征く道を突き抜ける
「どうした?」
「何を…… 御作りに成られました?」
「弓だが?」
「弓? ですが…… 狩猟弓程のモノを考えておりました。それにそれは…… あまりにも……」
「鏃に針を束ねた矢柄を打ち出すのだ、それに、魔動線も曳く。 矢は重く、強い弓が必要と理解したが?」
「見るからに、その弓は古代遺物です。明らかに強弓に過ぎます。私に…… 引けるかどうか……」
「そうか? かなり華奢な弓だが? 朋より下賜された金属塊で作り上げるには、この程度しか作成できないのだ。 そこまでの強弓とも言えないと思う。 我が佳き人よ、試してほしい。矢柄も既に用意してある」
「ぎょ、御意に。 それが私の大切な方の『お望み』とあらば…… それでも…… しかし…… コレは……」
手渡した長弓の調子を見る為に、軽く弦を引く我が佳き人。 なにやら、顔色が変わっているのが、心配でも有る。 気に入らなかったのか? それとも、予想よりも弱かったか? 彼女の口から漏れる言葉を聞き逃すまいと、聴き耳を立てる。
「指揮官殿……」
「どうした」
「引き切れません。この強弓は、過剰に過ぎます」
「それは、どういう意味だ? 使った金属塊は限られていたのだ。 それを私の工人の『技巧』で作り上げる事が出来たまでだが? それ程に、引き辛いのか? 無理なのか?」
「大切な貴方…… もう直ぐ防御壁も立ち上がり、銃眼も穿たれましょう。 時間も有りません。 最初から、こうなる事も予想しておりました。 分りました…… 如何にか、この弓を引けるように致します。 矢をお渡しください」
「無理はさせたく無いが、時間も限られている事だ。 後学の為に聴きたい。 何が良くなかったのか?」
「あまりにも強すぎるのです。 ……此度、一度きりとして死力を尽くします。 我等が道を征く為に、必要な事なのでしょう?」
「あぁ、兵を徒に、危険に晒す訳には行かぬのだ。我が佳き人も、私の心は理解していると思いたい」
「それは勿論。 承知いたしました。準備いたします」
防御壁が立ち上がり、所定の場所に銃眼が穿たれる前に、幾度か硬質な弦音が周囲に響いた。我が佳き人の全身から、薄っすらと碧緑の光を帯びた魔力が漏れ出している。 ふむ…… アレは彼女の【身体強化】だったな。 いや、まて、あれ程の【身体強化】が必要なのか?
そんな私の当惑を他所に、工兵隊から準備完了の報告が上がる。 銃眼の前に射手隊と観測隊が陣取った。その中に我が佳き人も含まれている。
——— さぁ、いよいよだ。
「諸君。 諸君等の勤勉なる作戦準備遂行に感謝する。 これより、討伐撃滅戦を開始する。 各員、所定の場所に付け。 発令;打通作戦開始」
———
隣接する区画への隔壁扉。 今は防御壁に覆われその姿は見えないが、制御用の金属板は露呈している。その上に自身の手を置き、練った魔力を流し込む。 検証と承認を経て隔壁扉は重い音を響かせ、進行方向に押し込まれ、そして左右に開き始めるのだ。
私の立つ位置からは見えはしないが、銃眼に取りつく射手、観測手からは隣接区画の様子が手に取る様に眼に映る筈だ。たとえ、隣接区画の魔法灯が灯らずとも、彼等の兜に装備されている索敵魔道具が魔物達の体内に凝縮した魔力を視界に収めている筈なのだ。
目標は過たず、彼等の視界に収められる。 そして、溜息の様な射撃音が幾重にも重なる。
パシュ、パシュ
パシュ、パシュ
密やかな音は、悪鬼の溜息。 一つの溜息が落ちるとともに、一体の飛翔系の魔物の命がこの世から消え去る。致命部である頭部への射撃。突然、隔壁扉が開く音がしたかと思ったら、未知の攻撃に晒された魔物達は成す術も無くその命を奪われる。非道では有る。悪鬼羅刹が如き暴虐とも云える殲滅戦では有る。だが、此方も生き残る事が使命なのだ。 命を奪う罪深さに、怯んでいる時では無いのだ。
各個撃破により、洞窟魔蝙蝠相当の魔物の群れは、その数を減じる。混乱と錯乱が隣接区画の暗闇の中に響き渡るが、その阿鼻叫喚の無差別な絶叫も沈黙に置き換わるまで時間は掛からなかった。
「掃討終了。 動的輝点無し。 魔石化を認む」
観測手と索敵手からの同様の報告が複数入る。 軽く頷く私。 視線を我が佳き人に向け、次段階の作戦に必要な準備行動を発令する。
「射手長、やれ」
「ハッ!」
