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第19話 儀式

 ボーダーポートの南側には未開発の地が広がり、森が点在している。

 その殆どがボーダーポートを含めてこの地域の領主の土地だが、都市部に比べて管理が行き届いていない。

 列石の遺跡群の存在が公式に記録されたのも最近であり、調査が進むのもこれからと言うところだった。


 石を環状に配置した遺跡はストーンヘンジが有名だが、湖水地方などにも同様のものが見られる。

 ボーダーポートの遺跡も同じ頃に作られたものだろうという説が現在では有力だ。

 大きな石が横に倒されて、輪の形に点在しており、北東の石2つだけが直立している。

 実際どういう目的で配置されたのかはわからないが、その様子は門または祭壇のように見えた。


 日が暮れ始めたころ、街や森の中に隠れていたヴェールド構成員たちが続々と遺跡に集まってきていた。

 集まったのは構成員だけではない。

 クラーク博士と、彼の研究を支援していた資産家などもその場に集まっている。その中にはこの前の仮装舞踏会の出席者も混ざっていた。


「これから古代のドルイドが行っていた儀式を再現してみせましょう」

 博士が支援者たちにそう説明した。

 あくまでこれは考古学的な研究のための再現儀式であると。

 本当の目的は支援者たちには知らされていない。だからアリウスに心を読まれても分からなかったのだ。


 構成員たちが遺跡の周囲に篝火を焚き、儀式の準備を進めている。

 列石の内側の地面には複雑な模様が描かれ、門の石の間に祭壇が作られていた。

 祭壇には巨大な本、アリウスが閉じ込められている魔導書『古代王国年代記』が封をしたまま置かれている。

 博士は時折本の方を見るが、すぐに視線をそらして儀式の説明を再開した。


「そろそろ儀式の時間です。皆様は、遺跡の外に出て見学を願います」

 博士がそう言って支援者たちを退場させた後、構成員から受け取ったローブを羽織る。

 どうやら彼が自ら、儀式の進行を行うようだ。


「……!」

 博士が周りの人に聞こえないほどの小さな声で何かを唱えている。

 その間に、構成員たちが生贄として殺された動物の血を壺に入れて運んできた。

 博士は唱え終わった後、壺を手にして血を魔導書へ注ぎ込んでいく。

 すると、祭壇の上の魔導書がガタガタと音を立てて震え始めた。

 同時に、地面の模様が光りはじめ、同じような模様が遺跡の周囲に広がっていく。


「!?」

 支援者たちは何が起こっているのか理解できず驚く。

 しかし事前に儀式中に声を出してはいけないと言われていたため、黙って見ているしかできない。


 やがて魔導書が祭壇から浮き上がり、縛られていた鎖が自然に外れる。

 本のページが捲られ、あるページに達したところで止まる。

 そこからバラバラと紙片が周囲に飛び出し、ちょうど石の門の間の空間に大きな輪を作った。


「外界のものよ、この門を通って我が前に(あらわ)れよ……!」


 クラーク博士はそう言いながら、輪の中にゆっくりと手を近づける。

 すると、空間が歪み、輪の中から何かが博士の手を掴もうとするように出てきた。

 博士はとっさに手を引いた後、じっとその場で「何か」が姿を顕すのを待ち構える。


「これが外界……あの世や幻想の世界とも言われる別世界への入口へ繋がる門です。どうやら儀式は成功したようですね」


 その間に徐々に「何か」はゆっくりと門から出てくる。

 それは目のない頭部を持つ獣であり、浮遊する目であり、蛸のような触手であり、違和感のある多角形の結晶だった。


「か、怪物!」

 支援者たちはあまりのことに、さすがにじっとしていられなかった。

 腰を抜かすものや、必死に逃げようとする者たちが出てくる。

 しかし、逃げようとする彼らはあっという間に護符兵や構成員たちに取り囲まれてしまった。


「この者たちは外界の存在。この世界を書き換えられる神にも等しい存在です」

 クラーク博士の説明する口調に高揚感が表れはじめていた。


