06 風が吹けば
魂流統括部・転生課・ヨモツヒラサカ特別対策係。
他に黄泉比良坂の名を関する部署が存在しないことから。
通称『ヨモヒラ坂』と呼ばれている。
立ち上げは約10年前。当時の人員はわずか3名。
係長を務める春ノ木殺那が現場担当を兼任し、他は観測役1名、チート剥奪役の新人1名という過酷な環境だった。それゆえに、場当たり的な対応を求められるケースも多く、いつしか新人はベテランに比肩する程のトラブル処理能力を身に付けていた。
その当時の新人こそ日比野静虎であり、彼女は現在『ヨモヒラ坂・第弐班長』という肩書きを得るまでに至った──!
「つまり、北風がバイキングを作ったんですね」
《えと、ノルウェー辺りのことわざか何かですか? ちょっと良く分かんな──あ、右へ15度ズレました……調整確認。目的地まであと500 mです、先輩》
後輩との雑談で笑いを取りに行き、オチが通じなかった静虎。そのまま話が流れてしまい、何とも言えない気分となったが──今は目をつぶる時。瞼を閉じ、通信によるナビゲートを頼りに丘陵地帯を進むことが第一だ。
アナログ過ぎる攻略法ではあるが、現状においては最適解なのだろう。人避けの結界が認識を歪めているのは、現地にいる静虎のみ。モニター越しに観測しているクハナにまで、その影響は及んでいない。
ならば自身の感覚を遮断し、相棒に誘導してもらえば良い。そう思い至った静虎の目論見は成功し、着実に目的地へと近付けているという現状だ。
《むー。本当なら私が、結界の特性を詳しく分析するんですけどー》
「チカンと遭遇したせいで、時間を大きくロスしましたから。こういう場合は、経験に基づく勘が意外と役立つんですよ」
とりあえずベターな方法を試したら、たまたま正解だった。静虎は言外にそう言っている。これではサポート役の立つ瀬がないので、いわゆる『ノンデリ発言』とも受け取られかねないが──
《もしかして先輩って、行き当たりばったりの方が向いてます?》
「フレキシブルと言ってください。これでも場数は踏んでる方です、わたしだってヨモヒラ坂の初期メンバーですから」
めずらしく静虎が先輩風を吹かすも、後輩はどこ吹く風で「ヨモヒラ坂って略すとアイドルみたいですよね!」などと益体もない感想を返した。世代が微妙に違う2人だが、それが絶妙に緩衝材として働くのだろう。不和が生まれることは、まず無い。これはこれで、いいコンビなのかもしれない。
どこか懐かしい空気を感じながら、一歩づつ確実に、静虎は対象の住むログハウスを目指す。
目的地まで残り300 m。
夜明けまでのタイムリミットは、あと1時間──
《左へ30度ズレました……調整確認。先輩、ずっと目をつぶってて怖くないですか?》
「そこはクハナを信じてますから」
《さ、さすが先輩! 私に出来ないことを平然とやってのける、そこにシビあこです!》
社交辞令を言わない静虎のそれは、天然のリップサービスに等しい。本心からの信頼をこともなげに告げられれば、戸惑いもするだろう。照れ隠しでクハナがおかしな事を口走るのも仕方がない。
だがそんな後輩の感情は置いておき、静虎には看過できない疑問が生じていた。
「……なぜ、そのネタは知ってるんです?」
《え? 割と有名なネットミームですよね!? 元ネタは知りませんけど》
時代の移り変わりを目の当たりにし、静虎は少しだけアンニュイになった。
《先輩? 私、なにかやっちゃいました……?》
「いえ……それより、クハナ。能力は維持できていますか?」
気まずくなり、仕事に関連した話へと舵を切る静虎。対してクハナは「大丈夫でーす」と明るく告げる。不自然な話の流れには目をつぶってくれたのだろう、できた後輩である。
そのクハナの能力『意味深な数字』は、野盗の一団と対峙した時点から変わらずキル数を指し示している。その理由は、分かり易く対象の危険度を示す数字だからである。
仮にターゲットの数字が0ならば、脅威の度合いは著しく下がるだろう。
だがもしも数字が2以上の場合は──
◇◇◇
高台のログハウス、空はまだ暗い。無事に目的地へと辿り着けた静虎は、約10分振りにその目を開き……そのまま目を丸くする事態に襲われている。
「……クハナ? もう一度、報告をお願いできます?」
《150……いえ、151に増えてました! ど、どうしましょう先輩!?》
それは凄惨な光景だった。
月の無い夜。わずかな星明かりが照らし出すのは、女の死体。屋根から吊られ、首に縄が絞められた緑色の髪の物言わぬ亡骸。
その死体こそが今回の転生者であり、151という数字を叩き出している張本人でもある。
「おそらく、死と再生の繰り返し。やはり原因は彼女のチート能力でしょうか?」
《は、はい。現在の数値は152……約1分で、カウントが1増えている試算です! 仮に数値が0からスタートしたとすれば、時間にして2時間半ほど経過してますね……!》
クハナが出した計算に、静虎はひとつ思い当たる節を感じる。
「2時間半というと、わたしが異世界入りしたタイミングと近いです」
《はい。関連性は不明ですが、先輩の現着が今から2時間42分前。さきほどの仮説に照らし合わせると、ターゲットの最初の死亡はその10分後という事に……?》
できる限りの推測を試みるも、ここで行き詰まってしまった。
初めてのケースを前に、混乱気味となるヨモヒラ坂・第弐班コンビ。そんな事はお構いなしに、ゆらゆらと揺れ続ける女の遺体。まるで時を刻む振り子時計のように、風に遊ばれ揺れている。そして二人が悩んでいる間も、数値だけは無情にも増え続ける。そんな折──《ええ!?》
事態を動かしたのは、クハナが操作する情報処理端末への入電だった。
《先輩、緊急事態です! 資源管理部長から直電が来ました! その異世界に、幽世のリソースが大量に流れているそうです!!》
チート能力は、使えば使うほどエネルギーを消費する。その供給源となるのが、幽世全体を流転している『蓬塵』という霊的エネルギーである。本来ならば異世界に存在し得ないチカラを振るうのだから、必然的にそのリソースは外からの供給となる。死者蘇生という超抜能力が1分ごとに使われていれば、資源管理部が取り乱すのも当然の話だったのだ。
「これは、助けるしかないですね。どのみち解放しなければ、よもつへぐれませんし」
《はいっ、あの大らかな管理部長が鬼の様に怒るレベルです! い、急いでー!》
部長は生まれながらに鬼なのだから、それはそう。などと野暮な思考をしつつも、静虎は地面に落ちていた薪割り用の斧を拾い上げる。そして、屋根とロープが接触している部分を狙って振りかぶり──
「……まあ、狙いが外れて首ごといっても問題ないでしょう」
《これ以上、やっちゃダメー!? 先輩の数字が増えれば分かるんですからね!》
「冗談です。投擲は苦手なので、直接いきます……っ!」
ログハウスの手すりへと飛び乗り、そこから大きく跳躍してロープを切断。すかさず遺体を抱きかかえ、静虎は綺麗に着地を済ませた。さすがの手際の良さにモニター越しのクハナも思わず見入ってしまい「ロリにお姫様抱っこされる……成人女性……アリ?」などと妄言を口走っている程だ。
自分も成人女性であると文句を言いたい静虎だったが、今回は続け様に妄言を吐く者が、もう一人いた。
静虎の腕の中。抱えられた女が、何故か恍惚な表情を浮かべ──
「黒髪メイドの……斧っ娘? 理想の天使すぎる……!」




