終幕: ……そして、更なる未知へ
きっと鬼人殿の脳裏にも同じ言葉が響いたのだろう。 控えめに、鬼人殿は言葉を綴る。 何か起こったのかを正確に知るには、彼の持つ情報では十全では無いのだろう。 だから、言葉による状況の説明は必須だ。
「いけそうか?」
「取り敢えずは。 後はサーバント族の判断がどの様なモノに成るかが…… 今後の焦点だと思う」
「このまま、此処に居て状況の推移を眺めるか?」
「我等が持ちませんよ、鬼人殿。 少なくとも私は限界に近い。 帰還しましょう。 どのみち、此処に居てもやる事が無いのですから」
「だな。 分かった。 おい、ベータ。 後は頼んだ。 決して、アレを目覚めさせるな。 現状、誰にも対処も制御も…… 滅する事さえ出来ねぇ」
「承りました。 コクーン内部の観測機器の再稼働を実施。 内部の破壊は現状維持で、コクーンの機能回復を優先。 主は…… 現状維持…… 眠っておられるのですね?」
「あぁ、安らかに深く、深く眠っている。 起こさぬ様にな」
「了解しました」
無機質とも云える回答に苦く笑いが浮かぶ。 こっちの『三位一体』は、本当に機械の様だ。 まぁ、直接ご主人様の世話をする生ゴーレムは違うだろうが、そんなものだろう。 しかし、また謎は深まった。 誰が、魔力の汲み上げを指示したのか。 誰が、この状況を誘導し、作り出し、看過したのか。 何かしらの作為を感じてしまった。
色々と推移を確認せねば成らない。 鬼人殿も同様だろう。 しかし、我等の手持ち時間も此処までだ。 マスクは目詰まりを始め、魔力過多症の症状が出始めている。 これ以上この場に留まる事は死活問題となる。 故に私はベータに命じる。
「ベータ、地上に帰還する。 各隔壁は我等が通過後閉じよ。 堅く、繭を護れ。 “ 監察官 ”は、現状を容認する」
「命令受諾。 お任せあれ」
「頼んだ」
鬼人殿と私は、そのまま制御室を後にし、歩みを止める事無く運搬車の所まで戻る道を辿った。 周辺は騒々しく、幾多の作業用の金属ゴーレムが動き回っていた。 見る間に、壊れている部分の修理や、薄汚れている場所の清掃が完了していく。 其処は既に廃墟では無く、復興途中の公的施設とも云える。
高濃度の魔力が満ちる中でも、作業用ゴーレムは誤作動を起こす事無く粛々と行動を遂行している。 つまりは、この状況下に既に調整されているという事なのだろう。 いや、最初からか? 鬼人殿も面白げにその情景を眺めていた。
「相当昔から、こんな感じだったんだろうな。 溢れかえるイドに順応してやがる。 しかしな…… 少々気に成る事が有る」
「私も少々気に成りました。 何が此処までの魔力の汲み上げを許容していたのか。 何が制限を取り払い、繭から溢れ出す様な『魔力』の汲み上げを許容させていたのか」
「だな。 その辺が問題の中心と成るだろうしな。 まっ、過剰分のイドは今後汲み上げを注視するだろ? 必要不可欠な量だけの汲み上げと、イドの漏れの防止。 あのベータって奴がまともなら、その辺はやるだろうしな」
「確かに。 これで…… 魔力の過剰汲み上げは止められるでしょうか?」
「おそらく……な。 森のイド濃度も、時を経て徐々に落ち着く。 流水が、空間イドを溶かし込みながら、流れやがて星に戻る。 大循環が生きていればな」
「そうなるでしょうし、そうならなければ、困ります」
「推移を見詰めておかなきゃならんな」
「確かに」
「その役目、誰がするんだ?」
「サーバント族では?」
「その結果が此れだぞ? 外部の目も必要だ」
「…………嫌な予感がします」
「俺もだ。 取り敢えず、地上に帰るか。 話は、それからだ」
朋ならば、もう少し、もう少しと此処に居たがるであろうな。古代の英知の結晶たる場所でも有る。 だが、私達には時間が無かった。 好奇心は猫をも殺すのだ。 帰還して…… 更なる折衝を行わねば成らないのだ。 サーバント族との…… 『古エスタルの民』の遺志との……
帰還路は、何の問題も無かった。 あのナトリウム灯のような柿色の非常灯は既に白色灯に変じていた。最終隔壁である第十隔壁には、大量の作業用ゴーレムが取りつき、なにやら盛大な音をさせて修理している。
斜行エレベーター上には、非常用通信機が鎮座しているが、その側に一人のサーバント族の侍従の姿があった。 非常用通信機の停止作業でもしているのか? 制御盤に取りついて、なにやら色々と弄っていた。
「何をしている」
「宛:監察官殿 ベータよりの指示にて、接続を切断。 今後、この機器の使用は禁じます。 動力供給方法が、危険に過ぎます。 上部トリニティも承認済み」
「確かめる」
「了承」
私はベータを介した通信を開く。 サーバント族の執事に状況を伝える。 即座にその旨への返信が来る。通信は非常に良好で、雑音の無い言葉が脳裏に浮かび上がる。 状況の説明は下部サーバントより報告を受けていたらしい。 緊急の事でもあり緊急停止の了承はしていたとの事。 非常用通信機の動力関係については、想定が甘かったらしく、かなりの過負荷状態になっていた…… と陳謝を受けた。
その報告は、我等の心胆を寒からしめるに至る。
追加の状況確認として、現状、繭の状態の改善は、未だ進行していない。 が、下部「三位一体」の復旧は、思った以上に早いとの事。 状況は、『混沌』から『制御下』に戻りつつあると言うモノであった。
「……クソ危ぶねぇな。 下手こきゃ、大爆発ってことだった…… だって?」