『銃』の代わりに、先程作った長弓を持つ彼女。 銃眼の側に立ち、長弓を引き絞る。矢には特別製の鏃。そう針を束ねた弾頭を付けて有り、その弾頭から魔動線が足元に緩やかに置かれていた。 硬質な弦音を響かせ、矢は放たれた。 すぐさま針は散弾の様に散らばり、闇の中に横たわる流入した土砂に突き刺さって行った。 彼女は少しずつ位置をずらし、幾度も矢を放つ。 碧緑の【身体強化】に包まれている彼女の姿は、ある意味崇高でも有った。
全ての矢が放たれた後、此方に向き直り、短く報告を上げる。
「弾体、土砂に届きました。 土砂内、二分の一ヤルド程に突き立っております」
「よくやった。 土魔法保持者の諸君。 銃眼近くにある、魔動線の末端部の魔晶石を握り、土魔法の行使を準備せよ。 良く魔力を通すそれは、離れていても、対象へ君達の魔法を届ける。 私の合図と共に、隧道に流入した土砂を圧縮変性と成し、地中型の魔物の身体を抑えよ」
「「「 了解ッ!! 」」」
土魔法保持者全てが銃眼近の床に散らばる魔晶石を握り込む。その中心から引き出されるような魔動線にも気が付いている。幾つもの魔動線が魔晶石から出ている事も確認したらしい。 中には半信半疑な者も居るが、土魔法の起動魔法陣が手に浮かんでいる。 そう、まるでそこに対象物かあるかのような感覚が彼等にも判った筈だ。
私は目を凝らし、聴き耳を立て、索敵魔道具の輝点を探していた。我が佳き人の報告が探索隊全員に届く。
「前方、八クーロンヤルドに大型の魔物の反応。 此方に向けて突進中。 速度は探索隊基準、強足の倍。 来ます!」
「土魔法、準備。 【圧縮】、【変性】発動準備。起動魔法陣展開ッ」
「更に前進。 五クーロンヤルド。 更に増速中……」
「起動魔法陣、発動用意!」
「二クーロンヤルド。 更に増速中…… 来ます」
地響きが防御壁のこちら側にまで聞こえてくる。足元に漣の様な振動が引き起こされている。いや、それも直ぐに大きく波打つような揺れに成り始めた。 まるで地震だな。 巨大地震の真っただ中に居るよう…… その表現が適切なのかはわからないが、身体が激しく揺さぶられているのは確かだ。そして、その時は唐突に始まった。
前方に巨大な深紅の輝点が、その大きさを増し現れる。確かに巨大な魔物だ。想像していたよりも遥かに大きい。それに、一頭では無い。複数の反応が有るのだ。それが、此方に向いて突進してくる。強強度に固められた防御壁が持つかどうかもわからぬ程、圧倒的な突進だった。 しかし、奴等は罠に嵌った。 狡猾さは我等の方が上だった。 轟音に負けぬ様に、明確な命令を下す。
「土魔法、発動。 ……今ッ! 」
此方に向かい突進してきた大型の魔物達。自身の作り上げた『地中の道』、自らの咢により生み出す『地中の道』を駆け抜け、自身が餌を見つけた飢えた魔物が襲い掛かる。 ……だが、突進はそこまでだった。 突如として周囲の土砂が彼等の身を縛る強固な捕縛索となった。 流入した土砂から頭を出した途端に、巨大な身体が土魔法により固められた。
土砂から抜け出し狂暴な牙の歯列を此方に向けた巨大な長蟲。 しかし、その体は強固に鋼鉄並みの強度に変質した土によりガッチリと固められた。いや、押しつぶされているとも云える。咆哮が巨大な咢から響き渡る。 本来ならばその巨体故、致命部は外部に晒されるわけでは無い地中型の魔物は、周囲からの強烈な圧力に負け、内側に向かってグシュリと挽潰される。
暗闇の中でも、ハッキリと見える程に、その巨大な咢から、青黒い血潮が噴き出し、生臭い匂いが防壁の銃眼から漏れ出して来た。耳を劈く暴力的ともいえる咆哮が、漆黒の洞穴の様な隧道の中に響き渡った。世界の終焉を告げるが如き、慟哭が如きその咆哮は…… 地中型大型魔物の断末魔の咆哮は……
やがて、とぎれとぎれと成り…… 聴覚に異常が発生したかのように何も聞こえなくなった。
——— 静寂が洞穴の様な次区画を包み込んだ。
前方に広がっていた土砂砂礫の山が消失し、兜の索敵魔導具に映っていた『紅い道』の全てが消滅している。 流入していた『土砂砂礫』も、その体積を大幅に失い、視界が広がった。 目の前の光景は、次区画の奥に向かった『昏い洞穴』の様相を呈している。 全ては…… 周到に準備したが故の『結果』である。 其処に、奇跡は無い。 人知を尽くし、『神』に『加護』を伏し祈った結果だけが其処には有ったのだ。
——— まだ、全貌は判らない。 が、しかし……
兜の索敵魔道具に映る
強大な『輝点の消滅』を確認した事により……
地中型変異種 ”大型魔物” を『殲滅した事』だけは……
——— 理解できた。




