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09 朔

 転生者の付随スキル『黄泉戸喫不活化(ヨモツヘグラナイ)』を、無効化ないし貫通できる能力。それが、ヨモヒラ坂の現場担当に求められる要項である。


 静虎の能力『朔夜はお楽しみでした《ワン・オン・ワンナイトカーニバル》ね』はその最たる例であるが、簡易な発動条件の代償として相応のリスクが伴う。



 一つが、能力の限界点。

 密室内にて、およそ700時間(次の新月までの期間)を超過すると、空間内の摂理に綻びが生じる。以降は『お願い』を達成しても出口が開かなくなり、その密室は永久に世界から切り取られてしまう。


 だが、このリスクは実質あってないようなものと静虎は捉えている。余程の準備をしない限り、制限時間の前に水と食料が先に尽きてしまうからだ。


 その食料に関連したもう一つのリスクが、自滅の可能性。

 転生者の付随スキル『黄泉戸喫不活化(ヨモツヘグラナイ)』は、静虎や殺那にも適応されている。静虎とて、空間内で異世界の食べ物を口にすれば、転生者と同じ運命を辿る事となる。


 摂理に反するものを無効化する空間を作り出す能力。

 異世界で発動すれば、地獄の鬼も摂理の外にある概念とされる。

 つまり空間内において、静虎は人間と何ら変わらない存在なのである。



◇◆◇

 


 夜明け前が一番暗い。

 これは西洋のことわざであり、困難の先にある希望を比喩的に表現している。だが実際の夜空は、明け方に近付くほど青みを帯びていくものだ。この異世界においても同様の摂理。それは、本来であれば覆ることのない事象だ。


「あれ、外が少し暗くなった? 急に曇ったのかなー」


 静虎へ詰め寄っていたミミが、黒く塗り潰された窓の外へ注意をそらした。

 とは言え、ログハウス内の魔術照明は健在。この世界の理に従ったそれは、静虎の能力の対象外となる。暖かみのあるオレンジ色の光が、尚のこと隠と陽の境界を際立たせてしまっている──のだが。



「ま、いっか! 家の中は明るいしー、それよりサラダだよ、サラダ!」


「……はい。おいしそうな野菜があったので、使わせてもらいました」


 ミミの弾んだ口調は、魔術照明よりも余程明るいものだった。能天気。そう断じてしまえば、それまでなのだが……静虎の胸中には言い得ぬ不安が渦巻いている。

 それを気取らせない為、静虎はにっこりと微笑み「召し上がれ」と両手を広げてみせる。笑顔での催促。任務完了への最後の一手。



「それじゃあ、いただきまーす」


 ミミが嬉しそうにサラダボウルへフォークを伸ばした。炙りベーコンを突き刺し、ルッコラに似た葉もの野菜ごと口元へと運ぶ。その表面には、ドレッシングと抱き合ったポテトチップの欠片が輝いている。

 静虎の全力を込めた一品が、いま転生者の口内へと──



「おっと!? これヤ(・)バ(・)い(・)よ、天使ちゃん! 味見とかしてないよね!?」


「えっ? ごめんなさい、味見はしてないです……えっと……?」


 あと僅か数センチという所で、その一口はサラダボウルへと戻されてしまった。



「取り合えず、コッチきて。はい石鹸、ゴシゴシしてねー」


「えと、ちゃんと料理まえに手をキレイにしましたよ……?」


 ミミに手を引かれ、なすがままキッチンへ連行されてしまう。そのまま備え付けのシンクで、手洗いを強要される静虎。石鹸で念入りにこすり、流水で綺麗に洗い流すまで、ミミの表情は険しかった。


