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第20話 決着

「このままではいずれ門が閉じてしまいます。かくなる上は、私が自ら門と融合し、儀式を続行するのみ」

 クラーク博士が呪文を唱え始めると、周囲の空気が震え始める。

 彼を中心としてあらゆるものが引き寄せられていく。

 砕けた護符兵や、外界のものたちの一部が千切れて博士の周りに集まっていく。


「オォオオ……」

 博士の顔が再び変化し始め、鱗に覆われていく。

 顎が伸びて、鰐のように変形していった。その姿は翼を持つ巨大な黒い鰐のようであった。


「竜……なのか?」

 清隆が変わり果てた博士の姿を見上げながら呟いた。

「厳密な竜ではないが、博士の考える不死の象徴、理に反抗するものの姿ということだろう」

 アリウスが答える。

 彼は本物の竜を見たことがあるのかもしれない。


「その通り。我は、我が唱えた万有引力に逆らえる存在となるのだ」

 博士であった怪物が唸り声のような言葉を発し、翼を羽ばたかせる。

 その巨体がゆっくりと空中に浮かんでいく。

 怪物は門の上に留まると、残っていた外界の門に食らいつき始めた。


「まずい」

 アリウスが声を上げた。このままでは外界の門が博士と一体化し、いつまでもこの場に残ってしまう。

 外界からの存在が次々にボーダーポートへ侵入し、この一体は蹂躙され尽くすだろう。


 清隆はそれを放置するとどうなるか想像できた。

「昔の星族と霊族の戦いがあった頃のように、この地は元の形を残さないというわけか」

「そう。それは徐々に周囲に広がり……清隆、なぜそんな、名無しの森の昔話を知っているんだ。君に一体何が起きたんだ?」

 アリウスが信じられないというように清隆を見つめる。


「昔話? やはりあなたは当時のことは、そのまま覚えているわけではないのですね」

 まあそれは後で説明するとして、と清隆は続けた。

「アリウス、私はなんとか博士を門から引き離すので、あなたがあの門を閉じてください」

 その指示にアリウスは戸惑う。

「俺は博士が使った魔術はわからないぞ」

「大丈夫。だってあれはあなたの一部だから」

 清隆はそういった後、石柱を駆け上がるようにして頂上へ登った。


 清隆が門を見下ろす。博士が竜の顎で門を噛み砕き、今にも壊れそうになっている。

「博士、アリウスの一部を、そんなに雑に扱わないでください」

 博士が清隆に気づき、口から黒煙の混ざった炎を浴びせかけてきた。

 清隆は直撃する寸前に石柱から跳び、反対側の石柱へと移る。


(しかし、どうすれば博士を無力化できるのだ?)


 清隆は今なら自分の眼で博士の意識を読むことができるのではと思った。

 博士が人の姿をしていたときは、心を読めないようにする魔術を使っていたはずだが、今の姿ではそこまで高度な事はできない気がしたのだ。


(まだだ、真理の大海を、この目で見るまでは……)


