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辺境の漢の祈り

 

 私達が目にしたモノを、状況の把握を希求する者達へと送る。


 これ程の状況である事は、流石にサーバント族も考えていなかっただろう。護り、保護する対象が、既に生き物として違う段階に変容してしまったのだ。喩え魂が同一であろうとも、既に同質では無いのだ。いつの頃からこの様な変容が起こったのかはわからない。


 それは、『(コクーン)』自体を守護する『三位一体』のアーカイブが記録しているのだろうがな。 私は思うのだ。 疑似生命体、魔法生物といえる『サーバント族』を生み出したような倫理観を持つ古エスタルが民は、自身の変容に付いてもある程度は許容していたのではないかと。


 繭と云う閉鎖空間での生存を考えると、自身を変化させねば千年の時を越える事など無理だと判断したのかも知れない。 進化という本来ならば『万年単位』を経なければ起こり得ない現象を『魔力(イド)』と云う、『星の根源たる力』で加速させてしまったのだろう。本当に……『魔力』とは本当に恐ろしい物だ。


 見たままをサーバントの執事に伝えると、通信機越しに絶句したのが判る。 当然だろうが、この先どうすれば良いのかを判断して貰わねば成らない。 我等とて、長い時間をこの場で過ごす事は出来ないのだから。 あちらでは、種族会議が瞬時に行われ、あちらの最高意思決定機関の『三位一体(トリニティ)』が結論を出し、彼等からの要請があった。 自閉症状態で自我を護っている、此方の『三位一体(トリニティ)』を呼び覚ます事を第一義に置く。 主制御装置の再起動と、自閉症モードの解消と覚醒が主眼と成った。


 ——— 溶け切り裂かれた部分は、取り敢えずそのままに。


 要請に従い、生きている機器を見て回る。制御室の半分は完全に作動不能であった。 サーバントから送られてくる通信で、幾つかの確認を行った。 鬼人殿は壊れ動かなくなった機器を裂け目の近くに移動し、不測の事態に対応してくれていた。 裂け目から落ちないようにバリケートを築てくれたり、私の護衛の様に得物を以て周囲の警戒に当たってくれたのだ。


 既に、裂け目から下方を直接眺める事は出来なくなったが、観測窓はまだ幾つかある。


 状況の変化は、まだ観測できるのだ。 幾つかの機器が、動力を遮断している事が判明した。 特に重要とおぼしき回路が、過負荷を受けて自己遮断していた。 補器側は辛うじて非常用の動力供給を受けていた為、最後に命じられた『主からの命令』を、繰り返し発信していた…… と云う事だった。 つまり、あちら側のサーバント族の予測が正鵠を射ていたと云う事だ。


 主幹装置の主回路復旧は、手順が有るらしい。


 先ずは主動力の復旧が必要らしい。 通信でその手順を確認。 その情報を踏まえ、壊れている場所を迂回するかのように設定する。 迂回路などはサーバントからの指示に従う。 前世の記憶が無ければ、何を言っているのか判らなかっただろう。 しかし、その手の話は工場勤務に長年費やして来た前世の私には、至極当たり前の手順でしか無かった。 漏洩する場所は判っている。 切り離しも其処迄難しい事は無い。 機器の過負荷を避けられるように、被害を受けている制御機器には動力を遮断したままとし、主要な所に流す様に整理するだけだ。


 主幹装置そのものへの被害の確認も行われた。 外部からの観測により、『三位一体(トリニティ)』の本体は隔離状態を維持し、損壊は見られないと云う事だった。 しかし、機能するのは一体のみ。 それが自閉症状態で身を護っていると云う事。 取り敢えず、その一体を呼び覚まし、他の二体の復旧を果たしてもらう事が決定されたらしい。 その為の機能も有していると、サーバント族は誇らしげに告げて来た。 まぁ、それはそうだろう。 その為の『三位一体(トリニティ)』なのだからな。 


 生きている制御卓(コンソール)に座り、主動力の再稼働に着手した。 必要な情報は、サーバント族の執事から適時送られてくる。 私は、その指示に従い制御卓(コンソール)打鍵盤(キーボード)を叩くだけ。 必要とあれば、必要な個所に向かい、壊れている機器への入力を切る。


