第104話 天罡吸魔法 その4
レイラが三度目の首を落としたその瞬間――俺は、ついに覚悟を決めた。
ここから先は、もう妹に任せるしかない。
今俺がやるべきことはただ一つ。この身を賭して“天罡吸魔法”を完成させることだ。
かくして、救国の英雄レイラ=バレンティンの兄であり、そして彼女の剣技の師匠でもあるこの俺――カイル=バレンティンは、持てる全てを妹に託し、“天罡吸魔法”の発動に入った。
体内の気脈を組み替えるのに必要な時間は、およそ三分。
そのわずかな時間のあいだに、レイラはさらにもう一度、邪神の首を落としてみせた。
もしかすると、このまま大法を使わずとも倒し切れるのではないか――そう錯覚させるほど、レイラの動きには鬼気迫るものがあった。
だが、額から滴り落ちる汗。肩を大きく上下させる呼吸。その姿には、先ほどまでの余裕はもう無い。
レイラは今、完全に無防備となった俺に邪神を近付けまいと、全力で戦っているのだ。
そして、ククルカンと共に邪神の魔力を抑え込んでいるエイドリアンとショーンもまた、魔力をさらに一段階引き上げ、レイラの孤軍奮闘を必死に支えている。
全員が、この三分を作り出すためだけに出せる力のすべてを振り絞っている。
そう――今この場にいる全ての人間が、俺の“吸魔大法”に全てを賭けていた。
そしてついに――
俺の右手に“吸魔穴”が開いた瞬間、邪神の身体がぐらりと揺れ、ドシンという重い音を立てて膝をついた。
「今だ師匠! 一気に邪神の背中に飛び乗れ!」
声を張り上げたのは、舞台の端で倒れていたはずのエデンだった。この生意気な弟子は動かない身体に鞭を打ち、言われずとも自分に託された役目を果たすために立ち上がったのだ。
指弾で吹き飛ばすほどの威力は無い。だが、膝を崩す程度ならできる。自分の力をよく理解しているエデンは、俺が大法を完成させるこの瞬間を待っていたのだ。
“吸魔大法”を使うには、相手の身体に触れていなければならない。
しかし、そのためには俺が邪神の背中に飛び乗る必要がある。
エデンはそのための隙を、完璧なタイミングで作ってくれたわけだ。
「でかしたぞエデン!」
そう叫ぶなり、俺は邪神の背に飛び乗った。
すかさず右手のひらから怒涛のように流れ込んでくる邪神の魔力。俺はそれをただひたすら丹田へと送り込んだ。
魔力を吸われ続ける邪神の絶叫が響き渡り、黒き獅子の姿はみるみるうちに形を失い、ぼやけた影の塊へと変わっていく。
邪神も必死に再生を試みるが、魔力の吸収速度に再生がまるで追いついていない。
「いた!」
レイラの叫び声が響く。
ぼやけた魔力の中に、気を失ったドーマの姿を見つけたのだ。
レイラはすかさず、俺が教えたばかりの一撃を邪神の身体へと叩き込む。
ドーマさえ見つかれば、あとはどこを切り落とそうが関係ない。
「お兄ちゃん! もういいよ! ドーマさんが見つかった! 早くそいつから離れて!」
だが――俺は返事を返すことができなかった。
邪神ばかりに意識を向けていた妹には、もちろん見えていなかったのだろう。その時、俺の身体はすでに限界を超えていたのだ。
許容量を超えた魔力の吸収は、すなわち死を意味する。その事実を、この時のレイラはまだ知らなかった。




