怪しく輝く月
一眠りした後、僕とミラは湖から出発した。
太陽なの位置はちょうど頭上に見える。今は昼頃だろうか。
時計もないため時間もわからないが、まだ日が暮れるまでは時間があることだけはわかる。
舗装されていない、土の道がひたすら続いている。
周りは草と数本の木々が見える草原。春風のような暖かい風が草の匂いを運んでくる。
この風景を見ると本当に知らない世界に来てしまったんだと実感する。
「見えてきたわねあれがベンデガネよ」
ミラの言葉を聴いて、視線を遠くに向けるとレンガ作りの屋根が見える。
まるで西洋の町のような、石で舗装された道に木や石でできた建物が並んでいた。
歩いてベンデガネに入る頃にはクタクタになっていた。
「ハァハァ・・・疲れた」
「あんた体力ないわね」
「ハァハァ・・・久しぶりに動いたからね」
「体力つけなさいな。休むついでに酒場で傭兵を探すわよ」
「うん・・・わかった」
「あと一応念を押しておくけど・・・あんたの身体の中にカードがあることは他の人には言わないでよ」
「なんで?」
「あんたそんなこと話したら身体をバラバラにされて、カード引っこ抜かれるわよ」
ミラの言葉に背筋が凍った。よく考えなくてもわかることだ。この世界は元いた世界とは違う。
警察もいないし、法律だって違うだろう。ましてやカードを狙っている連中だっているのに、カードがここにありますよと申告するのは自殺行為だ。
「・・・わかった」
緊張と恐怖で汗が流れ、口に唾液が溜まる。僕は唾を飲み込みながら首を縦に振った。
酒場にいくために道を歩いていると露店が並んでいる通りがあった。
「あっ!」
露店にある商品を見て、思わず声を漏らした。
ⅩⅤⅢと刻印されたカードが露店の商品棚に並んでいた。
絵柄は見えないが、デザインは力や恋人のように似ている。
「ミラあれ! カード売ってるわよ」
歩いていくミラを引き止めるために声をかけると、ミラは露店をチラっと見て、すぐさまスタスタ歩いていった。
「え!? カード売ってるんだよ。買った方がいいよ」
「あれは偽物よ」
「えぇ!!」
「露店に売ってるカードなんて百パーセント偽物に決まってるわ。それにあんな場所で売ってたら王国に回収されるわ」
「そ、そうか」
ミラはこの世界の情勢や売り方についても詳しいようだ。
その後も露店には似たようにローマ数字が刻印されたカードや、下手くそなデザインの絵が描かれたカードが売られている店があった。
どうやらこの世界は詐欺師が多いようだ。
ミラの後についていくと、お酒の瓶のようなマークが掛かった看板がある建物についた。
ミラが建物のドアを開けると、中から鼻につく匂いが流れてきた。
酒の匂いだ。
中には剣や槍などの武器を持った、男達が座っていた。
筋肉の塊のような大男、身体が傷だらけの武人のような男、見るからな強そうな男達が酒を飲んで騒いでいる。
ミラは特に物怖じせず、酒を飲む男達の間をすり抜け、カウンターの前の椅子に座った。
僕も後に続いて、ミラから離れないようについていく。
ミラの席の前に酒場の店主が注文を訊きに来た。
「ご注文は?」
「腕のいい傭兵かしらね?」
ミラの言葉を聴いて、周りの男達の視線が集まった。
静かになった酒場でもミラは平然としていた。
すると一人の男がミラと僕に近づいてきた。
筋肉が張り裂けそうなほどパンパンな大男だ。
「嬢ちゃん。傭兵を探してるなら俺なんてどうだい?」
「あんたじゃ役不足ね。力しか脳がなさそうだし、ノロマそう」
「なんだと!?」
ミラは何故か大男を焚き付けるような言葉を口にした。そして案の定大男は怒りに顔を赤くしてしまった。
「調子になるなよ! 小娘!」
「まぁまぁ、落ち着けよ。おっさん」
大男が声を荒げると、ミラと大男の間に挟まるように誰かが割って入ってきた。
背中に長槍を背負った、黒い服の男。口元に傷があり、細い身体だが、筋肉はついている。細マッチョという印象を受ける。
しかし、それ以上に目につくのはその姿だ。黒い狼が直立歩行して話しているのだ。
「え!?狼が喋ってる」
「獣人よ。あなた何も知らないのね」
周りの人間も気にするそぶりは見せていないし、ミラも落ち着いていた。
長槍の狼男はニコニコと笑みを見せながら、ミラを庇うように大男の間に割って入ったになった。
「なんだテメェは! どきやがれ」
「まぁまぁ落ち着けっておっさん。おい嬢ちゃん。俺なんてどうだ? 実力は保証するぜ」
「さぁどうかしらね。口だけなんじゃないの?」
ミラの言葉を終えると長槍を持った狼男は、大男の顔面を片手で掴むと、テーブルに叩きつけた。
大男の身体は宙に一瞬浮いた後、バウンドし床に叩きつけられた。
粉々になったテーブルと一緒に大男は、意識を失い倒れていた。
「これで実力があることを証明できた訳だ」
「そうね。でも私を満たすほどの価値があなたにあるかしら?」
「・・・さぁな。これでその価値が満たせるかな?」
長槍の狼男のポケットから何かを取り出すと、僕とミラに見せてきた。
手の中にはカードあった。夜空に浮かぶ黄色の丸い月が水面に写り、それを見る二人の男女が描かれたカード。
「フフッ・・・合格よ。あなた名前は?」
「フレイン・マクナルーガー。フレインって呼んでくれ」
「よろしくねフレイン。私はミラ、こっちはセイよ」
「よろしくお願いします」
僕が手を差し出すと、フレインは少し腰を屈め僕と視線を合わせると手を握ってくれた。
「お代は金貨でいいかしら?」
「あぁいいぜ。それが傭兵業ってもんだしな」
酒場から出た後、道の端でフレインと今後の立ち回りを話すことになった。
「あなたを雇ったのは強盗騎士団を倒すためよ。そのためにまずは山越えをするわ」
「山越え?」
僕の疑問を説明するかのようにミラは話を淡々と進める。
「強盗騎士団の根城は山の中なの。だからこの先のロットマウンテンを超える必要がある」
「なるほど・・・それで俺の力が必要なわけか」
「そういうこと・・・危険だけど夜に出発するわよ。日中だと敵に遭遇しやすいからね」
「了解した。じゃあ出発するか」
フレインは簡単に了承すると、ロットマウンテンのある方向へと歩き出した。
「ねぇミラ。あの人が持っているカードは本物なの? ミラはあの人がカードを持っているから雇うことに決めたの?」
「違うわ。カードを持っている傭兵がいたのは偶然。恐らくカードも本物でしょうね」
ミラは僕の横を歩きながら、フレインに聞こえないほどの小さい声で僕に囁いた。
「だけどあの男は信用しないほうがいいわよ。何があってもね」
ミラの言葉の意味を理解できなかった。何故雇ったのか、何故信用しない方がいいのかわからないままロットマウンテンに向けて歩みを進めた。
夕暮れになるつれて、辺りが暗くなり始める。
空には暗雲が立ち込め星空を隠した。
空には怪しく輝く三日月が昇り始めていた。