 ここで、技巧『工人』が生きて来る。

 破断面を成端し、丸め止める。

 損壊している機器から切り離す。


 手業が必要な所は、幾種類もの汎用工具や専用工具が無ければ、普通ならばできない。 が、私には『工人』の加護持ちだ。両手さえ有れば事足りる。 反対に、主回路の切断は、制御ユニットを切り離すだけだ。 何らかの制御ユニットが挿入された(ラック)の封印解除キーを制御卓(コンソール)に打ち込み、頑強に閉じられた扉を解放する。 (ラック)には、十段に及ぶユニットが整然と並んでいる。 解除は簡単だ。 ユニット横に有る解放機(パージユニット)を起動するだけ。 (ボタン)一つで済ませられる作業に他ならない。



 遠い前世の記憶の中で見た、映画の一シーンが脳裏によみがえる。 同じような非常灯の元、アレは宇宙空間を征く船の人工知能を停止する為だったか…… 諧謔味を感じる。



 たったそれだけの事なのだが、鬼人殿は、目を丸くして見ていた。 彼もまた、同じ映画を知って居たのか、ぼそりと呟く。 その言葉には、完全に同意する。


” HAL(ハル)かよ…… なんだ、こりゃ ”


 必要な動力は、定格の三分の一。 不必要な場所には、動力を経路を設定せず、三位一体の生きている者の所にのみ流す様に。 過剰に動力が供給されないように。 必要以上の入力は、受け皿を破損しかねない。 沈黙していた主動力発生器(メインリアクター)の再稼働に、稼働していた予備動力からの動力を接続、励起状態からの始動。発電なのか魔法系の動力なのかは知らない。 鈍く重い音が、肚の底に響いて来る。 徐々に音が高くなるが、それは想定内。 古エスタルの数字だけは読み取れる私は、確実に動力が戻って来た事を確認できた。 突如として、赤い非常灯から通常であろう白色灯に切り替わる。 



「おっ、直ったのか?」


「まだ、動力が戻ったに過ぎんよ。 三位一体の内の一体を呼び起こす作業に入るぞ」


「頼んだ。 俺には分からん」


「難しい事は無いんだがな」


「得手不得手が有るんだよ」


「……そうか」


「そうだよッ!」



 苛立たし気に、何かを蹴る様な動作をする鬼人殿。 幼子が自分の思い通りに事が運ばない時にする様な仕草に似ている。 いや、鬼人殿? 貴殿はもう大人なのだろう? それは、どうかと思うぞ?


” なんだよ、俺は能無しなのかよッ! ”


 私の背後に立ち、作業そのものを視ていた鬼人殿がそう嘯く。何を言ってやがる、お前も前世の記憶持ちだろうが。何が能無しだ。 貴殿が居なかったら、此処までこれ無かったんだ。 要は適材適所って事だ。 ……得手不得手と云う事は私も理解できる。 荒事に特化した鬼人殿はこの世界の人格に相当引き摺られていると見える。 ……出来る者がするんだ。異存はない。制御卓(コンソール)に戻り、サーバントに進行状況を伝えた。

 最終段階に到達したのか、幾つかの『覚醒コード』がサーバント族から送られてきた。 疑問が浮かび上がる。 十二桁に及ぶ『解除コード』を手入力で入力するのは、少々不安が残る。 まして、古エスタルの文字すら混じっているのだ。 そこで、彼等に通信機を通して問い合わせる。 通信線を使って入力すればよいのではないかと私が問えば、それは出来ないと答えられた。



 “権限を持つ、『人』の保守点検要員が、制御卓に於いて、直接入力せねば成らない事柄の一つです。 システムの根幹ですので、外部からの入力は権能を有する者しか操作を行えない様に設定してあるのです。 この様な状況を想定していないのですよ”


「成程。 ならば、理解も出来る。 ……それでは、始める」



 手順に従い、自閉症状態を解く『覚醒コード』を制御卓(コンソール)からの入力を試みる。 専用の入力画面を立ち上げ、幾つかの覚醒コードを制御卓から打ち込む。 制御側で、入力された『覚醒コード』の検証と承認が実行される。


