『魔の森』中層域にて。
進発は粛々と。 盛大な壮行会も無く、高位の司令官の激励も無く、ただ成すべき通常の任務と同じく、我等は滝上の拠点から中層域に行軍を開始した。
周辺に投掛ける索敵の目は厳しく、天網恢恢疎にして漏らさぬように…… 過度に集中する事も無く、かといって油断する事も無い。 朋と彼の部下の不断の努力の甲斐もあり、改善に改善を重ねている索敵魔道具の索敵距離は、初期の超長距離索敵の範囲を網羅している事も有る。 超長距離の索敵に付いては、専門の兵種である観測兵達に委ねた結果、その探知距離は驚異的なモノと成っている。 身に付けた数々の魔道具の習熟も、皆の能力が一冬を掛けての鍛錬の結果、格段に向上したと実感できる。
――― 行軍の足取りは早く、早々に隧道入口に到着した。
誰もがそれを当然と思い、そうなる事はあくまでも予定調和という事に、誰も驚いたりはしない。 「探索行」への準備は怠らず、その成果が出たに過ぎない。 当然の事である。 その思いが、我等の中に広がっているのは善き事なのだ。 誰しもが、自身の役割を全うすれば、我等の安寧に繋がる事を理解しているからだ。
皆が…… 誰も手を抜かず、粛々と任務を果たしていく。
輜重隊は限界まで荷を背負い、彼等を護る様に猟兵隊が周辺を監視しつつ固める。 射手隊と観測隊は散兵線を作り上げつつ前進し、彼等の持つ高い索的能力による、周辺監視が発揮されて行く。 何らかの脅威が近くに有る場合は、注意喚起が飛び、可能な限り戦闘は避けつつ、避け得ない脅威に関しては射手隊の『銃』が排除していく。
——— 静かに、確実に。
射手隊の練度は射手長に迫る勢いで高まっている。 遠距離、中距離の狙撃に関してはもはや云う事は無い。 各自の判断能力も、格段に上がっている。 私が直接指示するまでも無く、排除しなくてはならない脅威に対し適切に対処しているのだ。コレは、まさに射手長の各射手達に対する教育の賜物と云わざる得ない。『狩人』の勘所と云う事か。『守る』と云う最優先せねばならない事を全射手が理解しているのだ。
喜ばしい事だ。
観測隊の面々は、そんな射手達の目となり手となる。更に言えば、彼等の索敵能力は、魔道具を通さずとも相当の範囲を網羅する。其処に魔道具の機能が乗加されるのだ。探索隊の『目』としては、これ程、心強い者達は居ない。
かつての副官…… 現、北部王国軍、戦務参謀の『片腕だった漢』を思い出す程だ。 次兄様が付けて下さった五年兵の一人でも有ったな…… 『北の蒼狼』の異名を持つアレは、正しく索敵兵として、そして情報参謀として『特段の能力』を発揮していた事を思い出す。残念な事に、中央へ渡さねばならなかった。
———その事実が、非常に悔しくも思う———
アレが居てくれたならば、戦務参謀も…… いや北部王国軍も、苦労せずに済んだだろうに。様々な点で、北部王国軍には人材が払底しているのだ。皆が二役も三役を兼任せねば成らぬ程にな。そんな中で、ほぼ『自由裁量』を与えられた私は、恵まれているのだろう。その幸運に感謝しつつも、付随する『責務』に気分は重いのだ。 重いだけで済んでいるのは、皆の頑張りが相当の部分を占めている。
この者達の献身と矜持は、正に辺境の民。
私は、この幸運を噛みしめつつ、行軍に邁進した。隧道入口に立つと、既に判明している『開門』の金属板の前に立ち、遅滞なく自身の練った魔力を注ぎ込む。隧道本体に対し、全く保全処置をしていないにも関わらず、扉は重く肚に響く音を立てながら内側に開いて行った。 同時に隧道内に光が溢れる。 隧道下部の魔力回収術式が機能していると云う事の証左でも有る。最初に足を踏み入れた時とは大きな違いだ。
隧道から滔々と流れ出る水流は澄み渡り、流れる水の魔力濃度は低い。 それに伴い周辺の魔力濃度も中層域とは思えぬ程『薄く』、我等の負担は相当に減じている。探索行の始まりにして、幸先が良いとも言えた。その感覚は兵達にも感じられたのか、緊張感の中にも幾分余裕が見られるのだ。 輜重長が私の隣を歩きながら言葉を紡ぐ。 皆が感じている、行軍速度の軽快さを口にしたのだ。
「……警戒は厳としながらも、此処までは『楽』に来られましたな」
「そうだな。 貴様等の進言が功を奏したと云う事だな。隧道本来の仕事を再現させるべく行動したからこそだ。 おかげで、このように楽をさせて貰っている。 大地溝に流れ落ちる川から水を引き込むとはな。更に言えば隧道最下層に設置されている魔道具により、水に溶け込んでいる魔力が回収され『隧道』という魔道具が稼働しているとも云える。別の側面で云えば、川に流れ込む水の内包魔力濃度は領都とさほど変わりないのだ。川筋周辺の魔力濃度が劇的に下がっている。我等の行動が濃密な空間魔力に阻害されずに済むと言うモノだ。 ……アレは殊勲だったぞ」
「そう云って貰えると、進言した価値は十分にありましょうな。 いや、私にしても古来より守って来た、先祖伝来の知恵が役に立つとは想像していませんでした。 もしやと思った迄です。が、功を奏したと仰っていただけると、先祖にも顔向けが出来ましょう」
「貴様等が護り抜いた知恵と知識が、未来を紡ぐ。 感慨深いものが有るな。 今後とも、何かに気なった事が有れば、臆することなく進言して欲しい」
「御意に…… 柔軟な指揮官殿で我等は心強くありますな」
「そうか? まぁ、そう云って貰えると、嬉しくはある」
私の護衛として傍に侍る、我が佳き人が頷いているのが見える。 何に首肯しているのかは、多分、輜重長の知恵と知識がこの探索行に有用に働いている事が認められているという事か。 同じ釜の飯を食う仲間が、指揮官に高く評価されているのは嬉しいものだし、きっと彼女もそうなのだろう。
この道は、既に通った道だ。
しかも、魔力回収魔法術式が回収した魔力が使われている為、古代の『下水隧道』はその機能を取り戻したのだ。 私の個人魔力を通して、登録された我等が探索隊は、何ら危害を加えられる事も無く進む事を許されている。 きっと、この隧道の一部管理者権限を委譲された状態なのだろうと推察しているのだ。保守点検要員と云う事か。コレは嬉しい誤算だった。なにせ、隧道と云う魔道具が機能を回復した事により、内部の魔物魔獣は排除の対象とされたのだ。 故に魔物魔獣の影が隧道内には無いのだ。中層域深層への全行程に於いて、安全が保障されている様な物なのだ。
隔壁を通り抜けつつ、拠点と成した、破断部へと向かう。 若干の登り道…… 流水を通す隧道の為、勾配が付けられているのだ。 しかし、その斜度は水が流れる程にしかない緩やかなものだ。 平坦な地と何ら変わりは無く、良く整備された街道以上に床面は滑らかで、我等の行軍には何ら支障は出ないのだ。 当然、行軍の速度は上がる。 隧道内部では散開する必要も無く、何度か通った道行は、自然と安全確認の要所も既知のモノでも有るのだ。
緊張感を保つ方が難しい程の道行は、当然の如く予定よりも早く破断部拠点に到着するに至った。
——— 実に喜ばしい。




