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小林彰人⑨

 あの日、僕がユミのスクールバッグから盗み出したマウスピースは、後日何事も無かったかのようにユミのバッグへと戻した。


 マウスピースが手元に戻ることで、ユミが吹奏楽部へ復帰してしまったら……という気持ちも少なからずあったけど、それ以上にこのマウスピースを持っている方が辛かった。むしろ、吹奏楽部へ戻ってくれれば、僕は安心できたかもしれない。


 塚原さんは、僕の行為を肯定してくれた。だからといって僕の罪悪感が消えたわけではないし、ユミが幸せになるわけでも無いのに……、少しだけ、心は軽くなった。でも今は、一喜一憂してる場合じゃない。


 そろそろ本気で、答えを出す必要がある。僕はもうすぐ失明し、この学校を去る身だ。ユミに告白して、万が一付き合うことになったとしても……。僕はユミを、悲しませてしまうだけかもしれない。


 そんなためらいもあって、ユミと美術準備室で話すときは、なるべく恋愛の話題を持ち出さないようにしていた。ユミもなんとなく察していたらしく、積極的にそういう話をしてくることはなかった。でも、お互いにむずがゆい思いはしていたような気がする。


 そして、ユミが僕をどう思っているかも分からないまま、平坦な日々が過ぎていった。もちろんそれは、過ぎた分だけ、ユミと一緒にいられる時間が無くなっていくということ。いつまでも、棚に上げたままにしておくわけにはいかなかった。


 ……二学期の終業式の日。僕は、彼女に全てを話した。僕の視力が弱まっていて、もうすぐ失明すること。そのために、盲学校へ転校しなければいけないこと。そして、僕はユミのことが……好きだということも。その結果、ユミは想像以上に取り乱し……、僕の「好きだ」という言葉に具体的な返事もないまま、冬休みを迎えてしまった。


 このときはまだ、どんな状況になろうとも、僕とお付き合いするかどうかを決めるのはユミであって、ユミの意志を尊重しようと思っていた。転校しても、失明しても、ユミが「付き合いたい」と言ってくれれば、付き合うつもりはあった。まぁ、そんな返事は十中八九ないだろうと思ってはいたけれど。


 しかし、僕のその思いは……


「……君、小林彰人くん……だよね? ちょっと話せる?」


 突然声をかけてきたこの女性と話したことで、完全に、消え去った。


「……そうだけど。えっと、僕に何か?」


 声をかけてきたその女性は、モデル並みに整った顔をしていた。ユミも綺麗だけど、彼女とは綺麗のベクトルが違う。鼻筋は通っているし、目はくりっと大きくて、ハーフのような雰囲気があった。あえてネガティブに言うと、その顔はどこか作り物のようだった。


「あー、突然すぎたよね。ごめん。あたし、隣のクラスのサクラハルカ。まぁとりあえず、ハルカって呼んでくれればいいや。ほら、君と仲いい女の子……小比賀由美の中学の時からの親友」

「は……はぁ……」

「ずいぶん気の抜けた返事だねー。別にいいけど。ちょっと来てよ」


 ハルカと名乗るその女性は、僕の手をやや強引に引っ張って、近くにある自習室へ連れ込むと、内側から鍵を掛けてしまった。


「……って、え!? 何!? 何するつもり!?」

「別に、変なことしないから安心して。……ちょっと、誰にも聞かれたくない話をしようと思ってるだけ。とりあえず座ろっか」


 ワケが分からず、言われるがままに着席する僕……。彼女は、窓の外を見たり、部屋の中をくまなく見渡したりしてから、口を開いた。


「あのさ、君……、もしかして、双子じゃない?」


 あまりにも予想外の質問が飛びだしてきたので、思わず「は!?」という素っ頓狂な声を上げてしまう。


「い……いや、双子じゃないし、それどころか一人っ子だし……」

「……ホント?」

「ホントだよ。嘘吐いても仕方ないだろ?」

「んー……、じゃあ違うのかな。違うんだったらいいや。うん」

「……違うって? 何が? もし僕が双子なら、一体何だって……」


 ……そこまで言いかけて、僕はハッとなった。


 今さらだけど、僕は一度死に、同じ人間の人生を繰り返している。これは僕しか知り得ない事実ではあるものの、間違いないはずだ。当初僕は、「前世の僕は、同じ時系列の別の世界に生きていた」……という、パラレルワールド仮説を考え、一応納得していた。


 しかし、どうしても説明できないことがあった。それは、自分を除き、身の回りで前の世界の記憶と一致するものが、「今まで何もなかった」点である。……そう、「両親さえも」前世の世界とは違うのだ。


 いくらパラレルワールドとは言え、自分の両親まで違うなんてことが、あり得るのだろうか。さすがに、「異なる両親」から「同じ人間が生まれる」なんて、パラレルワールドを考えても無理がある。……僕はその問題を、いままでずっと棚に上げていた。


 ……だけど。僕はもともと双子で、生まれた瞬間に片方が里親に預けられた……と考えれば、どうだろう。何の矛盾も無い。そして、そう考えれば、「パラレルワールド」なんて異質なものを持ち出さなくても、全てに説明がつく。……僕という人間はこの世界に二人いて、前世の僕は、この世界の別の場所で、今まさに一度目の人生を歩んでいるということだ。その気になれば、会いに行けるようなところで。


