08 先輩、この女チョロいですよ!
『朔夜はお楽しみでしたね』
特別な隔離空間を作り出す、静虎の能力。
❶月のない夜に、密室で二人きりになること。
❷静虎が『お願い』をし、相手がそれを『了承』すること。
この二つの条件を満たすと密室は完全に閉ざされ、第三者の介入は不可能となり、その隔離空間内では摂理に反する力が無効化される。
密室が開く条件は、発動前にさだめた静虎の『お願い』を相手が達成した場合のみ。それまでは時間が屈折し、新月の一夜が終わることはない。
すなわち、〇〇しないと出られない部屋である。
ちなみに前回の任務では、標的の寝室にて──
「お夜食をお持ち致しました。召し上がっていただけますか?」と静虎が問い。
「この世界にもヤキソバがあったのか!? 食べる食べる!」と標的が了承した事で条件が満たされている。
◇◇◇
ログハウス内を淡く照らす、暖色のシーリングライト。
深夜から早朝になろうとする時刻。場違いな明かりが、静虎を迎え入れていた。
「あれは、マジュっさん特製の光魔術家具なんだー……って、それよりホントにありがとね天使ちゃん!」
救出した任務対象からの感謝。それは静虎にとっても、滅多にない経験だったため少しだけ戸惑ってしまう。だが、任務は任務。
明るい場所で、静虎は改めて転生者・ミミを観察する。事前情報との大きな違いは、頭髪が緑色に変化した点と、肉付きが良くなった点だろう。体重、体格共に静虎より二回り以上は大きい目算だ。
「ちょっと、天使ちゃん。そんなに見つめないでよ〜」
それだ。観察も重要だが、静虎には他にも優先すべきことがある。
「あの、わたしは天使ではないです」
「あ! 大丈夫、大丈夫。ちゃんとわかってるからねっ! でも命の恩人なんだから、ワタシにとって君は『天使ちゃん』なんだよー」
ミミの述べた強引な理屈を、静虎は一先ず「そうですか」と容認した。この異世界では、転生者のサポートに遣わされた獄卒が『天使』と呼称されている。それを知っているがゆえの探りだったのだが、杞憂の線が高いようだ。
《先輩、メイド服を着た女の子はみんな天使ですよ〜》
クハナが小声で通信を入れてくるが、どうでもいい情報だった。
静虎が任務へ赴く前、メイド服に着替えた理由は警戒されないためである。下位の獄卒の制服である『黒紋付』は、転生者ならば必ず目にしているからだ。
「それにさ、屋根まで直してもらっちゃって感謝しかないよ! もちろん、メイド服にも感謝!」
「気にしないでください。こちらの落ち度……いえ、都合ですので」
静虎の両手を握り込み、ミミが何度も上下へ振りながら感謝を述べる。
その高すぎるテンションに飲まれ、静虎は軽く失言してしまうが、喜色満面な転生者には聞こえていない様子。
ログハウスに空いた穴を修理した理由は、静虎の能力を発動させるため。
案内された広いリビング、隣接するオープンキッチン、寝室替わりのロフト。これらは独立しておらず、一つの空間で繋がっている構造だ。この間取りでは条件を満たせる部屋が、浴室と、トイレしか存在しない。そこへ誘い込み、食事を求めるのは流石に不自然すぎるだろう。
だから静虎は、窓の穴を塞ぐことで家自体を密室に仕立てたのだ。
ちなみに屋根を直す際、気付いた点が二つあった。
一つは夜露の存在。昼夜の寒暖差で屋根は夜露で濡れており、とても滑りやすい状態になっていた。ミミがああなった理由も、そこにあったと言う。
そしてもう一つが、宙にあいた『穴』の存在だ。
ミミ曰く、家の周辺には魔除けの結界が張られているのだとか。宙の穴は、その結界の一部が破損したことを意味しているのだろう。原因は、おそらく静虎にある。
奈落の底で転移する予定だった座標は、ログハウスの目の前。その際に結界が『鬼』を弾き、反動で壊れてしまったのではないか──クハナの立てたその仮説は、理に適っていた。
先程の落ち度という発言は、無意識のうちに静虎が罪悪感を抱いたからなのだ。