 清隆の頭の中に、博士の声が流れ込んでくる。しかし、その言葉は目前の状況を表していない。

 ただ彼のこの世への執着を呟くばかりであった。


「そこまで求めるのなら、お見せしよう。偽りの海を……!」


 清隆は刀を自分の前に突き出し、意識を自らの影に集中させる。

 柱の下の、ちょうど博士の真下の影がゆっくり盛り上がり、次の瞬間、二つの鋭利な刃と化して突き上がった。

 刃は博士の両翼を体から切断し、断面から黒い血が噴き出す。


 飛ぶ力を失った博士が地面に落下する。地面には翼から流れた血が水たまりのように広がっており、博士はその中に落ちた。

 まるで海に落ちたのかのように、水しぶきが上がった。

「う、み……?」

 博士がわけがわからないまま水面でもがいていると、黒い水面を歩いてアリウスがゆっくり近づいてきた。


「哀れなものだ。ボーダーポートのどんよりした海がすぐそこにあるというのに」

 そして、博士の手から解放された門に手を近づける。

 アリウスが強く念じると、門にヒビが入り、一瞬で砕けた。

 破片がばらばらと舞いながらアリウスの影に吸い込まれていく。


 門が姿を消した後、周囲の異変は徐々に収まり、やがて静かな夜が訪れた。

 凄惨な血の海になっていた遺跡の内部には一滴も血が残っていない。

 護符兵は壊され、構成員と支援者たちは気を失いその場に倒れていた。

 先ほど外界の者たちに取り込まれたように見えた人々も、元の場所に戻っている。


 博士が成り果てた怪物のいたところには、巨大な黒い岩が置かれていた。

 まるで昔から遺跡の一部であったかのように、地面に半分埋まっている。

 清隆が地面に下りてきたのを見て、アリウスは急いで駆け寄る。


「清隆……っ!」

 アリウスが話し終わらないうちに、清隆が彼を両腕でしっかりと抱きしめた。

「なんだ、紳士らしくないぞ?」

「無事で良かった……」

 清隆はアリウスに顔を埋める勢いでしばらく抱きしめ続けていた。

 アリウスは改めて、彼が本当に清隆であると実感し、同じように抱きしめるのであった。


「そういえば、クラーク博士はどうなったんだ?」

 ふと清隆は我に返り、岩を見ながら言った。

「博士そのものは門が閉じられるときに外界の連中に連れて行かれたようだな」

 アリウスが答える。そして博士がいなくなったことで世界が書き換えられ、この場に岩が残った。

 皮肉にも博士が起こそうとした奇跡が起きた結果であったのである。


「これでもう外界の連中が入ってくることはないはずだ。しかし影をすべて回収できたわけじゃない。それに、入り込んだ奴らはまだ隠れているかもしれない」

 ボーダーポート全体が外界の影響を受けて書き換えられることはなくなった。

 しかし、見えないところに微弱な影響が残っている可能性があるという。

「そうか……だがそのことについては後で考えよう。今はアリウスが無事に戻ってきたことを喜びたい」

「俺はそれでいいとして、清隆はどうなんだ?」


 アリウスが清隆の赤い瞳をまっすぐ見つめている。今まで何があったのか、教えてくれと。

「そうだな、帰りながらゆっくり話そうか……」

 清隆は市街部へ戻りながら、少しずつこれまでのことを説明するのであった。


 * * *


「そうか……今の清隆は、名前のない吸血鬼と融合したというわけか」

 アリウスは予想が的中してしまったことを残念に思いながら、夜の道を歩いていた。

「そういうことだ」


 二人はボーダーポートに流れる川を渡す橋を渡っていた。

 吸血鬼は流れを渡れないという伝承もあるが、とりあえず二人には無効のようだ。

「本当に、その選択を後悔していないのか?」

 無意味な質問であったが、アリウスは言わずにはいられなかった。


「していない」

 清隆は橋の中央で立ち止まって、きっぱりと答えた。

「これでいいんだ。アリウス、あなたのもとにずっといられればそれでいい」

 清隆が微笑むのを見て、アリウスは冷たい目で見返す。

「お前はいいかもしれないが、俺が『名前のない吸血鬼の部分がある清隆』を拒否する事は考えなかったのか?」

 その言葉を聞いた清隆は予想外だという顔をした後、がくりと肩を落とす。

「ああ、すまない。それは考えてなかった」

「考えなしか。まったく……」

 まあいい、とアリウスは清隆に近寄り、肩に手をかけた。

「いいさ別に。俺が忘れていたいろいろなことを教えてくれたからな。せいぜいそいつの記憶も有効活用してやろう」

 清隆の話で、アリウスは自分が考えていた以上に多くの記憶が失われていたことを自覚した。

 話を聞いて、自分が森で聞いた昔話だと思っていた多くの出来事を、自分で体験していたことにようやく気づいたのであった。


「思い出したことで、独り森で過ごしていく孤独に耐えられなくなってしまったかもしれないからな。清隆がいるなら安心だ」

「それは、ずっと一緒にいていいという意味にとっていいのか?」

 清隆が尋ねると、アリウスがこいつ、と言いながら肘で清隆を小突く。

「……正解だ」

 アリウスが差し出した手を、清隆が握りかえす。

「ではこの先、星が滅びようとも、あなたのそばにいると誓う」

「ありがとう。俺も清隆のそばを離れないぞ」

 どちらが先ということもなく、二人は唇を重ねていた。

 本来この場では(はばか)られる振る舞いであるのだが、ここは橋の上。

 世界と世界をつなぐ、ある意味外界のようなものだ。

 見られても構わないと、二人は接吻を続ける。


「……清隆、」

 ふと何かに気づいたアリウスが顔を離す。

「どうした?」

「お前……牙がないようだが」

 アリウスが清隆の口の中の違和感を指摘すると、清隆はようやく気づいたようだ。

 橋の下の水面に自分の顔を映しながら口を開ける。たしかに清隆はいわゆる吸血鬼のイメージにあるような牙を持っていなかった。

「清隆、本当は吸血鬼になってないのでは?」

 アリウスの指摘に、あり得ない、と清隆は返す。

「だったら影を動かしていたことはどう説明するんだ」

「それは確かに……」

 二人でその場で考えるが、解決の糸口が見えない。


「ちょっと待ってくれ、今思い出すから」

 清隆が自分の中にある名前のない吸血鬼の記憶を調べ直す。

 太古の記憶をひっくり返すが、その記憶の中でも牙が生えていた時代はないようだ。

「その辺の記憶も消されてしまったんではないだろうな」

 清隆の記憶を覗いていたらしいアリウスが呟く。


「真相は不明だ。だけど、昔の私が牙がなくても生活に困っていたような覚えもないし、大丈夫だろう」

 そもそも、血を吸うのにわざわざ噛みついて直接吸うこともあまりないだろう、と清隆は言う。

「俺は割とそのスタイルだけど?」

「私は刀も肉体の一部だから、これで斬ったほうが早い」

 清隆がそう言いながら、影の中に隠されていた刀を見せる。


「へー便利だなそれ。えっその刀で血が吸えるのか? 試しに俺の血を吸ってみせてくれ」

 アリウスが刀を手にしようと手を伸ばす。

「こ、公衆の面前ですることじゃない……!」

 清隆が慌てて刀を仕舞い込む。

(なんでだよ、キスはしたのに)

(とにかく今はだめだ)


 二人は心のなかでわいわい言い合いながら、やがてアリウスの滞在しているホテルの前まで戻ってきていた。

「今から八猫亭に戻るのも大変だろう。今夜は泊まっていきたまえ」

 そして、先ほどの続きをしようじゃないか、とアリウスは言うのであった。

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