探索隊の成長
「…………厄介なのが、何処まで隔壁を含む『隧道』が生きているか です。 中間部、下部の隧道は流水量から未だ生きている事は、判明しておりますが、保守点検用の上部は不明です。 魔物魔獣の侵入に関して、対処するだけの『意思』は隧道が保持していると推察できましたが、それが機能していないとなると、相当に過酷な状況かと愚考いたします」
「土砂の排除も必要と云う事だな」
「その上、隧道の機能が何処まで保たれているか、その手足となる部分がどれ程、保たれているか…… 何もかも不明な上、索敵魔道具に映し出される輝点の数から、排除を目的とした討伐もかなりの負担と成ります。同時進行は難しいかと」
「討伐を先にしつつ、枝管封鎖にも人員を割かねば成らないと云う事か。厄介だな」
「まさしく。 しかし、手を拱いている訳には行きません」
「そうだな。 先ずは、前方に展開している魔物魔獣の討伐作戦を構築する」
輜重長が下がり、猟兵長が前に出る。深刻そうな顔を晒しているのは、地中系、飛翔系の対魔物戦は幾種類かの魔物を除き、頻繁に遭遇する魔物魔獣以外の討伐対策が確立していない為だ。 地上を走り回る魔物魔獣に対しては、その大きさ脅威度により、既に基準となる攻撃方法が確立されてはいるが、飛翔系、地中系にはその基準そのものが無い。 洞穴内や迷宮での遭遇戦を念頭においても、『標準作戦の策定』と云うよりも、現場判断が優先される。
飛翔系ならば、弓兵による攻撃により、飛翔能力を奪った後での一斉攻撃。
地中系ならば、猟兵盾部隊による、遅滞防御からの一斉攻撃。
そんなものだ。 ただ、此れを実施するには兵が足りない。射手隊は居るが、その人数は遊撃部隊…… いや、北部国軍の編成基準から見れば、あまりにも少ないといえる。 飛翔系魔物魔獣に対し、飽和攻撃的に矢を放つ事など出来はしない。また、猟兵隊に盾部隊は帯同していない。遊撃部隊、特に探索隊に於いて全ての兵達の標準装備が『黒揃え』とは言え軽装備なのだ。魔物魔獣の第一撃をその体躯で耐えると云う発想は無い。『運動戦』が我等が生き抜いた『道』でも有った。
「難しくありますな」
「現場判断とは言え、無理強いをする訳には行かない。 しかし、進む為には何とかせねば成らない」
「大きな魔法を使うのは、隧道に対しての影響が大きく…… いや、その前にそれ程の魔法を放てる魔術師が我が隊には居ませんからな」
「……魔術師か。 広域魔法で殲滅など無理だ。 符呪札を使ったとしても、大した事は出来ない。対人戦闘では無いのでな」
沈黙が我等を包む。 その中で、小さく手を上げる小柄な影。
「意見具申」
「何だろうか、射手長」
「我が配下の射手達は、手練れ。 観測兵も相当に遣ります。 敵は天井部分にぶら下がっておりますし、射点を確保できたらならば、致命部である頭部を撃ち抜く事も可能です」
「隔壁を開け、展開し、射点を探し、射撃姿勢準備と観測完了…… 時間が掛かり過ぎる。 飛翔系の魔物達は、其の鋭敏な感知器官により、我等を素早く見つけ出す。 どの様な攻撃手段を取って来るかも未知な上、脅威に生身を曝け出す事は出来ない」
「ですがッ!」
「それに、よしんば攻撃に成功したとしても、その振動を感知した巨大地中系魔物が遣って来る。 その対処方法が未だ未解決なのだ。 はやる気持ちはわかるが、慎重に行きたい」
「は、はい……」
沈考する我等。 其処に、輜重隊工兵の一人の口から言葉が紡がれる。 おずおずとはしていても、確固たる自信と経験に裏打ちされた言葉であった。
「隔壁扉前に防壁を立ち上げ、銃眼を穿てば宜しいのでは? あの隔壁は一度向こう側に下がり、横に開くのが分かっております。 ならば隔壁扉と縦横に同じ大きさの防壁が有れば、身を晒す事も有りませんし、銃眼の位置と数を指定して頂ければ、相応の射界も取れます。工兵班と土魔法持ちで、難なく出来ましょうし、材料ならば、側部擁壁に穴をあけて下されば、其処から幾らでも入手できます。 鋼鉄並みに圧縮変性すれば、強度も問題は御座いません。 更に言えば、大型の地中系の魔物が頭を出した瞬間に身体周囲を固化する事により、捕縛状態を維持出来ましょう。その後、進入路へ押し返し、圧縮変性してしまえば擁壁外に鋼鈑を張りつけたも同じ。安全を確保した後、枝管の隔壁を閉じる作業に進めば宜しいかと愚考します」
