13 虎、囁けば
『破武器に構えなし』
その流動にして可変な戦い振りは、あらゆる武器へ対応する為。故に固有の型を持たず、一意専心に武器破壊のみを思惟する。対峙した際は、ゆめ忘れるな。奴等が、知恵ある蛮族だという事を──
古来より、武芸者の界隈ではそう伝えられている。
だが当の破武器からすれば、その認識はお笑い種でしかない。
変幻自在に闘う姿勢こそ『流雲』と呼ばれる心構えであり。
他にも、武術の形に近い『鼓風』と呼ばれる所作がある。
敵の武器を破壊したのち、丸腰同士の殴り合いへと移行する間に入れる刹那の残心。有り体に言えば、ボーナスタイム到来に逸る気持ちを抑えるために『鼓風』がある。
滾る鼓動に一陣の風を。
その効果が得られるのならば、どの様な所作であっても構わない。
改めて、拳を握り込む者。
敢えて、拳を鳴らす者。
冷静に、拳を見つめる者。
淡々と、拳を引き、手本のような構えをとる者──
「同じ。ですね」
「あはは、不思議だねー」
静虎とミミが半身で向き合う。互いに利き手が異なるため、その姿は鏡写しのようだった。尤も、服装を見ればメイドと寝巻き。体格差も相まって、酷く歪んだ鏡ではある。
「そういう事もあるのでしょう……なにせ、わたしとアナタは同門ですし」
「──! 気付いてたの、シズちゃん?」
たとえ同門と言えど、珍しいことに違いはない。静虎とて初めての経験だった。
一方でミミは、その口調に反して鼓風の乱れが皆無に等しい。普段の態度が嘘かのように、付け入る隙を全く見せない身構えだ。
容赦なく仕掛けるつもりでいた静虎は、改めて彼我の戦力差を計り直す。身長、体格で劣るのは勿論……どうやら、技量だけでなく、精神力までもミミの方に分があるようだ。
静虎が勝る点は、おそらく速度のみ。しかし、速攻をかけるには相手に隙が無く。速さで翻弄できる程、体力に余裕はない。60時間の断食という枷が、あまりにも大きい。
そして言うまでもなく、ミミも同様の枷で繋がれており──
「鼓風のまま、膠着かー。師範がいたら叱られちゃうなぁ」
「そうですね。あの人は、鼓風を『タコ殴り』に入る前の、決めポーズと言ってましたから」
ログハウスのリビングで、2mの距離をあけて睨み合いが続く。徒手の間合いにしてはやや広い。互いに同門組手のルールを意識しているのだろう。
──相手の背中を、床へ付ければ勝利──
シンプルすぎる理由は、それ以上へ発展させない為。あくまで破武器。タコ殴りにして善いのは、武器を持った相手のみ。それも『命』を脅かす悪党に限る。
「まず武器を壊し、恐慌した敵をボコボコにし、心を折る──だよね?」
「ええ、師範が言う『正闘防衛』ですね。蛮族の国の法律だと思いますけど」
「あはは、言えてるー……ていうか、ワタシ達が同じ人に師事してたっていつ気付いたのー? ねぇ、教えてよー。シズちゃん」
静虎が任務前に得た情報は──死亡時の容姿と享年、ミミという転生名、スローライフを志望、チート能力に関する詳細──これらのみ。
いつも通り、あえて対象の来歴は頭へ入れず行動を開始した。情が湧けば任務に支障が出るからだ。もはや、その保険は意味を成していないが……。
記憶を呼び覚ます糸口は、別の所にあった。
この異世界にて、料理を終えた時。迂闊にも背後を取られ、ある可能性が静虎の頭へ過っていた。
破武器の志を持つ道場は、日本各地に点在している。だが、大元である道場には門外不出の技があるのだ。それが『月隠り』──ハブキの隠行術。
死角に紛れ、気配を断ち、音を消す。これを教える師範は一人しかいない。
静虎が生前、その師範に背後を取られた時の恐怖。自分よりも大きな相手が、知らぬ間に真後ろに居たという衝撃。それと同じことを、ミミはやってのけたのだ。
「きっかけは、60時間前です。確信を得たのは、先ほど目にした……アナタの笑顔ですけど、ね──!」
静虎が仕掛ける。捉えたのは、一瞬の綻び。
ミミの心に生じた間隙を、見逃さず──攻める!