「……やっぱり僕は、双子かもしれない」


 ……僕は、今し方構築し直したこの説が、間違えでは無いとすぐに確信した。僕は、この世界に……二人いたのだ。


「やっぱり、って言い直したのが少し気になるけど。だとしたら、……あたしの話、聞いといた方がいいかもよ?」

「……聞くよ。もう既に色々わけ分からないこと起きてるし」

「そう。じゃあ話すけど、絶対に他言無用でお願いね。友達にも、もちろん、両親にも。バレたらあたし、消されるかもしれないから」


 そう話すハルカさんは、とても冗談を言っているような表情ではなかった。僕は、「分かった」と返して頷いた。


「ふぅ……。そうね。君の描く絵が人間離れしてるってユミに言われて、あたしも覗きにいったんだけど、確かに凄かった。……姉さんが昔見せてくれた資料に、君のとよく似た絵が載ってたよ」

「……えっ? ちょっと待って、何が言いたいの……?」

「君のその才能は、ゲノム編集……って技術で実験的に組み込まれた、作り物の可能性が高いってこと。……断言はできないけど」


 ハルカさんの言いたいことが何なのか、全く理解できない僕。


「えっと、あたしもまだ勉強中なんだけどね。……ゲノム編集っていうのは、DNAを切り貼りして遺伝情報を書き換える技術。表向きの社会ではまだまだ新しい技術で、人には試されてないことになってるけど、実はもう、裏社会では相当数の実験が試みられてる」

「……その被験者が、僕だって言いたいの? ……根拠は?」

「まず、その高すぎる描写能力。それから、これが重要なんだけど、君が双子かもしれないってこと。……対照実験って、わかるよね?」


 対照実験……。僕は、理科の記憶を引っ張り出してきて答えた。


「うん……。要は、知りたい条件以外の条件を全て同じにした実験系のことだよね? でも、それが……あ」

「……そういうこと。ゲノム編集の影響を確認するために、ゲノム編集以外の部分は全く同じ人間を創って、比較する必要がある。……だから、この実験の対象者は全員、双子なの」

「そういうことか……。だけどどうやって?」

「体外受精させた卵子を二細胞期に分割して、意図的に双子を作る。その片方の卵子にゲノム編集をして両方とも母体に戻せば、準備完了ってこと。……意外と簡単でしょ?」


 そう言って笑うハルカさんが、とてつもなく不気味に見えた。


「でも、ハルカさんは、どうしてそんなこと……。だいたい、どこの誰が、なんのためにそんな実験をしてるんだ?」

「んー……、それは難しい質問だね。簡単に言うと、人間のバーションアップを図ってる集団が、裏社会にあるの。その集団は、世界の誰からも、何からも感知されずに、影で世の中を支配してる」

「人間の……バージョンアップ? もしかして、ハルカさんはその組織の一員だったりするわけ?」


 ハルカさんは、「まさか」と吐き捨てるように呟いて、首を振った。


「どっちかというと被害者。実は、あたしの姉さんが知能指数を上げるゲノム編集されててね。あたしはその対照実験体なの」

「……それは、確実なんだね?」

「うん、それは確実。その姉さんが、秘密を解き明かしてあたしに教えてくれたから。あたしも、最初は信じられなかった」

「……ってことは、君自身にはゲノム編集されてないってこと?」

「うん、そういうこと。……小林君とは逆だね」

「だけど、僕がその『ゲノム編集の被検体』だっていう、確実な証拠はないんだろ?」

「そうだね、今のところ証拠はない。ただ、可能性は高いと思うよ。ゲノム編集された人間は、神経系統の副作用が出るらしくて……」


 神経系統の……副作用……? まさか……


「……勘づいた? 君のその目、見えなくなってきてるんだよね? 視力障害も、ゲノム編集に良く出る神経系の副作用なんだって。まぁでも、それだって確実な証拠じゃ無い。じゃあなんで、この話をあなたにしようと思ったのか……。それは……」


 ……言っちゃっていい? 彼女のアイコンタクトは、僕にそう問いかけているような気がした。


「……ゲノム編集された人の多くはね、……副作用のせいで、長くても……二十代で死んでしまうんだって。そのことを知ってたほうが、小林君も残りの人生を謳歌できると思ったの。……そんなとこ。信じるかどうかは、小林君に任せるよ。私は、少しでも姉さんの力になりたくて、今……理工学部への進学に向けて勉強中なんだ」


 彼女の話は、そこで終わった。


 彼女の言うことが真実だとしたら、あまりに重すぎる。僕は失明するどころか、二十代で人生を終える可能性があるってことだ。


 ……勝手な創作だと思いたかったけど、悲しいかな、彼女の話は全て的を射ていた。この世界のどこかにいるらしいもう一人の僕と名前が同じなのも、対照実験としての条件を揃えるためと考えればつじつまが合う。


 僕に能力を与えたのは神ではなく、神になり切れてない人間だった。人工物を執拗に避けていたのは、僕に勝手な改造を施した人間を、心のどこかで軽蔑していたからなのかもしれない……。


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