「可能なのか?」
「可能です。 工兵班はそれぞれが特異な『技巧』持ちですし、土魔法保持者の能力は指揮官殿もご存知の筈。 土魔法保持者、工兵の中から、決死隊を編成すれば可能です。 土魔法は、対象に手を触れねば発動しませんから。 それに……」
「それに?」
「この過酷な中層域を踏破しつつある現在、何故かは判りませんが各人の能力が底上げされているようにも感じます。少なくとも、第一段階の実施を御考えいただきたく、そして、その状況を観察後、第二段階である大型地中系魔物の討伐を御考えいただければ宜しいかと愚考いたします」
訥々と解決策を披露する工兵。 成程、皆がこの一冬鍛練に努め、自身の頭で考え、そして、己が力を研鑽した結果の言葉か。 自身の能力を把握し、過信する事無く出来ることで現状を突破できる考えを述べるに至ったのか。これは、指揮官として嬉しい事である上に、よくぞそこまで自分を高めたと、誉めたく思う。
ゆらりと愉悦の表情が、私の頬に浮かび上がる。
これ程、力強い仲間を得た事を神に感謝申し上げたい。 集う仲間達は、余人を以て替え難いと、北部大国軍司令長官には伝達した。 しかし、私はまだまだ彼等の心情や矜持を信じ切れていなかったのではないか。 これ程までに力強い言葉を吐く一般兵が、我が隊に存在する事が嬉しくて仕方ない。
「皆、どう思う。 私はこの策を受け入れたい。 諸君の献身と研鑽は知って居るが、その結実がこの困難な場所と時に昇華されてくるとは思っても居なかった。どうか猟兵長」
「打通するには、善き考えかと。なぁ、輜重長」
「まさに。 射手長、狙撃位置の選定は可能か」
「観測長、及び 索敵班長に狙撃点を策定させます。 大丈夫です、銃眼を作って頂けるならば、十分な射界も取れましょう。立射姿勢を保てますので、天井や飛翔中の魔物も狙撃可能と成ります。工兵殿、有難く」
「いえいえ、愚策では御座いますが、現状最善かと。指揮官殿の最愛を無防備には出来ませんですし……」
「い、いえ、その様なご配慮はッ!」
我が佳き人の羞恥の声は、皆には聞こえぬ様だった。 真っ直ぐに各長たちは私に視線を合わせる。工兵の進言は現在の状況に付いて深く観察した結果の進言とも云える。我等の能力を推し量り、出来る事を口にしたまでの事。 であるならば、指揮官として成すべきは、この考えを作戦として構築する事。 出来る範囲、見える範囲は広い指揮官たるべき者の責務でも有る。 状況を打破できる考えを、先へ進む力へと変える。
工兵の言葉通り、飛翔型の魔物への対処はそれで済む。現場に則した意見であり、傾聴に値する事だ。しかし、当然の事ながら大きな音や振動を発生させる事にもつながる。問題は唯一つ。地中型の魔物に対して工兵が提案した備えが機能するのかどうか。地中を進む魔物の移動方法は二つ。
一つは、自身が掘り進んで来る。
一つは、既に掘り抜いている既存の『道』を這い進んで来る。
当然の事ながら、後者の方が断然速度は早い。我が佳き人が観測したのも、そういった魔物の姿だと云えるのだ。つまり、この先の隔壁内側には、土砂が流入し大型の魔物の通り道が既に出来上がっている可能性が大いに考えられる。
それに対してどう対処するか。 工兵の考えを聴いて、安全策を一つ思い描いた。 『土』を移動させる、固める、変性する…… 密度が上がれば、同じ重量の土砂の体積は減るのだ。 流入した土砂を固めて圧縮し変性しただけでも、此方が運動戦を企画できるだけの空間を確保できるのでは無いか?
そして、それが故に『魔物の通り道』は崩れ潰れる…… 上手く時を測れば、這いずり回る魔物の行動すら制限できはしないか? 探索隊に所属する兵達。 彼等も又、一歩一歩進んでいるのだ。苦境に立った場合でも、前へ進む自身の意思を持ち始めている。自分で考え、その考えを口にし、上申する。 一般の兵と雖も、この探索隊に無くてはならない者と成り始めたのだ。 心強く思う。 自身が何者で、何の為にこの場所に来たのかを、自分で考えているのだ。
—— 素晴らしいと云えるだろう。
ならば、私は何をすべきか。 この勇敢で、誇り高き者達の前に居るのは私なのだ。 指揮官たる者、隊を率いる者ならば、最初から定められている事でも有る。
考えを巡らし、作戦を構築して発令する時が来たのだ。




