05 不死身のカラダを手に入れたので、スローライフはじめます
藤見 心海は『異世界転生』希望者である。
生前の職場は一般的にブラックとされる環境であり、ある日トラックに追突され死亡した。享年25──
「あのー、ワタシまだ23歳なんだけど……」
申請用紙の印字に不備があると感じ、心海は不安げに窓口へ尋ねる。
「享年は満年齢ではなく、数え年を基準にしております。藤見様の場合ですと2026年の御誕生日を迎えられる前に死亡しておりますので。満年齢に+2で、享年は25となります」
システマチックに返答する転生課の獄卒。貼り付けた笑顔に、矢継ぎ早な説明。それは、余計な茶々を入れさせない為の工夫なのだろう。その様を見て心海は──どこも大変なんだなぁ──と、世知辛さを感じてしまう。この窓口へ辿り着くまで、何度もたらい回しにされた。今も後ろを見れば、自分と同じような亡者が大勢あふれている。
長蛇の列へ忙しなく対応している獄卒達を見て、生前の自分を重ねずにはいられない。そう感じた心海は、せめて手早く済ませようと思い至る。そして、改めて申請用紙の隅々へ視線を注ぐと──
『能力相談に、対話型AIを希望 → する・しない』
欄外にある一風変わった項目に目が止まった。
◇◇◇
──『藤見 心海』様には『完全無欠のんびり生活』という能力がオススメです。こちらはスローライフを希望される転生者様のニーズに応え、転生課が考案したセットプランとなっていますので大変お得です。
「えぇー。対話型って、チャットじゃなくてホントに喋るの? なんか思ってたのと違うかも……相談AIって言うより、保険の営業みたいだし」
──保険に関する能力で、一からのビルドをお望みですか?
「あ、急にAIっぽくなった。ええと、一からの構築だと落とし穴がありそうで怖いから却下。プロが考案した『完全無欠のんびり生活』を基軸に、ワタシの要望を組み込める?」
──承知しました。ご要望をどうぞ。
「まず、享年25ってアラサーみたいな印象だから、少しだけ若返らせて……あとは丈夫さも欲しいかな、最悪お金が無くても生きていける感じの。それと……」
◇◇◇
『完全無欠な補償の保証』
健康体の強制維持が保証される能力。
健康体とは怪我、病気が一切ない肉体の全盛期を指す。転生者ミミは、その副次効果で肉体年齢が19歳に固定されている。
条件として、ミミは毎日8時間以上の睡眠と、1,800 kcal以上の摂取を保証しなくてはならない。
もし寝食が基準値を下回った場合は、負債状態となる。負債を返すためには、基準値の1.1倍増しで寝食を満たす必要がある。この倍率は生涯固定であり、増減はしない。
また、負債状態でも健康維持の能力は継続される。その代償として、ミミは自身の『運』を担保としている。これは負債量に比例し運気が低迷していく仕組みである。
◆◆◆
「AIと格闘すること一時間、能力に割けるリソースがどうたらで、色々いじった結果……とんでもない条件で審査が通っちゃったなぁ!」
AIはあくまで提案しかできず、承認自体は転生課の獄卒が行うと知らされていた。なので心海は、こんな能力では窓口が受理しないだろうと半ば諦めていたのだが。あっさりと申請は受理され、その翌日には早くも承認が下り、こうして異世界へと投げ出されてしまった。
果てしなく広がる草原で心海──改め、ミミが一人呟く。
「地獄のお役所、大丈夫? ワタシの能力、実質『不老不死』に近いんだけど……」
その顔立ちや背格好は、生前の19歳当時まで若返っている。当時との違いは、頭髪が明るい緑色に変化したことと、視力が良くなったという点だ。ミミの肉体は掛け値なしに、健康体と呼べるのだろう。ミミは、この状態が恒久的に維持されると踏んでいる。