「ですが……やることは、やりますけどね」
「んー? 何かやりたいの、天使ちゃん。おねえさんに話してごらん?」
享年は大して変わらない上に、地獄で過ごした時間を足せば静虎の方が余程おねえさんなのだが……任務中の静虎は、効率のためならば何でもする。
より上手によもつへぐるには、モニターを通して観ている後輩の目など、気にしている余裕はないのだ。
「えとえと、おねえさん。お台所、お借りしてもいいですかぁ?」
「いいよー! 何か作ってくれるの!? めっちゃ嬉しいー、食材とか自由に使ってね!」
第一段階クリア。屋根の修理で時間を使い、夜明けまで15分を切っている。
状況が上手く運び過ぎている点に、若干の疑念もあるが──
《うわっ、チョッ、ロー! 先輩、この女チョロいですよ!!》
アナタも割と似たような性格ですよ。という言葉をギリギリで飲み込み、静虎は後輩へ指示を出す。ここからは共同作業が必須なのだ。クハナのモチベーションを下げる訳にはいかない。
ヨモヒラ坂・第弐班の料理レベルは、二人足しても半人前に満たないのだから。
「油断禁物、食材の出し惜しみもなし。全力でいきますよ、クハナ──!」
◇◇◇
今日のヨモヘグレシピ!
〜 5分で簡単・ヨモツベーコンサラダ 〜
材料
・ルッコラに似た野菜 ……15 g
・ベーコン ……2切れ
・ポテトチップ ……1袋
調味料
・シーザードレッシング……適量
作り方
・ルッコラを束にまとめ、ハサミで三等分に切り分けます。
・ベーコンを軽く炙る。[ポイント]
火は異世界のものを使用します。火属性魔法を内包したコンロがおすすめです。
・ポテトチップを粉々に砕く。
袋の口を少しだけ開き、袋ごと手のひらでゆっくり潰すとキレイに砕けます。
・サラダボウルへ、ルッコラを入れ、ドレッシングをお好みの量だけかける。
・最後に、炙りベーコンをのせ、ポテトチップの破片を振りかければ──
「完成! へグッと食感、ヨモツベーコンサラダです」
《さすがの盛り付けです先輩! 私もポテトチップを砕いた甲斐があります!》
今回のミッションにおけるクハナの手柄は大きい。まず『奈落の底』に、ハサミとアルコール除菌シートを手早く投げ込んだ。これにより包丁の扱いが苦手な静虎は、手洗いを含めて大幅な時短に成功する。
その間にクハナは、弐号室の食料棚へ向い──殺那が差し入れてくれたお高いベーコン、同じく割と高級なシーザードレッシング、そして静虎秘蔵のポテトチップを取り出した。
ベーコンとドレッシングを静虎へ送り、ポテトチップはクハナが砕く。
まさに完璧なコンビネーション……これが二人の料理スキルの限界なのだ。
《でも良かったんですか、ソレ使っちゃって》
「確かにレアものですけど、賞味期限がありますし。獄卒が食べ物を粗末にしては、面目が立たないでしょう?」
「わぁ! おいしそー、てかベーコンなんて何処から出したの!? あとさ、あとさ、いま誰かと話してた?」
静虎には武術の心得がある。背後を取られるような事は、獄卒になってからも数える程度。そんな静虎が、ミミの接近に全く気付くことができなかった──!
「ん〜? どしたのカナ〜、天使ちゃん?」
《──釜に蓋》
顔を近づけ、詰め寄ってくる任務対象。
その刹那。クハナからの符牒──密室条件を完了するため、観測を外す合図が来る。
ここから先は、静虎と転生者の一対一。不可解な点があろうと、新月の夜は間も無く明けてしまう。ここで仕掛けない選択肢はない。
「おねえさん……がんばって作りました、召し上がっていただけますか?」
「うんっ!!」
──『朔夜はお楽しみでしたね』
舞台を別つ暗幕が役者を包み隠し、幕間は闇夜によって秘匿される──
実際にルッコラ(ベビーリーフなど)で作る場合は、よく水洗いをしたのち、サラダスピナーやクッキングペーパーなどで水切りをするとより食感が良くなります。




