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『追放された宮廷測地士、最果ての毒沼に運河都市を築く ~ゴミスキル《地脈視》は、土を読み、水を導き、国を造る~』  作者: 夕凪 鏡介


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第6話「富は、奪われる前に守れ」



 運河の測量を始めて五日目のことだった。


 西の荒れ地から土煙が上がった。馬。それも一頭や二頭じゃない。武装した騎兵が十騎。続いて空の荷馬車が五台。隊列の先頭で翻る旗には見覚えのある紋章――バルツァー辺境伯の鷲が縫い込まれていた。


「来たか」俺は測量の杭を握ったまま隊列を見据えた。あの物見が見たものはやはり辺境伯の元へ届いていた。


 隊列は村の入り口で止まり、鎧をまとった隊長らしき男が馬上から村を見下ろして声を張った。


「この地は本日より、バルツァー辺境伯領の管理下に入る!ついては、年貢として、倉の穀物の半分を徴収する!逆らう者は、辺境伯への反逆とみなす!」


 村人が凍りついた。半年かけて育て、ようやく手にした実り。それを、半分。理由はただ「奪える」から。それだけだった。


 ドルグがぬっと前に出た。岩みたいな拳が鳴る。


「ふざけるな。誰がやるか。地図屋、合図をくれ。あんな飾り兵、俺がまとめて――」


「やめろ、ドルグ」俺は彼の腕を押さえた。「向こうは武装した騎兵が十騎。こっちは鍬を持った農民だ。正面からぶつかれば、村人が死ぬ。一人残らず、無駄に死ぬ」


「じゃあ、黙って穀物を渡せってのか!」


「まさか」


 俺は足元の地面に手をついた。地脈視で村の周りの地形が色と流れになって視える。そして――この村に入る道は一本しかない。俺は誰よりもそれを知っていた。


「ドルグ。鏡池の、東の堰を開ける準備をしろ。メイは、村人を全員、高い土地へ退避させろ」俺は立ち上がった。「あの隊列を、村には一歩も入れない。穀物には、指一本触れさせない」


「どうやって」メイが青い顔で問う。


「奴らが立っている、その場所でだ」


   ◇


 隊長はこちらの動きを降伏の準備とでも思ったらしい。にやにやと笑いながら、騎兵と荷馬車を村への一本道に進ませた。


 その道は両脇を低地に挟まれたわずかに低い土地を通っている。かつて毒沼の縁だった場所だ。


 半年前、俺たちが鏡池を造ったとき――毒水を落とすために掘ったあの低地のすぐ脇をその道は通っていた。村人は踏み固められたその道を安全な通り道だと思っている。隊長もそう思っただろう。


 だが、土は、嘘をつかない。


 その道の地下はたっぷりと水を含んだ緩い泥の層だった。乾いた表面のすぐ下に。普段は人の足なら問題ない。だが、十騎の馬と五台の荷馬車。その重さが一点に集まれば――。


 隊列の半分がその低地に差しかかった。


「ドルグ!今だ!堰を開けろ!」


 ドルグが村人と一緒に鏡池の東の堰を打ち抜いた。せき止められていた水が地形に沿って低地へ一気に流れ込む。俺が半年前から計算していた通りの道筋を。


 道の表面がみるみる水を吸った。乾いて見えた地面がその正体――底なしの泥濘へと変わっていく。


「な、なんだ!?」


 先頭の馬がずぶり、と前脚を取られた。暴れれば暴れるほど、深く沈む。荷馬車の車輪が泥に呑まれて回らなくなる。後続が前につんのめり、隊列はあっという間に身動きの取れない泥の沼に変わっていた。


 一滴の血も流していない。剣も、魔法も、使っていない。ただ水をあるべき場所に流しただけだ。


   ◇


 俺は泥に嵌まって喚く隊長の前にゆっくりと歩み出た。足場の固い場所は地脈視で全部見えている。俺は濡れもせずに沈む隊長を見下ろした。


「お、おのれ……これは、何の魔法だ!」


「魔法じゃない」俺は静かに言った。「ただの、水だ。あんたが立っていた場所が、もともとそういう土地だっただけだ」


「ふざけるな!こんなもの、辺境伯が黙ってはいないぞ!」


「黙っていないだろうな」俺はうなずいた。「だから、伝えてくれ。辺境伯に、こう言え。――この村の地面の下が、どうなっているか。それを知っているのは、この国でただ一人、俺だけだ、と」


 俺は泥に沈む荷馬車を――空のまま沈んだ五台の荷馬車を指した。


「次に来たら、その道は、二度と乾かない。馬も、馬車も、兵も。この土地が、丸ごと呑み込む。それでも穀物が欲しいなら、いつでも来い」


 隊長の顔から血の気が引いた。


 俺は堰を半分だけ戻させた。水位が下がり、辛うじて馬が脚を抜ける深さになる。それ以上は一寸も譲らなかった。命だけは助ける。だが、手ぶらで帰れ――そういう水の言葉だった。


 泥まみれの隊列が空の荷馬車を引きずって、来た道を這うように退いていった。


   ◇


 村人はしばらく言葉を失っていた。


 武装した騎兵を誰も傷つけず、誰も傷つかずに追い返した。鍬を持った農民が。地図と水だけで。


「……すげえ」ドルグが呆然と呟いた。「俺ァ、戦場で十年食ってきた。だが、こんな勝ち方は、見たことがねえ」


 メイが退却する土煙と俺の顔を交互に見た。


「ねえ、レヴィン。あんた、最初から……あの道がああなるって、分かってたの?」


「鏡池を造った日から、分かっていた」俺は答えた。「いつか、誰かが奪いに来る。そのとき、村のどこで、どう止めるか。――半年前から、地面が、答えを用意していた」


 メイがぞくりと肩を震わせた。それから笑った。畏れと信頼の混じった笑みだった。


「あんたを敵に回す奴は、馬鹿ね」


「ああ」俺は退いていく隊列を見送った。「だが、これで終わりじゃない。辺境伯は、もっと本気で来る。王宮も、いずれ気づく」


 富を生めば、奪いに来る者がいる。ならば、富そのものより先にそれを守る“地形”を造っておかなければならない。


「ドルグ、メイ」俺は南の谷――海へ続く運河の予定線を見据えた。「運河を、急ぐぞ。あれは、ただの交易路じゃない。この国を守る、堀にもなる」


 水は、田を潤す。水は、敵を退ける。そして水は、いずれ――国の命綱になる。


 俺はまだ誰も気づいていないその最後の意味をひとり、地図の上で見据えていた。


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