「ん〜っ! 10時間寝たあとみたいにスッキリした気分。幸先いいなー、能力の代償も特に問題なさそうだし!」
能力のバランスをとるために必要とされた代償。一見するとデメリットに見えるが、運気の低迷以外に実害のない設計になっている。ミミがAIに質問方法を変え、色々と試した事による偶然の産物と言える。AIが提案する代償、知能低下、記憶消失、精神摩耗などを次々と蹴っていき──『運』という要素へ辿り着いたのだ。
運は尽きることがない。慣用句として使われる『運の尽き』は、あくまで幸運が尽きたという意味だ。不運もまた運であり、極論を言えば、自分の意思や努力でコントロールできない全ての事象が『運』と解釈できてしまう。そして生きている以上、それが尽きることはあり得ない。
つまり能力の性質上、どう転んでも『健康体の強制維持』が確約されているのだ。
「まあ不幸になるのはイヤだから、ちゃんとご飯食べて、たくさん寝るけどね!」
心機一転、異世界生活。誰もいない草原で、ミミは拳を突き上げ宣言する。
とは言え、所持品は何もない。ここが何処だかも分からない。前途多難で、割と絶望的なスタートだった──
もし仮に『完全無欠のんびり生活』を選んでいれば、庭付き戸建てがある隔絶空間で、節約すれば尽きることのない食料と、選択可能ないくつかの嗜好品が約束されていた。
だが、そんな事実をミミは一切知らない。AIが大前提を語る手順を、意図せずスキップしたからだ。他ならぬ彼女自身が、余計な茶々を入れた事が原因である。
彼女の運は、さほど良くない。
◇◇◇
──半年後。
ミミは丘陵地帯の高台へ来ていた。
思い返すのは激動の日々。草原で魔物とのエンカウントから始まり──そこで殺されても回復することが否応なく証明され、泥試合のすえ勝利を果たした。
魔物が存在する事で、割とありふれた『剣と魔法の中世風世界』だと当たりをつけ、辿り着いた街にて冒険者登録を済ませ。そこからは、馬車馬のように働き、食べて、寝てを繰り返した。
不死という特性を最大限に利用し、ミミは着実に財を成していき──ついには、マジックアイテム『家の筐』を入手するまでに至った。
そして現在。
人の寄り付かない辺境へと赴き、ようやく夢のスローライフが秒読み段階となったのだ。
「一人住まい用のログハウスで、80万キーノ。魔除けの簡易結界が付いての価格だから、高い買い物じゃなかったハズ」
この世界の通貨『キーノ』は、ミミが死亡した時期である令和8年の日本円とほぼ同価値。物価から逆算し、自身の手取りが生前よりも遥かに多い事を知った時。ミミの瞳からは自然と涙がこぼれていた。
捨て身(※保証付き)で働き、貯めた金額の9割を注ぎ込み。知り合いの魔術師から格安で譲ってもらった、家の筐。それを天高く掲げ、ミミが叫ぶ──
「展開・放出!!」
呪文を唱えると、丘陵地帯の一角がまばゆい光に包まれる。新月の夜ゆえ、一層と輝いて見えるそれは、まるで希望を体現しているかのようだった。
これまでの苦労を反芻し感慨に耽るミミ。やがて光が収まり、再び暗闇が訪れる。彼女の目が暗さに慣れると、そこには──
「うぅ……っ、ぐ」
決して大きな家ではなかった。敷地面積は5坪程度。ログハウスの見た目も簡素で、特徴は屋根が左右非対称という点と、その屋根に一つだけ天窓があるという程度。
それでも、ミミは感涙に咽び泣いていた。
風に乗った材木の香り。柔らかく鼻腔をつく匂いが、新生活を想起させる。藤見 心海としての人生。ミミとしての半年間。その全ての苦労を洗い流すかのように、ミミの涙は夜が明けるまで止まることはなかった──
このおよそ1ヶ月後、再び訪れる新月の夜。
ミミは黒髪の悪魔と遭遇することとなる。




