かしふかし
「私さ、見えるんだよね」
咄嗟に言われたものだから、どう反応するべきか考える間などあるはずも無い。
「……へ?」
気の抜けた返事と言うか何と言うか、声を出すのが精一杯だった。
それでも、言っていることの中身自体は理解出来ていた。普通は見えないとされるものが見える、と言う意味だろう。
そして、こういう場合の見えないものとは十中八九、幽霊の類。
寿命とか思考とか、なんてパターンもあるかも知れないが、いずれにしても普通なら見えないもの。それは間違いない。
ところが、どうやら伝わっていないと思われたらしい。
「あー、いや。……その、霊的な、……ものが」
しかも、私が疑うか馬鹿にするかも知れないと不安になったようで、声は段々小さくか細くなっていった。
これは良くない。
「いやいやいや、その、驚いただけ。いきなりで驚いただけだから、うん」
いまや俯いている彼女をどうにか励ましたくて、いつもより身振り手振り多め、声のトーンもテンションも高めになる。
我ながら、むしろ嘘くさく思われそうな気もしたが、本心だし仕方ない。本当に、突然さに驚いただけなのだから。
だって私は、信じている。霊的なもの、と言うか霊の存在を。
彼女にそれが見えるってことも。
「……ふ、ふふっ。何でそんな必死に、ふふふ」
「いやぁ、だってさ、何か、私の反応のせいで……」
彼女は手のひらをこちらに翳し、私の言葉の続きを遮った。
「ごめんごめん。元はと言えばさ、私がいきなり変な事言ったからじゃんね。それなのにフォローさせちゃって、ほんと、ごめん」
「変とは思わないけど」
「……ハッキリ、ってわけじゃないんだ。生きてる人と区別が付かないとかもなくて。でも、ぼやぼやーって。形が」
「うん」
「……本当に、信じてくれてる?」
「そりゃ、そうでしょ。だって人と霊の区別付かないならさ、そもそも霊が見えてることに気付けないじゃん」
「…………あ! そうだけど、そうなんだけど、そこじゃないー」
「あはははは、分かってるってば。からかってみただけ、信じてる信じてる」
「うー!」
「で、2人きりでなんて何の用かな?」
「この間のこと。……レナとさ、屋上で何の話してたの?」
直接目撃したのか、目撃した誰かに聞いたかは知らないが、そもそも見られていたとは予想外だ。
屋上へのドアは施錠されているし、そこに繋がる階段は積み上げられた机で塞がれている。要するに屋上に出ることは禁じられているわけで、生徒会役員としてはスルー出来ないと言うことだろうか。熱心に活動しているとは言えなかったとしても。
しかし、それなら話の内容を聞く必要は無い。何日も間を置く必要も無い。何より、私とレナにまとめて質問すれば済んだこと。いつも大体三人で過ごしているのだから。
それをわざわざ私だけ呼び出した。
もしかして陰口でも言っていたと疑われているのか。だとしたら弁解しなくてはならないが、ふと気付く。
あの話、レナもわざわざ私だけ呼び出した。それは三人の時には言いたくなかったから、私にしか聞かれたくなかったからじゃないのか。
だとすると正直に答えるのは、レナへの裏切りに等しい気がする。
どうにか誤魔化しつつ、何も疚しいことはしていないと伝えなくてはならない。
「あ、えっと、その。レナとは世間話? その、だから。とにかく、陰口言ってたとかじゃないから、安心して」
「陰口言ってたの?」
「え? 違う違う、言ってない。言ってないよ、本当に。でも、その。レナがいないところで、勝手に言えないって言うか」
「あははっ、焦り過ぎでしょ。陰口言ってたとか、想像もしてなかったからそっちこそ安心して。レナもアンタもそういうタイプじゃないのは知ってるつもりだし」
「そ、そっか。良かった」
「良くない」
「……え?」
「良くないでしょ。結局、何の話してたか教えてもらってないじゃん」
「あー、だから、……レナ抜きじゃ言えないことで。レナも一緒なら話せるんだけど」
私の頑なさに呆れたか、彼女は首を左右に振った。
「……あのさ、間違ってるかも知んないけど、霊がどうとかって話だったんじゃない?」
「……」
「やっぱり、そうか」
「え、何も言ってないよ?」
「顔見りゃ分かるって」
「えーっ? 嘘」
「とぼけるのなら追求しないけど、一応忠告だけしとく。……信じちゃダメだからね?」
「レナが、嘘つきだって言うわけ?」
「そうじゃない。……そうじゃないけど、霊がどうのってのは」
友だちってのは難しいな。
仲が良くて、揉めてなくても。
図書室の窓から、下校する生徒の群れを眺める。ルーティンでは無いが、時折こんな放課後を過ごす。地味に好きな時間だ。
考え事をしている時、人は無防備になるらしい。
誰かが近くに立っていることを認識したとほぼ同時に、耳元に口を寄せる気配。
「あんたさ、まだ居たんだ?」
こんな事を言ってくるのは、一人しかいない。
「閉める時間まで、まだ三十分はあるけど?」
「そんなこと言ってるんじゃないって、分かってんでしょ。ま、こうして常に一人でじっとしてくれてるなら、こっちも何も言わないけど」
「自分に友だちがいないからって、私にあたるのはやめてよ」
「……友だち、ね。レナさんもユーカさんも、あんたみたいのに友だちヅラされて、気の毒」
こいつが二人を名前で呼ぶのは、私といる時だけ。普段は苗字で呼んでいるくせに、何なんだろう。気持ち悪い。
「そっちこそ、二人の友だちでも何でもないくせして。いい加減鬱陶しいから、絡んでこないで」
「いっそ悪霊だったら、あんたなんか祓って終わりなのに」




