第2話「水の通り道さえ読めれば、死の沼も穀倉になる」
「測量なんかで、腹が膨れるの?」
翌朝、村の広場でそう言ったのはメイだった。集まった村人――老人と女子供を合わせて三十人ほどだ――も、似たような顔で俺を見ていた。
「その通りだ」俺はうなずいた。「腹は膨れない。膨れるのは俺が正しい場所を見つけてからだ」
「探すって、どうやって」
「歩く」俺は、肩に提げた測量道具を地面に置いた。間縄・水準器・杭の束。「水は、低い所へ流れたがる。土には流れやすい道と、流れにくい壁がある。その道を読んで、地図にする。俺には土を動かす力はない。視えるのは地図だけだ」
メイはまだ疑わしげだった。それでも、止めはしなかった。
◇
それから三日、俺はオルテガの土を歩いた。
露の冷たいうちに沼の縁を出て、日が落ちるまで歩く。十歩ごとに膝をつき、土に触れる。色と流れを読み、杭を打ち、間縄で距離を測る。二日目、村の南端で読みが一度だけ外れかけた。地表の傾きと地下の流れの向きが、微妙に食い違って見えたのだ。杭を打つ手を止め、同じ場所にもう一度触れ直す。地表の傾きは古い畑の畝の跡に惑わされていただけだった。土は二度目には、正しい答えを返した。派手なことは、何もない。三日目の夕方には、こめかみの奥がずっと鈍く疼いていた。視すぎた日の夜は決まって頭の芯が燃える。
気づくと、メイが付いてくるようになっていた。
「あんた、本当に毎日、地面ばっかり見てるのね」
「土は、嘘をつかない。だがこちらが聞かなければ、何も言わない」
◇
四日目の朝、俺は地図を広場の地面に広げた。
「ここだ」俺は村のはずれの枯れた古井戸を指さした。「あんたたちの井戸は水脈から半丈、西にずれている」
「待て、よそ者」
しわがれた声が割って入った。村でいちばん年嵩の男――ヤゴ――が、杖をついて前に出る。
「五十年前も、似たような男が来た。腕利きの魔導士だとかいう男が『この毒を、大魔法で一気に焼き払ってみせる』と言った。結果、地面が荒れて沼は倍に広がった。お前も、同じ台詞を吐きに来たんじゃなかろうな」
広場がしんと静まった。鍬を握る手が誰も動かない。
俺はうなずいた。
「あんたの言う通りだ。俺はあの魔導士と同じに見えるだろう。だがひとつだけ聞きたい。あんたたちの井戸はいつから涸れた」
「……その大魔法の、少し後からだ」ヤゴが初めて目を伏せた。「地面が揺れたのを覚えている。それから、水の出が悪くなっていった」
「それだ」俺は地図に線を引いた。「大魔法の反動で、地盤が傾いた。水脈そのものが、西へ半丈・下へ二尺動いたんだ。あんたたちが掘った場所は間違っていなかった。あんたたちの後から、土地の方が動いたんだ」
ヤゴの目が大きく見開かれた。
「……お前の目にはそんなことまで視えるのか」
「視えるのはいまの地面だけだ。だがいつ動いたかは、あんたの記憶と地面の答えが合わさって初めてわかる」
俺は地図から顔を上げ、ヤゴを、そしてメイを見た。
「俺には土を動かす力はない。掘る力もない。視えるのはこの地図だけだ。掘るか、このまま渇き死ぬか――選ぶのはあんたたちだ」
◇
長い沈黙のあと、ヤゴが杖を強く地面についた。
「……五十年前は、誰も理由を教えてくれなんだ。ただ、沼が広がったとだけ聞かされた」ヤゴは地図をにらむように見つめた。「お前は理由を、地面のせいにも俺たちのせいにもせず教えてくれた。それだけで、十分だ」
最初に鍬を握ったのはヤゴだった。
半日かけて、三十歩の水路を掘った。日が高くなるにつれ汗と土ほこりの匂いが広場に満ちていった。老人は石をどけ、女たちは土を運んだ。まだ鍬も持てない小さな子供が、杭の場所を見失わないようしゃがみ込んで指でずっと押さえていた。俺も鍬を握った。泥は指の間から膝まで、容赦なく染みてきた。
最後の一掘りで、地下の水脈と枯れ井戸が地図の通りに繋がるはずだった。
「ヤゴ、そこを頼む」
ヤゴが鍬を振り下ろした。
湿った土が転がり、その下の地面が色を変えていく。乾いた茶が、濃い黒へ。黒がやがて光を弾いた。
涸れていたはずの古井戸の底に、ひとすじ水が滲んだ。
滲みは泉になった。澄んだ水が静かに、けれど確かに湧き上がってくる。
誰も声を上げなかった。
村でいちばん年老いた婆さんだけが震える手で水をすくい、ひと口含んだ。それから、しゃがみ込んで泥だらけの手を見つめた。
「……国から、見捨てられた土地だと、思ってたのに」
それだけ言うと、婆さんは声を殺して泣いた。
ヤゴがその場にへたり込んだ。皺だらけの手で、湧き水をすくってはこぼしていた。
メイが泥まみれの俺の手と湧き水と地図を、順に見た。
「あんた……本当に、視えてたんだ。土の、下が」
俺は痛む頭を押さえながら、一度だけうなずいた。
「この井戸ひとつで、十二人が一年食える」
「……あんたの目、信じる」メイは泥だらけの顔で、初めて笑った。「次は、どこを視るの?」