「そうらしいですね。 下部には下部の独自の技術ツリーが発展したと…… そう考えてもいいかと思う」
「隔絶した時間が長すぎたんだな。 しかし、まぁ…… 本当に命懸けと云う事だったか」
「確かに…… 薄氷の上の成功と云うやつですかね」
「一つ、何かの間違いが『起こっていた』なら、俺たちゃ『おっ死ん』で、『世界は崩壊』していた…… ってか? 怖えぇな、おい」
「確かに」
下部サーバントの侍従の作業は、幾許も経たない内に終了した。 要は使用禁止の上、封印作業だったのだ。 そうなるだろうな。 過負荷が『蓄魔池』にとって致命的な危険を孕むのは、分り切っている事だし、地上や我が故郷では有り得ない、『充魔器』による、過充魔などと云う事が、この場所では簡単に起こり得るのだからな。 空間魔力量が高すぎるが故に発生する現象なのだ。
新たな技術ツリーが必要な訳だ。 勿論、我等には必要もない技術だがな。
準備は早々に整い、斜行エレベーターの運用問題が解決された。 ここに人族や鬼人族は長くは留まって居られないと、そう上部サーバントが進言してくれたのかも知れない。 監察官は、あくまで一時的な探訪者で、恒久的に駐在するモノでは無いのだ。 その点を下部サーバントも理解しているのだ。 先程の下部サーバント族の侍従の姿があった。 軽く会釈をし、我等に告げる。
「ご用意が整いました。 敷設された通信線は此方で廃棄いたしますので、そのままで。 お役目、お疲れさまでございました。 機会あれば、またお目に掛りたいとベータから言付かっております」
「修理、ご苦労様でした。 機会……は、無い方が良いと思われますが?」
「本来ならばそうですが、状況が状況ですので。 サーバント以外の意見が頂きたくも有ります。 そして、その適任者はお二人以外、考えられないとの事」
「……考えておきます」
「…………まぁ、そうなるか」
私達は、大きな溜息と共に現実を受け入れざるを得なかった。 アレを見てしまったのだ。 その保全と今後については、我等の意見も必要と成る。 古エスタリアンだけでの話では無くなったのだ。 故に…… 了承せねば成るまい。
そのまま、斜行エレベーターの床面に立つ我等。 その床面から歩を進め制御フロアの玄関ホールらしき場所に戻る、下部サーバント族の侍従。 彼は、距離を置いてから振り向くと、深々と礼を此方等に捧げて来る。 我等は軽く手を上げ、それに応える。
「よき道行を。 お役目、お疲れさまでした」
「ありがとう。 良く主の状態保全に努めてほしい」
「御言葉、承りました。 ベータ以外のトリニティも覚醒の兆しが御座います。 全力を以って、御言葉に従いましょう。 それでは、いずれまた」
「その日が来ない様に祈っている。 じゃぁな」
「それでは、失礼する」
音も無く、滑るように斜行エレベーターは上昇を開始する。 第十隔壁を越える際には、少々がたついてはいた。 隔壁も、往路の時よりも、余程滑らかに閉じていく。 斜坑隧道の中は、真昼の様に白色灯が照らし出していた。 第六隔壁以前の道行と同じように。
登りの道行は、下りよりも遅い物だと思っていたが、そうでは無いらしい。 等速で動く斜行エレベーターは、下降時よりも早く…… 各隔壁間を通り抜けていく。
「特急運転って奴か? 途中階には止まりませんよ! ってか?」
「確かに、その様な雰囲気も有りますね」
「俺達だけな上に…… もし、奴等の主人とやらがコレを利用して地上に出るって事を考えたら、早くてもおかしかねぇな。 あぁ、とっとと、陽の光を見たいもんだぜ」
「それは、そうなのですが……」
「サーバントの金床野郎と…… 話し合いをせにゃ成らんか」
「その必要は大いにあるかと」
「長い事、待たされないのだけは、有難いがな。 そろそろ、仲間達の様子も気に成るしな」
「私も残置部隊の者達が気にかかります」
なんにせよ、このままでは捨て置けない。 未来に光を。 その取り掛かりだけは付けられたと思う。 ならば、今後の指針を模索して置かねば成らない。 必要ならば、取り決めも作成せねば成らない。 既知の危機に対し、十全なる理解をして貰う必要があるのだ。 古エスタルの民や、それを保護するサーバントだけの問題ではないのだ。 故に、取り決めは必要と云える。
——— 何をどう規定するのか。
……いや、その前に、この事態に陥った原因を探らねば成らないかもしれない。 同様の事が起らないとも限らない。 未然に防ぐには、その根本原因を見つけ出し、排除せねば成らない。 誰が、どんな干渉をしたのか。 上部三位一体が機能不全を起こした原因を特定せねば…… その背後にどの様な『思惑』があったのかを白日の下に晒さねば……
未来への光は潰えるのだから。
そして、それは上部サーバント達との交渉に依存する。 彼等をして、説得できねば、そして原因を解明できねば、我等に未来はない。 混沌とした状況下、誰もが知らない真実を得るための……
この世界の趨勢と、未来を掛けた、交渉となる事だけは……
——— 確定した。
第二部 第二幕 後編: 終幕
第二幕 後編 此れにて閉幕と成ります。
閑話を挟み 第三幕に物語は進みます。 『世界の理』への到達。 安寧への道を模索。 この世界が内包する危機。 英雄や勇者では無い『モブと道化師』が、その役目を果たした終えた時、世界には何が齎されるのか?
乞う、ご期待!
SF(少し不思議)ですよ~ ファンタジーですよ~ 異世界転生譚ですよ~
楽しんで頂ければ、幸いです。
龍槍 椀 拝




