『提案』の背景
言葉を介し、相手が思わぬ方向からの思考を強要する様は、外交と云う名の他国との折衝の時に有用な手でも有るのだ。
軍史を紐解くならば、調略や離間反間の計に属する物。個にして全、全にして個の存在ならば、思考も画一的となる様な物だが、滅びに向かって邁進するような愚を、彼等の創造主は許していなかったものとみえる。幾つもの思考的安全装置が、群体としてのサーバント族には備わっていたと…… そう、考えた方がよさそうだ。 静かに、深い声音でサーバント族の初老の外見を持つ個体は、言葉の続きを紡ぐ。
「私達の主人の元に…… 『繭』へと、向かって頂きたい。 そして、その場で幾許かの“修理”をして頂きたい。 状況は混沌としているのです。 『三位一体』が何故、長きに渡って我等全てに情報を伏せていたのかは、古い記録からも分かりません。 主より秘匿指示が出ていたのかも知れませんが、それでも尚、各種の思考行動規範には、状況を看過する様な条文は何処にも無いのです」
「その状況と云うのは何だろうか?」
私は、彼が紡ぐ言葉の意味を知りたかった。 サーバント族の最高意思決定機関が本体でも有る群体に何を隠蔽していたのかを、知りたくなったのだ。 聴いて悪い事では無い。 状況を知らねば、サーバント族の『提案』に乗るべき理由も無いのだ。 鬼人の彼も、私と同じように興味を抱いている。 ともすれば瓦解する様な、暫定的和平が揺らぐ危機的状況下。 彼等は文字通り自身の命を掛けた『折衝』となっているのだから、真剣そのものなのだ。 故に、我等はサーバント族の言葉に耳を傾ける。
「『三位一体』は言いました。 我等は、主と長い間…… “ 意思の疎通が出来ていない ” と。 『繭』からは、定期的な命令が入ってはいるのですが、ひたすら要求物の必要量の指示拡大ばかり。 まるで、最後の主の命令を反復発令しているが如くにです。 『複利の割合増し』での要求ですので、喩え極僅かな増加でも、幾十、幾百年もの積み重ねでは、膨大な総量と成ります。 汲み上げる『イド』もそうして拡大して行きました。 命令には『厳守』の文字が、『記録』に刻まれておりました。」
一息をつき、言葉と閉ざすサーバント族の初老の外見を持つ個体は、溜息をついた後、躊躇いがちに続きを口にする。
「『三位一体』はその意を受け、何の疑問を持つ事も無く、命令を実行したに過ぎません。 長き時を経て、貴方達がこの場所に表れた。 それも、同時に…… そして、問われた。 私どものは『その意』を上位存在に伝えるべきだと判断しました。 『三位一体』の一体が、我等の問いに対し、自身の使命に…… 『主の命令』に疑問を呈したのです。 “ 世界の崩壊を齎す様な命令は、本当に主人からのモノなのか ” と云う、我等にとって根源的な存在意義を問う言葉で、頑なな他の二体の『三位一体』の頑迷な思考を論理的かつ監察結果の傍証と共に粉砕しました。 ……故に、貴方達に『提案』します。 『繭』に於いて、その保全制御室に於いて、何が壊れ、何が引き起こされているのか。 そして主の生存と現状を、其の目で確かめて頂きたい。 こちらからの呼びかけに回答して頂けない『主』。 我等が創造主の方々の現在の姿を…… お調べいただきたいのです」
「貴殿等が赴く事は出来ないのか?」
「自身で、主人とやらと面と向かって文句を言えばいいんじゃねのか?」
視線を落とすサーバント族の初老の外見を持つ個体。 その瞳には憂いと諦観が浮かぶ。 まるで爺が、昔を思い出し、悔恨の念に駆られている様な表情だった。 深い理由でも有るのだろうか? サーバント族の初老の外見を持つ個体は、言葉少なに状況を口にする。
「禁じられているのです。 『繭』から、ある一定の距離までしか、我等には侵入を許可されないのです。 『繭』に至る道は一本切り。 その保全は、第一義に定められておりますが、第六隔壁以遠は、我等の職掌から外れます。 基本行動命令に深く刻み込まれた、『最重要特級遵守規定』となっているのです。 よって、我等はあの場所に近寄れぬのです」
