している土地もある」


「フレイン・・・」


「辛気臭い話をしたな。さぁ先に進もう」


 フレインは明るく笑うと、山道を進み始めた。

 僕とミラも後に続き歩き始めた。

 この世界に来て知らないことばかりの僕だが、フレインが最後に見せた笑顔は偽りの笑顔だとすぐにわかった。

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