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極限での安らぎ


 拠点は全く荒らされていない。


 隧道側の『意思』が、保守点検の必要資材と云う認識を持っているのかも知れない。「探索隊」の面々は残置した物資が余りにも整然と保管されていた事に驚きを隠せなかった。それもそうだ。魔の森浅層域の小規模な物資集積所では、何かしらが物資を荒らしているのだから。 


 保管用の木箱が破壊されていたり、収納袋の幾つが引きずり出されていたり、当然の事だが最低限の食料備蓄が蟲により喰い荒らされていたり…… 越冬した集積所などは、ほぼ見る影も無く荒らされている事もしばしば。 前回の探索行では、拠点の整備には時間が取れなかった。 物資を壁際に集め、周囲に簡易的な【結界】を張るくらいしか処置はしていない。 それなのに物資には一切荒らされた形跡は無かったのだ。


 これは、隧道側の『意思』と私は思えて仕方無いのだ。破断した隧道の再建には多大なる建築物資が必要と計算しているのかも知れない。 こちらの意思など伺う事無く、ただ、補助的な動作をしていると考えてもまず間違いは無いと思う。 都合よい事、この上ないな。 誤解している事を敢えて隧道側に教える積りも無い。都合の良い誤解は解くべきでは無い。このまま、保守点検員の様に振舞い、安全を確保する事とした。要らぬ消耗も無く、中層域深域に向かえる事に安堵を感じて居た。


 破断部拠点。 破断部直前の隔壁の向こう側には、『探索隊』が設置した大型滑空索(ジップライン)がある。 開閉機構を少々いじった隔壁を少し開き、向こう側の様子を伺う。シンと静まり返り、隔壁天井部に穿った採光穴から外部の光が落とし込まれていた。幾筋かの光の階段…… 宗教画に描かれるような、聖堂の様にも見える。



「コレは…… 工兵隊が作り上げたものは、このようなモノだったのですね」


「あぁ。 その通りだ。『隧道』は此処が修復の起点と見てくれたのかも知れない」


「まるで、『隧道』を意志ある者の様に語るのですね、指揮官殿は」


「おかしいか? 巨大な魔道具であり、判断力が有り、そして、自身の保護保全を第一に考える思考能力がある。 それがたとえ与えられたモノであっても、本来あるべき姿から切り離されたにもかかわらず、当然の様に機能を保持し続けている。 まるで生き物の様に。 つまりは、そういう事だ。 これは…… この隧道は、形を変えた『魔導人工生命体(ゴーレム)』なのだと、私は思っている」


「……奇異な考え方ですが、そうかもしれませんね」


「中層の森を征く為には、必要な仲間として対処した方が良いと考えた。 この隧道に関しては、仲間として扱いたい」


「成程…… 征く道へ誘う水先案内人であり、外敵を遠ざけてくれる傭兵(マーサリー)の様な物であると?」


「そうだな。 だが、隧道にはその意思は無かろう。 ただ、枯れ果てた本管に水を通した事に恩義を感じてくれたのかも知れない。自身の力を取り戻す為の『魔力』を得た対価に、我等に協力してくれている。 そう考えた方が、筋が通りそうだ」


「いやはや、指揮官殿は夢想家だ。 現実的では無い事柄にも意味を見出されるとは。 その考え、大変面白くそして、有効だと思いますな」


「輜重長、我等は前人未到の場所に足を踏み入れている。 敵対する者は多く、我等に好意を示す者は甚だ少ない。 よって、協力して呉れる者やモノには最大の敬意を払いたいのだ。 我等の探索行を助けてくれるのだからな」


「御意に」



 そうか、私の考え方は、奇異なのか。 柔軟な思考を有している輜重長をしても、そう感じるのだ。 仕方あるまいが…… 一応『探索隊』の面々には伝えておかねば成らない。 私の考え方の基本と行動の指針を示して置かなくては、今後の探索に支障を来たすかもしれないからな。


