運命の出会い
最後に外に出たのは何年前だったかな。
最後に人と自分の声で話したのはいつだったかな。
もう思い出せない、遠い遠い記憶。
薄れてゆく記憶――。
絵の具が水の中に溶けるように。
煙が空気に混ざるように。
思い出したいようで思い出したくない記憶。
霞のように不確かで、大きな岩のように確かに存在する記憶。
そうあれは苦しみながら生きてきた記憶。
目が覚めて写ったのは見知らぬ天井だった。
木製の天井、窓から照らす心地よい日差しの暖かさ、そして寝具の柔らかさ。
ゆっくり身体を起こし辺りを見渡すと、木製の椅子やタンスなどの家具や花瓶などが置いてある。
本当に心当たりも記憶にもない、本当に知らない場所だ。
そして自分の身体を見てみると服が変わっていた。
白い着物のような服ではなく、青い長袖の服を着ており、黒いズボンを履いていた。
服の下には意識を失う前にあの男につけられた胸から腹にかけての大きな傷が――。
「・・・傷がない?」
服の下の皮膚を触っても傷が見当たらない。塞いだ後もなく、治った後もない。
あれは夢だったのか、それとも現実だったのかそんな疑問が頭の中を覆う最中。
ガチャという音ともに部屋の扉が開いた。
「あれ? 目覚めてたんだ」
そう話しながら見知らぬ女性が部屋に入ってきた。
甘い香りを漂わせる長い金髪、柔らかと滑らかさを両立した肌、外国人のような青い目。
腰には黒い鞭と、何かを入れるためのカードケースのような四角い箱をつけていた。
「えっと・・・あなたは?」
「ああ私? 私の名前はミラ・リキッド。旅人よ」
ミラは自己紹介するとベッドの近くにある椅子に座った。
「あんた川の近くに倒れていたのよ。それを私が助けたんだから感謝してよね」
「は、はぁ・・・ありがとうございます」
状況を飲み込まないまま、お礼の言葉を伝えるとミラは腰につけたケースから長方形の紙を取り出した。
紙というには少し厚くて、長方形の紙。
青い紙にはローマ数字でIIと書かれていた。
ミラは長方形の紙をくるりとひっくり返して見せた。
カードには十字架の首飾りをかけた女性が描かれていた。
手には聖書のような本を抱え、こちらに向けて微笑んでいる。
「あなたこのカードに心当たりない?」
ミラは口元はカードに隠れて見なかったが、こちらを疑うように鋭い目つきで見ていた。
「いえ、ないです」
心当たりがなかったため、当然ないと答える。
襲ってきた男もカードを持っているかと訊いてきたが本当に心当たりはない。
それに襲ってきた仮面の男が持っていたカードと、今見せられているカードは絵柄が違うし、裏に数字が書かれていたかどうかなんてわからない。
「・・・・・・あーそう。わかったわ」
ミラは立ち上がるとベッドの目の前に立ち、カードに描かれた絵柄の部分をこちらに向けた。
「No.Ⅱ 女教皇起動」
ミラが言葉を終えると、カードが緑色の光を放った。
すぐに光は小さくなり、カードは元のなんの変哲もない紙に戻った。
襲ってきた仮面の男が使った時のように魔法陣がどこかに発生するわけでもなく、持っているものが発光するわけでもない。
別に身体に変わったところはない。
「なるほど・・・あなたの身体、カードと一体化してるのね」
ミラの言葉を聴いて、顔を上げるとミラの目が緑に輝いていた。
特に眩しそうにもせず、ミラはマジマジと僕の身体を凝視していた。
「え・・・一体化してる? どういうことですか?」
「あなたわかっていないのね。ひょっとしてカードのことも知らないの?」
首を縦に振ると、ミラは目を閉じて手を額に当てた。
再び目を開けるとミラの目は元の青い目に戻っていた。
「なるほど、ならあなた相当危険ね。カードのことも知らずにカードを埋め込まれるとは」