 様々な外界の存在が出てくると同時に、周囲に異変が起きる。

 暗闇に多くの目が蠢き、門から出た光に当たった草や花が不思議な色に光りだす。

 その影響が徐々に周囲に広がっていき、ボーダーポートの街にも及び始めていた。

 町の人々は夜なのに、暗い空に虹のような光が現れるのを見る。

 そして別の人は月に目が浮かび、涙を流すのを見た。

 人によってはそれだけだったが、別の人は夜空を見て失神し、また別の人はいてもたってもいられず家の屋根に登って遠吠えを上げる。


「一体、何が起きているんだ」

 支援者の一人が怯えながら呟いた。

「この周囲一帯の世界を書き換えることで、我々は不死の存在になれるのです。悪くはないでしょう」


 博士がそう言っている間に、外界の者たちの影響で支援者の一部の姿が変わっていく。

 ある者には羽毛が生え、別の者は蛙のような姿になり、蛸のように顔から触手が伸びていく者もいる。

 その中の一部は、変化したものもそうでなかったものも無作為に、外界の者たちの触手に捕まり、生気を吸われて干からびていく。


「さあ、新たな世界がここからはじまるのです!」

 博士が喜びの声を上げながら、周囲と同じように徐々に姿を変えはじめていた。

 爬虫類のような鱗が徐々に顔に表れ、目つきも変わっていく。


 しかし、変化は途中で止まってしまう。

 それは遺跡の中に、一人の男が飛び込んできたからであった。

「アリウス!」

 男がそう叫ぶと、外界の門を形作って静止していた紙片が震えだしたのだ。


 飛び込んできた者とは長尾清隆であった。

 彼の眼が宙に浮かんだ門を見据える。

「そこにいるのか?」

 清隆は博士の静止する間のないほどの素早さで、風のように門に駆け寄る。

 同時に刀を影から取り出し、門とすれ違いざまに周囲の紙だけ切り取るように刃を入れた。


 門の形を作っていた紙片が空中に舞った後、人の形に集まっていく。

 門に半分埋まった形でアリウスが意識を取り戻した。

「……清隆!?」

 アリウスは清隆に気づくが、今までと同じ姿なのに、何かが違うと感じる。


名前のない吸血鬼(ノーライフワン)? いや……)

 目の色が違った。清隆のそれまで青かった瞳が真紅の色に染まっていたのだ。

「会いたかった。アリウス」

 間違いなく清隆であったが、以前とどことなく雰囲気が違う。しかしアリウスにはなぜか懐かしくも感じられた。

「清隆、お前は……!」

 アリウスは泣きそうだった。完全に人間ではなくなったのだ、とすぐに理解した。


 外界の門はアリウスの影で外界と繋がる力を、門に固定することで機能している。

 清隆がアリウスを元の姿に戻しても、まだその力は残っていた。

 門からは様々な怪物が今もこちらに出続けている。


「後で説明するから、さあ!」

 清隆は空中のアリウスへ手を差し伸べる。アリウスがその手を掴むと、清隆は門からアリウスを引き離すように地面へ引っ張った。

 アリウスは門から体を引き離そうと体をひねっていたが、うまくいかないため清隆に呼びかける。

「清隆、俺の影を斬ってくれ」

「だが……わかった」

 清隆は刀でアリウスと影の間の空間を斬る。清隆の刀はそれ自体が吸血鬼の肉体であり、アリウスの影を断ち切ることができた。

 門から解放されたアリウスは地面に落ち、清隆に受け止められる。

 しかしうまくいかず清隆は倒れ、アリウスが覆いかぶさる形になった。


「ありがとう、清隆」

「痛くなかったか?」

 起きながら清隆がたずねると、アリウスは大したことはないと答えるが、痛みは感じたようで苦しそうだった。


 二人の前に気づくとクラーク博士が立っていた。

「清隆様、余計なことをしてくれましたね……このままでは儀式は失敗だ」

 変化が途中で止まったままの博士の顔が怒りに満ちている。

「だが、まだアリウス様の影はこちらのものです」

 どうやら博士はまだ不死になることを諦めていないようだ。

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