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『追放された宮廷測地士、最果ての毒沼に運河都市を築く ~ゴミスキル《地脈視》は、土を読み、水を導き、国を造る~』  作者: 夕凪 鏡介


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第11話「人と銀が流れ込む」



 交易船の主は太った中年の男だった。


 名はガルザ。海沿いの港町を拠点に塩と乾物を商う中堅の商会の主だという。彼は桟橋もない粗末な砂浜に小舟で上陸すると、オルテガの運河と田を抜け目のない目でぐるりと見渡した。


「いやはや、噂は本当だったか」ガルザは愛想笑いを浮かべた。「最果ての毒沼に、穀倉と運河。たいしたもんだ。……で、地図屋さん。あんたんとこの穀物、買い取ってやってもいいぜ。なにせ、こんな辺鄙な場所だ。他に売り先もないだろう?特別に、王都相場の――三割で、どうだ」


 三割。足元を見ていた。


 運ぶ道のない辺境の村がせっかくの穀物を腐らせるくらいなら、買い叩かれてでも売るしかない。ガルザはそう踏んでいた。半年前までなら、その読みは正しかっただろう。


 メイがむっとして口を開きかけた。俺はそれを手で制した。


「ガルザ殿。その前に、ひとつ、見てもらいたいものがある」


   ◇


 俺はガルザを運河沿いの低地――かつて毒水を落として封じたあの窪地へ案内した。


 そこには白い結晶が一面に広がっていた。


「これは……塩か?」ガルザの目の色が変わった。


「ああ。毒沼の毒を分離して、低地に封じた。その毒水から、硫黄の毒だけが沈み、上澄みが乾いて――良質な塩が、採れるようになった」俺は白い結晶をひと掴み、彼に手渡した。「治水の、副産物だ。海水を煮るより、薪もいらん。この一帯で、これからいくらでも採れる」


 ガルザが塩を舐めた。商人の顔が一瞬固まった。


「……上物だ。これは、上物だぞ」


「もうひとつ」俺は運河を指した。「この運河は、内陸と海をつなぐ、この一帯で唯一の水路だ。北の内陸領――辺境伯領を含む、いくつもの土地が、海へ出るには、ここを通るのがいちばん近い。つまり」


 俺はガルザをまっすぐに見た。


「この港は、近いうちに、この地方の物流の、要になる。穀物も、塩も、北の特産も、すべて、ここを通る。――その最初の取引相手に、あんたがなる気は、あるか?」


 ガルザの愛想笑いが消えていた。代わりに商人の本気の目がそこにあった。


「……三割、は、忘れてくれ」彼は額の汗を拭った。「穀物は、王都相場の、八割で買う。塩は、独占で卸してくれるなら、言い値でいい。その代わり――この港の、専属の商会の座を、うちにくれ」


「九割なら、考える」俺は静かに返した。「それと、独占は、やらん。あんたを含めて、三つの商会に競わせる。そのほうが、健全だ」


 ガルザはぐっと言葉に詰まり、それから降参したように大きく笑い出した。


「はっはっは!やられた!あんた、測地士じゃなくて、商人になったほうがよかったんじゃないか?」


「同じことだ。土の値打ちも、物の値打ちも、正しく視て、正しく値をつける。――どっちも、嘘はつかない」


   ◇


 ガルザとの取引を皮切りに、オルテガは坂を転がるように変わっていった。


 上物の塩と極上の穀物。それを唯一の運河から仕入れられる港。その噂はガルザが言いふらすより速く、海沿いの町々へ広がった。ひと月もしないうちに、二つ、三つと別の商会の船がオルテガの沖に帆を並べ始めた。


 銀が流れ込んできた。


 その銀で俺たちはまず港を造った。砂浜にきちんとした桟橋を。船が横付けできる石組みの埠頭を。ドルグが嬉々として石を積み、シエラが水深を測って航路を整えた。


 銀は人も連れてきた。仕事を求める職人。店を開きたい商人。新天地を夢見る移民。痩せた荒れ地を越えて続々と人がやってくる。鍛冶屋が炉を構え、宿屋が看板を掲げ、市場には見たこともない品が並び始めた。


 だが、人が増えれば新しい厄介ごとも増える。


 どこに家を建てる。どこに道を通す。汚れた水をどこへ流す。飲み水と生活の水をどう分ける。――無秩序に膨らめば、町はたちまち病巣になる。


 だから、俺は地図を引いた。


 田を造ったときと、運河を通したときと同じように。地脈視で土地を読み、人の住む場所、水を引く道、汚れを流す道を一枚の地図に設計した。


「町ってのは、こんなふうに、設計して造るものなのか」ドルグが感心したように俺の都市計画図をのぞき込んだ。


「水と同じだ。流れを、最初に決めておく」俺は図に線を引いた。「行き当たりばったりで広がった町は、いつか、自分の汚れで、自分を殺す。そうならないように、地面が、最初に、答えを出してくれている」


   ◇


 その夜俺は丘の上に立った。


 一年と少し前、追放されて初めてこの地に立ったとき――そこには硫黄の泡を吐く死の毒沼しかなかった。


 いま同じ場所から見下ろす景色には。


 運河の水面が月を映している。桟橋には停泊した交易船の灯り。立ち並ぶ家々の窓から漏れる暖かな光。市場のざわめき。子供の笑い声。


 死の沼だった場所にいま無数の灯りが宝石のように瞬いていた。


「……綺麗」隣に立ったメイが息を呑んだ。「ここが、あの毒沼だったなんて。誰が信じる?」


「土は、嘘をつかない」俺は灯りの海を見渡した。「正しく読んで、正しく導けば、死の沼すら、これだけのものを、返してくる」


 だが、俺の胸にはひとつの予感が影を落としていた。


 これだけの富とこれだけの人。この灯りはもう辺境の片隅に隠しておけるものではない。バルツァー辺境伯は徴発隊の失敗で引き下がるような男ではないだろう。そして――この光はいずれもっと遠く。王都のあの男の耳にも届く。


「灯りは、暖かい」俺は夜景を見つめたまま呟いた。「だが、暗闇からは、よく見える。――次に来るのは、もっと、厄介な相手だ」


 オルテガの灯りは希望であると同時に、狙われる富の目印でもあった。


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