 ……沈黙が続き、不安を覚える。


 初回起動では無く、堅く自身を守っている、自閉症を患った人工知能。 外部からの刺激により、覚醒する為には、長いプロトコルが必要なのだろう事は想像出来た。 制御卓のモニターに、幾万行のプロトコルが流れていく。 この様な事態は想定していたが、あまりにも長い。 待つ身にとっては、永遠とも思える時間が経過する。


 上のサーバント族も事態の推移を見守るしかない。 堅く自身を守っている自閉症の殻を『揺り動かし』、目覚めさせる手立ては全て打ったのだ。 故に、こちらの『自閉症を患った人工知能』が、自身で覚醒するのを待つしか無かった。


 時は経つ。 渺渺たる風の音だけが、その場を支配している。 鬼人殿も、此処は我慢時だという事を察知して、沈黙を守り続けていてくれている。 裂け目から覗く、水平に広がる大空が視界に入る。 私の目には、紅く染まっているが、きっと澄み渡った青い空なのだろう。 両手を組み、その青空である場所を仰ぎ見る。


” 神様。 どうか、どうか、彼の者を目覚めさせてください。 この益体も無い状況下に於いて、最後の希望そのものなのです。 ”


 辺境の漢が、神に祈る。 希求する。 これが如何に稀な事なのか。 『みだりに神の名を唱えるべからず』という、辺境の常識が厳然と存在するのだが、祈らずにはいられなかった。 人事は尽くした。 天命を待つ間、我等ちっぽけな『人』には、祈る事しかできないのだから。



         ——— § ———




 ——— それは唐突に始まった。





 機械的な合成音声が耳朶を打つ。 いや、脳裏に響いた。 そう、此方のモノにも既に【念話】の術式が伝えられたのであろう事は想像出来た。 サーバント族は明らかに、『対話』の意思を持っていたのだ。 喜ばしい事だ。 祈りが神様に通じたのだろう。 奇跡としか言いようが無い。 だが、その言葉は、私の脳裏にハッキリと、そして厳然と存在した。



「宛: 状況改善の為、外部環境保全『トリニティ』より要請来訪されし監察官殿。 監察官殿、私は、コクーン管理主幹装置、トリニティが内の一体。 固体名“ビシュヌ(維持)”。 自閉症状態を解除確認。 状況の確認と整理を行います。 監察官殿、 わたくしの事は、『ベータ』と御呼び下さい。 御命令を」


「主経路接続の確認。機能回復を認む。  よろしい、ベータ。 外部の『三位一体(トリニティ)』との通信を回復し現状を報告し本来の業務を遂行して貰いたい。 ……監察官より発令:外部三位一体との通信を行い、現状の報告を開始。順次、他の二体の『三位一体(トリニティ)』を再稼働させよ」


「ベータ、了承、承認。 命令復唱:主人たちからの予期せぬ攻撃により、機能停止した施設群を再稼働。 コクーン内の状況を確認しつつ適切な管理に移行。 破壊された場所、管理が行き届いて居ない場所を逐次修復。 外部『トリニティ』と主通信は再開。 非常用の独立通信系はコレを切断。  此れより復旧作業を始め、常態業務に移行。 ……監察官殿への通信は、私が中継します」



 合成音声が流れる制御室。 鬼人殿は大きく息を吸い、そして、ゆっくりと吐き出した。 いわば薄氷の上の平穏。 今後の状況推移も今は判らない。 だが、サーバント族の主人がアレだとすると、もう彼等は誰かに仕える者では無くなったと云えまいか? 彼等は既に魔法生物にして、長き年月を経て自我すら獲得しているのだ。






 今後も、我等と意思の疎通を図って呉れれば嬉しいのだが……






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― 新着の感想 ―
なんか昭和~平成だな~
三位一体の一つは「ビシュヌ」ですか。 じゃあ後二人は「シヴァ」と「ブラフマー」ですかね。
鬼人殿から見たらやっと魔王の居城に着いたとおもったらポッと出の三男が全部持っていった形になるからまぁ面白くはないよね… 前世の同郷人に出会って甘えている節もあるのかもしれない
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