「……っ!」
強く踏み込んでの跳躍。相手との直線軸より、やや斜め前方──狙いは机。
中継地となる二つ目の跳躍点を経て、静虎の身体が加速する。
かつて口にした大言壮語を『真実』にするため。
幾度となく、人と鬼の膂力差を調整し使い込んできた奥義。
もうトチる事はない。
ここは駅のホームと違い、突風など吹かないのだから。
◇◇◇
「させないっ!」
身を逸らしつつ、首裏に片手を回すミミ。
冒険時の服装ならば別だが、寝巻きで『徒桜』の起点となれる部位は襟首のみ。着替える事なく闘い始めた常在戦場の精神が、逆に幸運を呼び込んでいた。
「!」
だが、静虎の攻めも止まらない。
ミミを越え、その身体は後方にある柱へと向かう。ロフトを支える太い丸柱。宙で身を翻し、寸分違わず曲面を蹴り返す。元より『二段構え』だったのだろう。その軌道は、綺麗に180度転回し──静虎が再びミミの元へと舞う。
思わず見惚れてしまいそうな、月面宙返り。
いつか見た天使の再来ではあるが、柱で一度反転したため勢いは緩い。ミミは一呼吸だけ抜き、迎撃体勢へ移る。先程と違い、もう虚を衝く隙など見せない。
初志貫徹に『鼓風』を構える。
それは憧れの勝利ポーズ。棒術使いを打ち倒し、天使が見せた美しい所作。網膜に焼き付いた動きを真似、鏡写しになってしまった幼い日の憧憬。
半身を逸らし、右腕を引き、左脚を前へ踏み込み──
「「!?」」
ミミの重心が振れ、迎撃の構えは崩れ去る。
虚を衝かれたのは静虎も同様なのだろう。宙返りする表情に、わずかな驚愕が浮かんでいる。つまりは、意図せず起きた不運。
静虎が机を足場とした際、そこへ置かれたコップが倒れた。だが……その水が床を伝い、ミミの足元へ及ぶ事までは両者共に想定外。思わぬ形で、勝負に水が差されてしまったのだ。
「……!」
それでも、ミミの心は折れない。想定の甘さなど言い訳にできないからだ。
因果を含めて常在戦場。そこに苦言を呈する者は、闘う資格を持っていない。それこそが破武器の教え。
──思うままを選び取り、衝突あらば闘うのみ。ですね?
──勝った方が正義。ホント、蛮族思考だよねっ!
視線が合う。互いの思考が交わされ、次に肉体が交差する。
徒桜ではなかった。静虎と言えど、不意に移動した相手の体幹を読み切れなかったのだろう。彼女の腕は、後ろからミミの首元へと回り。その両脚は、ミミの腰を固定し、内転筋と股関節までもを固めてくる。
「っ、なに……この絞めワザ、こんなの知らないっ!」
「おんぶメイド固め、ですけど?」
前傾姿勢で堪えていると、ふざけた技名が耳へ飛び込んでくる。それと共に飛びかける意識。頸動脈の圧迫によるもの──では、無い。
そうさせない為、ミミの両腕が抗っているのだから。
肉体の限界が近いのだ。『完全無欠な補償の保証』を得て以降、体重以外のコンディションは常に一定だった。それ故に、現状での変化がミミを大きく蝕む。身体は常に感覚の補正を余儀なくされ、それが思考のリソースを大幅に割き、脳はエネルギーの供給を訴え続けている。
先程まで体内の脂肪が燃焼することで、ブドウ糖の代わりを務めていたが……そのサイクルに翳りが出たのだ。カロリー優先で、栄養バランスを無視した食生活による弊害。まさに因果応報というもの──だが、それでも。
ミミの心は、まだ折れていない。
「あまい、ね、シズちゃん……このままワタシ、が、後ろへ倒れれ、ば……!」
同門ルールにより勝利。
そうでなくとも、ホールドを剥がす契機には成り得る──!
ミミはその腕を、静虎の脚へと伸ばす。一転、守りから攻めへ。
勝利と敗北は、表裏一体。今度はミミが、静虎の脚を掴み取り離脱を封じる。
限界を迎えた頭と身体に、心を燃焼させ喝を入れる。わずかに負荷が減った太腿へ、最後の力を込め──
「ココちゃん」
囁きが鼓膜を襲い、奮い立たせた身体は硬直する。
「このまま、動かなければ──」
甘い声。天使の吐息。聞いてはいけない悪魔の囁き。
「一緒にいてあげます、よ?」
意識が蕩け落ちる寸前で、ミミは最後に想う。
──それはズルいよ、おねえさん……。
──ええ。だって、わたしは『鬼』ですから。
幻想の中で、静香と心海は笑い合う。遠い日の約束が、静かに幕を閉じた。