 大型滑空索(ジップライン)は、その機能を保全されていた。各所の点検を行い、機能が完全に保全されている事を確認した。据え付けられている、弩に関しても機能確認と試射を試み、その両方が良好に保管されていた事を示していた。 これ程の幸運なことは無い。なにも壊れていなかったという事は、問題解決の時間を取る事も無く、向こう側へと足を延ばす事が出来るという事。 そして、問題解決に必要な物資の調達や移送に時間を取られずに、先に進めるという幸運を得たという事。


 宗教画の聖堂の様相を呈している破断部拠点末端部。 本日の野営地として設定した。問題が発生した場合、直ぐに退避できるように、最終隔壁は開けたままにし、緊急時には隊全員で退避できるようにと、行動要綱を設定した。 野営は温食。 炊飯兵が頑張ってくれ、温かくたっぷりとした食事を用意してくれた。私の分を手にした射手長が定位置である私の隣に座り、食事を始める。



「司令官殿、此処までは順調と云えますね」


「あぁ、そうだね。 皆の努力と幸運が我等を助けたのだろう。 君も十分に休養を取りなさい。 この先…… 大型滑空索(ジップライン)で大断崖を越えた先は、気が休まることは無いのだからね」


「はい…… 指揮官殿?」


「なんだい?」


「指揮官先頭は、堅持されるのですか?」


「それは、枉げる事は出来ないね。 騎士爵家の漢として、其処は外せない。 私が前に出て、先頭を切る事が『探索』の成否にかかわるのだよ。 君の心配は有難く思う。だが、これは私の為人と矜持となっているのだよ。 分かって欲しい」


「…………飲み込みます。 ですがッ!」


「あぁ、分っているとも。 君は常に私の横を征くのだ。 それが望みであろう?」


「はいッ!」



 そうなのだ。 この素晴らしい女性は、私の妻にして精強無比の護衛であり、最良の索敵兵でもあるのだ。 私は…… この女性を妻とした事に、神に感謝を捧げる。これ程、素晴らしい女性を私に娶せて下さったのは、きっと、この先に続く世界の真理を紐解く為に、是非とも必要な人材と、神が添わせて下さった。


 元居た世界の神には見放され、断罪の為にこの世界に投げ入れられた私だが、この世界の神には、途轍もない加護を与えられたとそう思えてしかたない。私が歩んできた道、考えて来た事を、この世界の神は好意を以って受け入れ、更に『神命』すら与えて下さったのではないかと、勘ぐってしまう。


 それ程の幸運なのだ、彼女を妻と出来た事は。だが、それは対価の先払いなのかもしれない。 故に私は確固たる意志を以って征くのだ。 あぁ、覚悟などとうの昔に決めている。 故に、この愛しき人を必ず帰還させねば成らないのだ。 故に、私は強く有るのだ。


 色々な思いが駆け巡っている我が佳き人。 表情に憂いが乗ってはいるが、私を私として認識し、断固たる意志(愛情)を瞳に浮かべつつ、私を包み込んでいるのだ。 これ程の幸運は、前世では到底望めない事柄でもあり、現世に於いても一人の漢として見つめ続けてくれる、稀有な存在であるのだ。



 ——— 愛しさが、募るのだ ———



 作戦行動中で、思いは伝え辛いのだが、見詰め合う視線が絡む事は、想いを伝える手段と成ったと思う。 これから先の探索行に於いて、この様な時間を持てるとは思えない。 だから、言葉にしなくてはならない思いも多々あるのだが、私の中で反響するだけで口から紡がれる事はなかった。 既に、言葉など必要としなかったのかも知れない。 彼女の視線の中に含まれる意思と想いが痛いほど理解出来てしまうのだから。


 野営は何の問題も無く過ぎて行った。 明日から…… そう、明日から未知の世界へ向かうのだ。簡易寝台に身体を横たえる私の側に、幾つかの留金を外した彼女が座って眠る。 いや、半覚醒状態で休んでいるのだ。


 最終防衛にして、最凶の護衛として何時でも立てるようにと……




 彼女の座って眠る姿を視る私は、何とも云えぬ心持ちを抱きつつ、眠るしか無かった。





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― 新着の感想 ―
単行本作業、販売後のいろんな事も一段落されたようなので、更新が頻繁にあって今後も非常に楽しみです。
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