「確認だけど、料理した手で目をこすったりした?」


「いえ、とくには」


 味見をしたかの有無。念入りな手洗い。粘膜へ触れたかの確認。ここまで来れば、クハナが居なくとも察しはつく──毒だ。

 今回の料理に毒物が混入したとすれば、消去法で当たりは付く。そして先程のミミの剣幕を考えると、その毒性の強さにも想像がついてしまう。



「そのルッ……葉もの野菜に、毒があるのですか?」


「んー? ルッコラに似てるよねー。でも、これは食用じゃないんだ。ごめんね、キッチンに置いてたから紛らわしかったよね?」


 毒草を台所へ置く。通常であれば考えられない話ではあるが、ミミの条件を踏まえれば納得できる理由も浮かんでくる。



「これが結構、虫除けになるんだよねー。まあ、毒性が強力で最悪ヒトでも死んじゃうから、危険な方法なんだけどね!」


 香草の中には、虫除け効果がありキッチンで使えるものも存在する。だが有毒植物を、ローズマリーやペパーミントと同じ感覚で扱うのは正気の沙汰ではない。



「獄卒(てんし)ちゃんも知(・)っ(・)て(・)る(・)と思うけど、ワタシって毒でも死なない身体だからさー。ちょっとだけピリってするケドね」


 そう。『完全無欠な補償の保証《スタンドアロン・ローン》』は、健康体を強制維持する能力。確かに、それを持つミミならば問題なかったのだろう。



「というワケで! ワタシなら、このサラダは美味しく食べられる料理なんだよ」


「え……」


「それじゃあ、仕切り直して。いただきま──」



「まってくださいっ!」



 ミミの言葉を遮る大声。

 自分でも信じられないような言葉が、静虎の口から勝手に飛び出していた。



◇◆◇



 人間の聴力は、0 dB 〜 25 dBが平均的な基準とされている。

 耳が良すぎる場合は基準値を逸脱してしまうが、その状態が不(・)健(・)康(・)とは解釈されない。つまり元々『地獄耳』だったミミは、救出されて以降の通信(かいわ)を全て把握していたのだ。


 その上で、粗方の事情を飲み込んでもいた。

 繰り返される生と死が、ミミの精神を大きく変化させていたからだ。



 覚醒、思考、苦痛、意識の薄れ。逃れられないサイクルの繰り返し。肉体は動かず、生きながらに、死に続ける。地獄に堕ちた亡者と何ら変わらない状態。当初は意識が明瞭になる度に、AIと獄卒への憎しみがミミの精神を蝕んでいた。


 だが。

 それも百を越えた頃には大きな変化が生じてくる。


──もう文句は言わないから、来るなら早くきてよ獄卒──……



 願い、希望。それは怒りや怨みより、幾分か苦痛を紛らわしてくれる。


──どうせなら、ワタシ好みの執事系男子 (メガネ)の獄卒でお願い。あ、でもワイルド系も捨てがたい。ギザ歯の……いっそ女の子でもいっか。その方が、お互いに気が楽かもだし──……



 叶わない夢。妄想だけで思考を埋め尽くし、魂の悲鳴を誤魔化し続ける。


──やっぱり、一緒に暮らすならロリっ子の方がスローライフっぽい? よーし、次に意識が覚醒したら黒髪パッツン三白眼のロリっ子が、得意武器の斧でワタシを救出してる展開──!



 奇跡が起こり、幸か不幸か妄想は実現した。


 なのでミミに含むところは何もない。相手が素性を隠すのならば、それを尊重し。たとえ相手が自身を害する存在であろうと、受け入れる覚悟ができていた。最(・)悪(・)を経験したいま、もうこれ以上の地獄はないのだから。




「だから気にしなくていいんだよ、天使ちゃん」


「……静虎です」


 ようやく天使が口を開く。待てと言ったきり、次の言葉を紡げずにいた彼女。その姿を見て、ミミは自身の心境を赤裸々に語ってみせた。


 その甲斐があってか天使──静虎が、名前と共に様々な事情を明かし始める。まるで、物語のインフラ整備をするヒロインの如く。地獄の仕組みから、静虎の任務、その能力までも丁寧に説明してくれる少女。


 止めなければ、時(・)間(・)が(・)許(・)す(・)限(・)り(・)喋り続けそうな勢いだ。

 さすがに喉が渇くだろう。そう思い、魔術を内包した蛇口からコップ一杯の水を用意し「もしかして、これもヨモツヘグイになったりする?」と確認すれば、静虎は「問題ないです」とコップを受け取り水を飲み干してみせた。


 そんな取り繕わなくなった少女を見て、自然と笑みがこぼれてしまう。


 聞けば、享年は22。獄卒歴も10年以上という外見詐欺の少女。

 料理が下手なクセに、食事自体は好きだと言う。手製のヨモツヘグイを美味しそうと表現し、ともすれば手を伸ばしそうな勢いすらあった。


「これはダメ! ワタシのだからねー。あと気になったんだけど……シズちゃん、蛇口から水が出て驚いてたよね? ほら、手を洗った時」


「はい。魔術の発展におどろきました。まさか10年程度で、ここまで──」


「そうじゃなくてね、この毒草。野菜だと思ってたんでしょ? 料理前に洗わなかったの?」


 三白眼を見開き、文字通りに瞠目する静虎。

 そんなどこか憎めない獄卒との会話は続いていく。永遠とも思えた闇。その先にあった泡沫の夢。ミミにとって楽しい時間が、ゆっくりと流れていた。



◇◆◇



 どちらともなく空腹の音が鳴る。互いに久しく聞かなかったそれは、誤魔化しきれない限界点を物語っていた。時間には限りがある。人の身にあまる力はもう無いのだから。


「さてと、丁度お腹も空いたことだし。そろそろ、お開きにしよっか?」


「……まだです。空腹はピークを過ぎれば、ある程度でおさまると聞きます。さいわいにも、水はあることですし」



 奇妙な共同生活(スローライフ)は、まだ終わらない──


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