「つまりは…… あぁ、そうか反逆予防か。 群体が主人に対し反意を持った場合を想定して、物理的に近寄らせねぇ為の措置か。 まぁ、人工知能の反意なんざ、想定して然るべきだしな。 まして、この状況下だ。 この無茶苦茶な『空間イド濃度下』なんだから、人工物とはいえ、仮初に命を与えた人工生命体の大変容が起こり得るんだからな。 意識と知恵と知能を持った者達が、創造主に反して革命を起こすシナリオってのを、織り込んでいたって訳だ、オメェらを作り上げる時にさ。 ……オメェらの主人は、そこまで考えて、人工生命体を作り上げたってこったな。 オメェらのご主人さまって…… まるで『神様』じゃねぇか」
「『神の名』を、みだりに唱えるべからず…… ですよ、鬼人殿。 サーバント殿。 貴殿の主たる『古代エスタルの民』は、神に挑戦したのでしょう。 命を生み出す…… それが魔法生物という形態であろうと、我等が国では禁忌に相当します。 それが罷り通っていたと云うのは、個人的には恐ろしいと感じてしまいます。 しかし、それは古代エスタルと云う国家で、容認されていたのならば、我等が尺度で語るべきではないでしょう。 実際、何も出来ないのですから、在るがままを受け入れるしかありません」
不思議な沈黙が我等の間に落ちる。 過去と現在が交錯する、この交渉の場。 現状認識、過去からの理不尽な要請、不可解なるサーバント族の主人からの命令、社会規範に関する様々な疑問…… 鬼人殿と私の間には、サーバント族とその主人の間に、歪な関係性を見ていた。『主人と奴隷』とも云えるのか。 狂った主人に、忠実に従う者達。
そこには正義も無く、考察も無く、未来を見据えた舵取りも、今後どのように生きていくのかの展望すら無かった。 鬼人殿は生存を賭けておられる。 我等も又、この世界で生き残る事を掛けて、『探索行』を密勅として行動してきた。 故に、サーバント族の『主人の命令』をただ実行して来たと云う、問題行動に疑問を呈したのだ。
——— 概念は一時、横に置く。 現実を見て、サーバント族の『提案』に関しての質問をする。
「ところで、『繭』とは、意思の疎通が取れていないと、言われた。 しかし、命令は受領されている。 この矛盾した状況を確認したい。『繭』との『通信』は生きているのですか?」
「あちら側からの指令は、定期的に届いております。 つまり、通信線は生きております。 しかし、こちらからの呼びかけには、一切応じて頂けない。『繭』内にも、我等と同等のサーバントの主幹装置は存在しております。 第六隔壁以遠、『繭』に至るまでは彼等が職掌となります。 が、その彼等に対しても、通信は途絶しているのです。 秘匿された、最高機密がこの度の『邂逅』により解かれました。 『三位一体』の情報開示は唐突で、我等の職位以下の同位体達も驚いておりました」
「……そうですか。 第五隔壁以遠のサーバント族は敵対してくると思いますか?」
「侵入を禁じられているとはいえ、相互監視は現在も続いております。 機能が完全に停止した訳でも有りません。 観測は可能なのですが、第十隔壁以遠の『繭』自体は彼等の職掌であり専権事項なのでこちら側からの確認、干渉は不可となっているのです。 ですが、元は同一体ですので、此方の符牒は生きております。 よって、敵とみなす事も有りません。 保守点検要員として、古代エスタルの末裔たる、主人と同根の種族に『状況調査の依頼』を此方が願い出たと証せば、あちらも受け入れざるを得ません。 前提として、あちら側の主幹装置が機能不全を起こしては居りますが、『活動』しているとしての話ですが…… 状況は混沌としております。 万が一を鑑み、戦闘力の高い者が帯同せねば成りません。 更に、此方との交信が可能となる様、仮設の『通信機』の設置を頼める方…… 簡易的に、通信線を繋ぐ事が出来る方…… が、必要なのです」
「だから、俺達なんだ」
「それで、私達なのか」
…………状況は、理解し得た。 意思の疎通が出来ていないのだ。 あちら側からの命令は届いているので、一部機能は残ってはいるが、通常行われるような意見の交換や、避難所の状況などは一切入って居ないと云う事。 はてさて……
何処まで、壊れている事やら。
古エスタルの末裔たちの避難所。 その中に逃げ込んだ者達が、今どのように暮らしているのか…… 私には皆目見当がつかないのだ。 故に確かめに行かねば成らない。 其処が死地に近しい場所だとしても。 そして、この世界に棲む我等の未来に『光』置く為にも……
——— 征かねば成らないのだ。