ミラが言っていることはわからないが、とりあえず何かまずいことに巻き込まれていることだけは理解した。
「このカードには女神の力が宿っているの。このカードの番号と名前を口にして能力が使える」
「女神? 能力?」
「あなた何も知らないのね。仕方ないわね、最初から説明してあげるわ」
ミラは再び椅子に座ると、こちらに身体を向けて脚を組んだ。
「今から百年前女神が地上に降りてきて言いました。この地上に私の力が宿ったカードを二十枚撒きました。私の元へ全てのカードを返しに来た者は、願いを一つ叶えましょうってね」
「・・・女神」
「それからこの世界ではカードの奪い合いが続いているわけ」
「じゃあなんでミラはカードを持っているの? 奪ったの?」
「私はたまたま一枚拾ったの。この女教皇はそのカードで奪った物だけど」
「そのカードの能力はなんなの?」
質問に対して、ミラはカードを唇に当てて怪しい笑みを見せた。
「女教皇の能力は解析と分析。あなたの身体の中のカードもこの能力でわかったわけ。いやーまさか道端に倒れてる人の身体にカードが埋まっているなんてこれがなきゃわからないわ」
襲ってきた仮面の男の言っていたことがわかった。あの男は僕の身体の中にあるカードを狙っていたんだ。
だけどいつそんな物を身体の中に仕込まれたんだ。
そんなことをされた記憶はないし・・・ということは剣で斬られたのは夢じゃない。
「僕の身体の傷、ミラが治してくれたの?」
僕の質問にミラは首を傾げた。何を言っているかわからない。話さなくても顔で訴えていた。
「傷? 私が助けた時にはなかったわよ。服は血だらけだったから捨てちゃったけど、返り血かと思ってた」
傷は始めからなかった。だけどあの痛みと意識を失う前の記憶は確かに残っている。
じゃあ誰かが治療して、そのままほったらかしにした。
いやそれじゃあ傷跡が残るわけだし――。
頭の中に一つの答えが浮かんだ。
「僕の中にあるカードの能力ってなんだったんですか?」
答えは一つしかなかった。僕の中にあるカードが身体を再生させたのだ。
それしか答えが見つからない。だけどさっきカードを見て解析したミラならそれがわかるはず。
「さぁ、わからない。カードの種類と能力はわからなかったわ。あんたの身体が邪魔でそこまで見えなかったわ」
解析できていなかった。
まぁいいか、恐らくカードのおかげだろうと思っておけば一つの疑問が晴れてスッキリする。
「あんたこれからどうする? 行く当てがあるの」
「行く当て・・・」
当然そんなところない。そもそもここがどこかもわからないし、明らかに元いた場所とは違う。
元いた場所は・・・どこだっけ? 思い出せない。
ここではないどこかということはハッキリとわかるのに、それがどこなのかはわからない。
まるで自分の記憶を吸い出されてしまったような、誰かに記憶を消されてしまったような。
「行く当てがないなら、私と来る?」
突然の提案に迷わず首を縦に振った。
それしか答えが見つからなかった。
「そうならこれから仲間ね。私もカードが一つ手に入って利益があるし」
ミラが手を差し伸べ握手を求めると、僕はその手を取って力強く握る。
お互いの同意が得られたという行動による証明。
ミラの手の暖かさが手に伝ってくる。
久しぶりに人の体温を、暖かさを感じた。
懐かしい感覚。
いつも僕の手を握ってくれた人がいたような気がする。
顔も名前も思い出せないが、確かにいたことだけは身体が覚えている。
「そういえばあなたの名前聴いてなかったわね。名前なんていうの?」
名前は全て覚えていない。
でも手を握ってくれた人が、声をかけながら名前を呼んでくれたことをぼんやり覚えていた。
「・・・・・・セイ」
「そうよろしくね。セイ」




